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深淵少女シマモモコ  作者: 雨宮ヤスミ
[二]死に行くもの達の終わり
28/46

2-5

「立ち向かうだけが勇気じゃない」

 

 

 何とかここまでは、「インガの裏側」へ連れてくるまではうまくいった。エリイは色が剥げ落ちたような灰色の柱の陰に隠れて、呼吸を整える。


 浅木キミヨを射つのはやりすぎだとヒメには言われたが、こちらの怒りを考えれば殺さなかっただけ感謝してほしいくらいだ。


 「インガの裏側」へやってきたアキナは、教室の中を見回してこちらを探している。


 既に廊下に潜んでいるエリイはその背後から狙いを定める。雷はちゃんと通用した。頭だ、頭を射って……。


 突然アキナが振り向いた。気配を感じたとでも言うのか。目が合い、判断が鈍る。射掛けた矢は下に逸れて胸部の装甲へ……。


「ウッソ!?」


 思わず声を上げた。雷の矢をもアキナは払い除けたのである。


「速い攻撃だが、三回も見せられちゃな。嫌でも慣れる」


 無茶苦茶だ。慣れたって、こうも簡単に……。


「エリイ、止まっちゃダメ」


 そう叱咤しつつ、ヒメはエリイの横をすり抜け、教室の中のアキナに躍りかかった。


「お前の攻撃も見飽きた」


 放たれた蹴りを最小限の動きでかわし、体勢の万全でないヒメに突きを見舞う。


「ぐっ!?」


 紫の炎がヒメの体を焦がす。追いかけるような二撃目の貫手を、ヒメは抱えるように受け止めた。


「燃えるぞ、いいのか?」

「こ、のくらい……」


 アキナの言葉に反し、紫の炎はヒメに燃え移らなかった。冷気をフルに放出し、バリアのように使って、炎の勢いを殺しているのだ。


「はっ、鬱陶しい!」


 アキナは片腕でヒメを持ち上げる。そこへエリイが矢を放つ。アキナはヒメを盾のように斜線上へつきだすが、矢は迂回するように曲がってアキナの背に刺さる。今のエリイは、風の矢ならば自在に曲げられるのだ。


「チィッ!」


 ヒメを放り投げるように振り払い、アキナは吠えた。その声は「ディスト」特有の名状しがたい響きを伴っていた。


「ヒメ、大丈夫?」

「うん、確実に行こう」


 再びヒメはアキナに向かっていく。


 このパターンは大きく分けて二つに派生する。エリイは矢をつがえた。さっきみたいにヒメが押さえ込むか、身をかわしてあたしが矢を射るか。長く二人で戦ってきた中で作った連携だ。しかも、今はエリイの力が強まり、できることも増えている。そう簡単には破られない。


「ウザいんだよ!」


 アキナは右手の平を広げて突き出す。紫の炎が火炎放射器のように吹き出した。


 真正面から火炎を浴びたヒメは、熱風に煽られるように倒れた。


「この!」


 エリイが射掛けるより一呼吸早く、アキナ手から今度は火の玉を放つ。紫の燃える弾丸は、エリイの腹を直撃した。


「きゃあ!?」


 衝撃で矢が放たれ、天井に突き刺さる。熱い! 火の燃え移った腹をエリイは必死にはたく。


 アキナは目の前で倒れたヒメを無造作に、ボールをそうするように蹴り飛ばした。


「ぎゃっ!?」

「ぐあ……」


 吹き飛ばされたヒメの体は、エリイには覆い被さるように落下する。アキナは右手を掲げ、直径が身長ほどもあ る火球を作り出す。


「ぶっ飛べ」


 冷酷に言い放ち、アキナは火球を投げつけた。巻き起こった爆発により、校舎の外壁に大穴が開いた。


 何て威力。直撃は逃れたものの、爆風で二階から落下したエリイは、校舎裏から爆発で開いた穴を見上げる。


 あんな能力聞いてない。格闘技しか使えないはずなのに。離れて攻撃できるのが、こちらの強みのはずなのに。


 エリイの右手にひんやりとした感触が伝わる。


「あきらめちゃ、ダメ」


 ヒメは手をぎゅっと握って、エリイの顔を見ている。


 手伝ってくれるばかりか、前に立って戦ってくれている。そうだよ、ヒメのためにも立ち上がらないと。


 エリイは力を振り絞り、アキナを迎え撃つように弓を構えた。


「まだ向かってくるのか……ザコのくせに……」


 苛ついた口調でアキナは頭を揺らす。相手への敬意のない、濁った戦意だけが見て取れる。


「もう、諦めて死ねよ!」


 暴走は、本当に頭まで回ってんだ。アキナを嫌い、避けていたエリイでも分かる。こんなことを言う子じゃないはずなのに……!


