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深淵少女シマモモコ  作者: 雨宮ヤスミ
[七]異世界の鍵
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7-2

「ただ、勝つのはわたしだけれど」

 

 

 翌日もまた、成田トウコは『「ディスト」が発生した』と「インガの裏側」へと呼び出された。


 「ディスト」が発生するということは、パサラたち「エクサラント」が「インガの改変」を行っているということである。そこまで毎日改変することがあるのか、と部屋に現れたパサラにトウコは尋ねてみた。


『もちろん、大規模な改変は滅多にないよ。基本的には小さい改変を重ねて、バランスを調整しているんだ』


「毎日毎日?」


 パサラは体を上下させた。一頭身の丸っこい毛玉としてみれば、うなずいたつもりなのだろう。


『本当に微々たるものだけどね。「ディストキーパー」でも感じ取れないぐらいの』


 裏を返すと、大きな「インガの改変」ならば「ディストキーパー」は感知できるということになる。そう指摘すると、またパサラは縦に揺れる。


『そうだね。ただ、大きさというよりは距離になるかな。近くで行われた改変ならば、微かな日々の調整でも、敏感な子は反応できるだろうね』


 君、もしかして感じ取っていないかい? パサラはつぶらな目でトウコの顔を見上げる。


「チリッとした不快感なら、昨日から時々感じている」


 もしや「最初の改変」の弊害かと疑っていたが、「改変」は「改変」でもトウコの体の外で行われているもののせいだったらしい。


『やはりね。感知の能力は「風」の気質を持つ「ディストキーパー」に多いのだけれど、君は万能のようだ』

「この町でも『インガの改変』がされているのね」

『ああ。「ディストキーパー」への変身も「インガの改変」の内に入るし、当然さっき言った日々の調整もそうだ。後は、七人目の勧誘の後始末だね』


 勧誘して断られた時、パサラは「インガの改変」を行い、その少女との出会いを「なかったこと」にしている。それらで発生する「インガクズ」は、日々の調整で生ずるよりも遥かに多いそうだ。


『とは言え、この町でこうも「ディスト」が現れるのは、偶然なんだよ。「インガクズ」の蓄積による「ディスト」の出現は、場所に依存しないから』


 パサラの説明によれば、世界中のすべての「インガクズ」は同じ集積場に集まり、そこに一定以上の量が溜まると「ディスト」となって「インガの裏側」に生まれるのだという。


「それで七人目は見つかりそう?」

『七人目のこと、えらく気にするね』


 意外そうな口調で言われ、トウコは片眉を動かした。


「後輩になる相手は、自然と気になるもの」

『なるほど、現状は先輩ばっかりだものね』


 先輩風を吹かしたいのだろう、と暗に言われている気がして、トウコは憮然とした。


『とは言え、勧誘は難航しているんだ。全員そろうには、もう少し待ってもらうことになるよ』

「不幸な人間が少ない?」

『いや、気質が被らないように選んでいるせいなんだ』


 「ディストキーパー」の気質は大別して七つに分けられる、とパサラは説明した。現状、鱶ヶ渕にはその内六種までがそろっている。


『同じ気質ばかりだと、色んなタイプの「ディスト」に対抗しにくくなるからね。七種類用意できるなら、それに越したことはないんだ』

「今欠けているのは?」

『「火」だね。そこまで希少ではないはずなんだけど、どうも時期が悪いようだ』


 得意の「インガの改変」とやらで、その気質は変更しないのか、とトウコはふと思った。もしできるなら、わたしの「光」も「闇」に替えてほしいが……いや、それはサヤがいるから無理か。


