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深淵少女シマモモコ  作者: 雨宮ヤスミ
[終]ルビーの進む道
38/46

6-5

「……お前が地獄のお迎えとはな」

 

 

 体が熱い。すべてが炎に変わっていく。古代の拷問のように四肢は引き伸ばされ、先から千切り取られるように辺りへ燃え広がっていく。


 不吉な色の炎だ。不気味に揺らめく紫。熱くて熱くて苦しいのに、その色はゾッとするほど冷たい。


 腰も肩も焼べられていく。腹も胸も、そして頭が熔けていくころ、揺らめく鬼火の向こうに知った顔がちらついていることに気付いた。


 それは思い出したくもない下卑た男の顔だった。


 それは忘れていた青年の顔だった。


 それは復讐に向かってきた青年の恋人の顔だった。


 それは復讐者を助けた友人の顔だった。


 それはその身を犠牲に救ってくれた仲間の顔だった。


 火の粉の爆ぜる音は、すべてこちらをなじる声だ。


 お前が殺した、殺してきたのだ。


 暴走? 裁き? 何を言う、すべてお前の醜さだ。すべてお前の弱さなのだ。


 炎の向こうにまた、新たな影が踊る。


 針山に刺されているのは、親友の首だった。


 ばらばらにされて散らばっているのは、かつての仲間の骸だった。


 腹の破けた死体は、救えたかもしれない少女のなれの果てだ。


 真っ二つなのは敵と呼ぶべき女なのに、その姿は何故かとても悲しく見えた。


 そして、ああ――やってくる。


 すべてを飲み込む巨大な竜巻、砂漠を行く大いなる滅びの風。


 あらゆるものを塵へと変えていく。


 それがもたらした音は、彼女を突き刺す罵倒、責め苦、塵と還るに相応しいと自覚させる死への招き。


 炎は風に舞い上がり、かき消されていく。あらゆる意味をも飲み込むかのように……。




 漆間アキナが目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の一隅、ベッドの上だった。


 飛び起き、身を起こした彼女は荒い呼吸を整えながら、部屋の中を見回す。


 頭がくらくらする。眉間を押さえて、目眩を払うようにかぶりを振って、アキナは冷たい床に下りた。


 立ち上がると関節が痛み、筋が突っ張ったように強ばっている。長い間眠っていたらしい。


 下着以外何も身に付けていなかったが、構わず部屋の窓に近寄る。カーテンの向こうの外の景色はどこにでもあるような町並みであったが、アキナの知るものではなかった。


 どうやらここは、カーテンを閉めてアキナは息をつく、鱶ヶ渕ではないらしい。


 アキナはベッドに座り、ガシガシと頭をかいた。眠る前の最後の記憶、悪夢の手前を手繰り寄せる。


 まずはそう、オリエが「計画」を発動させたんだ。あたしとトウコを呼び出して、記憶の琥珀を撃ち込んできて、隙をつかれて結界の中に閉じ込められた。


 あれから出るのに時間がかかって、それで――アキナは自分の頭髪を握りしめた。


 キミヨが死んだ。


 オリエを追って屋上に行ったら、一足早くトウコがいた。スミレが倒れていて、ランも死んだらしい。それからもう一人、あいつが……。


 ここまでゆるゆると回想の順路を案内してきた記憶の灯明は、大きく燃え上がった。オリエの計画、スミレの産み落とした「ディスト」、トウコの犠牲、そして――


「『砂漠の怪物』……」


 口をついて出た言葉に、自分でギクリとなる。あの吹き荒れる破滅模様の中を、どうやって逃げ延びたのだったか。


 いや……違うか。アキナは髪をつかんでいたその手の平をじっと見つめる。親指から順番に五指を折り、ゆっくりと開く。十全に動いている。だが、生の実感はなかった。


 生きているのか、死んでいるのか、大体この場所はどこなのか。何も、分からなかった。


 不意に部屋のドアが開き、アキナは跳ねるように立ち上がり、構えた。


 入ってきたのは、見知った顔だった。お前は……とアキナは言いかけ、止めた。


 ああそうか、どうやらあたしは死んだらしい。そう受け止めてしまったから。


「ようやくお目覚めのようだにー」


 戸口に立つ彼女は笑う。忘れるはずもない。それこそ、記憶を抜き出されない限りは。


 オリエの琥珀に閉じ込められていた過去、その中にあった顔、かつて仲間だった「ディストキーパー」。それは即ちアキナが殺した相手という意味と同義である。


「……お前が地獄のお迎えとはな」


 アキナの言葉に彼女は、眼鏡に二つくくりの三つ編みの少女は、きょとんとする。


「なーに言ってんの、地獄にゃまだ早いって」


 だって死んでないんだもんよ、とさもおかしそうに笑った。


「あたしも、もちろんアッキーもね」


 元鱶ヶ渕の「ディストキーパー」、浅木キミヨの前の「トパーズ」、アキナがその手で首を折ったはずの彼女、山吹シイナは「お腹減った気分だろ? 食べようぜ」と提げていたスーパーの袋を差し出した。

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