『それは禁じ手だね。気質の変更を行うと、その子の「インガ」が狂ってしまうから、真っ当な「ディストキーパー」になれなくなってしまうかもしれない』

「真っ当でない、とは?」


 えらく細かいことを気にするものだね、とパサラは言いながらも説明を続ける。「インガの改変」が行われる前から、トウコはこういう些事を掘り下げ考察するのを好んでいた。


『例えば人間の姿を失ったり、理性が消滅したりさ。まあ、この辺は強い怒りに囚われた状態で「ディストキーパー」になっても起こりうることなんだけどね』


 パサラの言うところの「過剰に不幸」な出来事が、現在進行形で起こっている真っ最中に「ディストキーパー」となったならば、そういうこともあるらしい。


『こちらとしては一番嫌なのが、「インガ」の狂いによって「ディストキーパー」となる要件の「過剰に不幸」な状態が消え去ってしまうことだね。そうすると、その子にとってみれば「ディストキーパー」になる意味もなくなってしまうから、断られることになる。つまりは、「改変」し損だね』


 色々リスキーなんだよ、とパサラは体を震わせた。かつて、そういう面倒があったのかもしれない。


『気質はその子の心の在り様、「インガ」を映す鏡だから色々デリケートなのさ』


 わたしのどこに光の要素があったのか。したり顔のパサラを見やり、トウコは内心で思う。親しんできたのは、影であり闇であったはずだ。成田トウコとしても、「最初の改変」を行う前も。


(暗いくせに調子乗んなよ、グズ)


(キモいがり勉。小学生からそんなことして、どうすんの?)


(何、その目? ムカつくんですけど)


 ほら、聞こえてくる。闇の向こうからこちらを罵る声が。声は黒い腕となって、体にまとわりついてくる。脚から腰、背中から上がって長い後ろ髪を引っ張る。


『どうかしたの?』


 思わずうなじに手をやったトウコを見て、パサラは体を左に傾ける。「別に」と淡白に応じて、トウコは髪をかき上げて誤魔化した。



「よ! あんたが新人さんだね。パサパサから話は聞いてるよ」


 ねずみ色の「インガの裏側」で待ち受けていたのは、昨日の三住サヤではなく、白地に黄色いラインの入った衣装の「ディストキーパー」であった。オレンジ色の縁の太い眼鏡と頭の高い位置で結んだ二房の三つ編みが目を引く。この二つの特徴を失くすと、彼女だとは分からなくなるかもしれない。


「あたしは山吹(やまぶき)シイナというものだ。『トパーズ』の『ディストキーパー』だよ」


 黄色は「土」の気質の色なんだ、とシイナは付け加えた。


「あんたは成田トウコちゃんだよね? あだ名は何がいいかねえー?」


 顎を撫でつつ、品定めするような目つきでトウコの全身をじろじろと見やる。


「いらないわ、そんなもの」


 トウトウ、などと名付けられてはたまらない。じろり、とシイナの顔をにらみつけた。


「つれないねえ」


 首を振り振り、シイナは両腕を広げて見せた。よく見ると、右腕だけに手甲がついている。これが武器なのだろうか、とトウコはふと思った。


「仲良くしようぜ、同じ『改変』をした者同士って聞いたよ」


 トウコの片眉がピクリと動いた。こいつも自分を上書きしたのだろうか。


「で、あんたどこの(さば)の出身?」

「鯖?」


 サバ、娑婆、ca va(サバ)、と考えてサーバーのネットスラングかと得心する。


「あたしはね、tigris(ティグリース)。『ティグ鯖のジーナ』ってちょいと有名だったんだよ」


 困惑するトウコを尻目に、シイナは続ける。こういう言い方をするということは、トウコは改変前の知識を思い出す、どうやらこの山吹シイナはオンラインゲームのプレイヤーらしい。


 トウコの反応が悪いの気付いて、シイナは察したのだろう、首をかしげた。


「え? あんたの改変ってあたしと一緒の『一生ゲームだけしてても困らないようになる』じゃないの?」


 何と自堕落な。トウコはこめかみを押さえた。


「じゃあ何でパサパサは似てるって言ったんだろう……?」


 ねえ、と問いかけられてもトウコは答えられない。自分の改変について語るのははばかられた。


「まあいいや。人の『最初の改変』を気にするのはエチケット違反だってオリエさんも言ってたし」

「オリエさん?」

「会ってない? この地域一のベテランの『ディストキーパー』の人さね」


 フツーはこの人が新人の指導してたんだけどもね、とシイナは肩をすくめる。


「強いからさオリエさん。フォローとかが過保護すぎて、育てるのには向いてないんだよね。ここ三人ぐらい新人が立て続けに死んだのは、どうもそのせいらしいし」


 ここまで言ってシイナは慌てた様子で口元を押さえる。


「とと、今のオリエさん本人に言わんでね。あたしが怒られるにー」

「それで、『ディスト』は?」


 今いない人間の話などどうでもいい。トウコは正面を見やる。鱶ヶ渕の駅前の、銀行やコーヒーショップなどがある少し開けたエリアだ。駅を挟んで反対側の繁華街は雑多な印象だが、こちらはそれよりかはいくらか落ち着いた高級なイメージがある。鱶ヶ渕の町としては高めの建物が並ぶこのエリアの上空を、それらは飛び交っていた。


「あの星型?」


 トウコの言葉通り、人の頭ほどの大きさの五芒星が数十、くるくると空を旋廻している。丁度中心にある白い目玉をぎょろぎょろと動かし、地上の様子をうかがっているようだった。


「いんや、ヒトデ型って呼んだ方が適切だに」


 なるほど、生き物の形を真似ているのだったか。トウコは内心で得心した。


「個人的にはデカラビアと呼びたいとこだけどね」

「まあ、ヒトデでいいでしょう」


 ですよねー、と気楽に言ってシイナは頭の後で腕を組んだ。


「あいつら、何回か出くわしたことあるけど、体に張り付いてくっから気ぃ付けぇよ」

「了解」


 拳銃「エクリプス」を手に短く答えたトウコに、シイナは何故かにやりと笑いかけてくる。


「でさあ、一個提案なんだけど、何匹狩れるか勝負しね?」

「勝負? 何のために?」

「そりゃ、そういうゲームだよ。でなきゃあんなのザコだし、作業になっちゃうっしょ」


 ゲームか。シイナから感じる薄さと軽さはそういう発想から来るのだろうか。


「戦いはゲームではない」

「いんや、ゲームだよ。命っていう1クレを巡るね」


 だからたまんないんだよ。笑うシイナが舌なめずりをする肉食動物のように見えた。


「そのためにあたしは『ディストキーパー』になったんだよ。もっと刺激的なゲーム! リアルさ! 自由度! そいつを追求していったら、おのずと命がけってとこに行きつくのさ」


 狂っているな。どれだけの戦いを乗り越えてきたのかは知らないが、それらの経験が彼女を戦闘狂に仕上げてしまったのだろうか。


「いいわ、乗ってあげる」

「お、マジ?」

「ただ、勝つのはわたしだけれど」


 トウコはヒトデ型を見上げる。その右目は金色に輝き、回転するそれらを捉えていた。両手の「エクリプス」を掲げ、引き金を引き絞った。十と八のヒトデ型が空中で爆ぜ、「インガクズ」となって降り注ぐ。


「ちょ、ずるいって! フライング!」


 知ったことか。ヒトデ型はこの攻撃でようやくこちらに気付いたらしい。黒い雲のように一塊となって、こちらへ近づいてくる。迎え撃つべく、トウコは走り出した。


「反則ー! こらー! 待ちなってー!」


 トウコの背中にそう言いながら、しかしシイナは言葉とは裏腹に焦ってはいなかった。


 何せ1クレしかないんだ。コンティニューもイージーモードもない。負けたら終わりのデスゲーム、まごついてたらあっという間だ。


 それにしても、二丁拳銃ねえ。そんな小さい銃で勝負になるのかにゃあ? 一匹ずつヒトデ型を打ち抜くトウコの後姿を見ながらシイナは小さくつぶやいた。


「……一狩り行きますか」


 言葉と同時に、右腕の手甲部分を中心に黄色い光が集まり、右の肘からしたを覆うように形を成した。


 それは、巨大な大砲であった。シイナの細腕に似合わない武骨な大口径。左側面のグリップを起こして構えると、シイナは上空のヒトデ型の群れに狙いを定めた。


「ドッカーン、といってみよう!」


 言葉と同時に撃ち出されたのは大きな「種」であった。ヒトデ型の群れの中心で破裂し、小さな硬い弾丸をまき散らす。ヒトデ型を貫き地に降り注いだ。


「クラスター弾か……」

「ご名答。ま、どちらかと言えばブドウ弾かな?」


 トウコのつぶやきにシイナはにやりと笑う。


 シイナの気質「実りの大地」は、さまざまな効果をもつ植物の「種」を生み出す能力だった。右腕の大砲はそれを撃ち出すためのツールに過ぎない。今撃ったのは文字通りの「ブドウ弾」、破裂して小さな弾丸をばらまく実をつける攻撃用の「種」である。


「ほらほら、次の群れ来るよー」


 上空には新たなヒトデ型の群れが迫っていた。どうも、突進する以外は知らないらしい。これならば、とトウコは右手の拳銃から銃弾を乱れ撃つ。


「そんなものをばらまかなくとも……」


 「ディスト」の群れは銃弾に追いやられるように、更に一所に集まり始めた。ここだ、とトウコは充填を完了した左手の「エクリプス」を持ち上げる。昨日ライオン型にとどめをさしたあの技だ。ただ、一丁しか使わないので威力は半減するだろうが――こいつらには充分だろう。


「『ルナ・エクリプス』」


 銃口から放たれた強烈な光の奔流が、ヒトデ型をなぎ払う。


「何今の!?」


 目を丸くするシイナをよそに、群れの第二陣が塵に消えた。


「この通り。わたしの銃を甘く見ないこと」

「やってくれるじゃん」


 心底嬉しそうにシイナは歯を見せる。


「正直なめてたけど、こいつはあたしも頑張んないとねえ……」


 次の群れの襲来を見て取り、シイナは薄い笑いを浮かべてそちらに砲門を向ける。が、第三の群れの動きを見てすぐにその笑いは消えた。


 トウコも無表情に少し緊張の色を乗せ、シイナの元に降り立った。


「あなた、このヒトデ型とはよく遭遇しているのでしょう?」

「ああ、そうだにー。もう何回やり合ったか分かんないね」

「では、あんな形になったのは?」

「今回が初めて、だよ」


 トウコとシイナは、上空の「ディスト」を見上げる。ヒトデ型の群れは寄り集まり、その形を大きく変えていた。


「こいつは、クジラ型って感じかねえ……」


 シイナの言う通り、ヒトデ型の群れは大きなクジラのような姿になっていた。昨日出現したあの巨人型と同等の大きさだが、密度がまるで違う。体の外周に見開く無数の白い眼がぎろぎろと辺りをうかがうようにうごめく。


 まるで国語の教科書に載っていた魚の童話みたいだ。トウコは心の中で呟く。その童話では、群れが一つの大きな形を作っていたが、こちらは違う。一体一体が溶けあうようにして、新たな「ディスト」を形作ったと言った方が適切だろう。


「ヒトデがさあ、クジラになるなんて、あり?」

「信じられないことが起きるのが、『インガの裏側』らしい」

「ですよねー」


 「ディスト」特有の白い眼が一斉にトウコとシイナを見定めた。ちりちりした感覚、攻撃が来る。クジラ型は、あの腹の底に響く軋みのような鳴き声と共に、頭頂部を二人に向けその噴霧口から黒い塊を吹き出した。

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