「そうか、死にたいんだな……。死んだら、会えるもんな……」


 再び、あの大きな火球を作り出す。来る! エリイが身構えたその時、突然何かがぶつかり、空中の火球が爆発した。


「な……ちっ!」


 ついで降り注ぐ、固く丸い弾。それに紛れてアキナの眼前に小さな黒いものが跳ねた。


 卵形のそれは植物の種であった。黒い種はすぐに発芽し、緑のツタを伸ばして、アキナの体に巻き付く。


「こんなもの……!」


 アキナはまとった炎の火力を上げて焼ききろうとした。が、続いてその足下から這い上がるように伸びた影が、炎とせめぎあう。


「秘技『シャドウ・スナップ』……って、本体に届いてませんね……」

「エリりん、おヒメちん、とりま無事でよかったぜい」


 アキナの背後からサヤとシイナが姿を現した。


「二人とも、どうして!?」

「話は後です。ともかく今は、アキナさんの暴走を鎮めましょう」


 四人の「ディストキーパー」に包囲され、尚且つ縛られているにもかかわらず、アキナの表情に焦りはない。暗い目で四人を見回した。


「誰が暴走してるって?」


 笑うその声は、軋みのように響いた。


「あたしは正気だよ、限りなくな。殴れば殴られる、殺せば殺される。明白な『インガ』に則ってる」

「その理屈だと、アッキィも死んじゃうんだけど?」

「ああそうさ、やればいい!」


 アキナは吠えて、「シャドウ・スナップ」を燃やし、ツタを引きちぎる。


「できるものならな!」


 アキナは両腕を大きく振るった。アキナを中心に紫の爆風が円を描き、四人を襲う。だが、爆風を囲むように展開した影の腕が、その勢いを殺した。


「アキナさんらしからぬ攻撃ですね……」

「悪いけど、殺しちゃう気はないんだよね」


 戒めが解かれることを見越していたかのように、シイナはブドウ弾の種を放つ。


 アキナは左手でそれを受け止めた。


「はん、こんなもの」

「自信家だねえ、でもそれが命取りだよ!」


 手の中で種は弾け、固い散弾が再びアキナを襲う。


「それが、どうした!」


 まとう炎を強め、散弾から身を守った。


「その炎なら、これで!」


 ヒメは両腕に冷気をまとわせ、エリイの前に立つ。後ろからエリイは風を起こし、冷気を吹雪とし吹き付けた。


「ちっ!」


 紫の炎は、連携の吹雪にあてられてその勢いを弱める。


「『シャドウ・スナップ』!」


 すかさずサヤが影を伸ばし、アキナの体を束縛した。


「さっき破られたのを忘れたか?」


 アキナは力を込めるが、簡単に引きちぎれたはずの戒めは、むしろぎゅうぎゅうと締め付けてくる。


「ぐ、これは……!」

「その炎さえ突破できれば、わたしの影はあなたを逃さない」


 今です! サヤはエリイに声を掛けた。


 エリイは雷の矢をつがえた。乾坤一擲、渾身の力と思いで引き絞る。


 今度は外さない、怯まない。エリイはアキナの眉間に狙いを定めた。


「これで、終わりだ!」


 電撃を伴った矢は狙いに違わず眉間に突き刺さる。矢は放電しながら頭の中に押し入っていく。


「があああぁぁっ!?」


 大きな悲鳴を上げて、まるで大木がそうするかのように、アキナは仰向けに倒れた。


「や、やった……?」


 恐る恐る様子をうかがうが、アキナは仰向けのまま、ぴくりとも動かない。


「どうやら、そのよう」

「死んだの……?」

「いえ、生きています」


 影は未だにその体を拘束している。その感触で分かるという。


 生きているのか、まだ。エリイはアキナを見下ろす。


「エリイさん、ダメです」


 サヤが後ろから制した。


「いいですか? アキナさんがあんなことをしたのは……」

「全部暴走のせいだから、許せって言うの?」


 そうです、とサヤは言い切った。


「そんなこと、できるわけない!」


 抑えられる怒りなら、こんなことはしていない。それにもう、後戻りはできない。無関係の人間を射ってしまったのだから。


「感情なんて、一時のものです」


 静かにサヤは首を振った。


「どれほど怒っていても、恨みを抱いていても、そんなものはいつか消えてしまうんです」

「うるさい! お説教なんて聞きたくない!」

「それではアキナさんと同じですよ。暗い怒りと恨みのために、暴走してしまった彼女と……」


 悲しいですよ、そんなの。怒りのままに生きるなんて。サヤの目は隠されているが、その上の眉は口に出した感情と同じ形に歪んだ。


「わたし達は、『インガ』の前に自由ではありません。人として、『ディストキーパー』として、不条理に感じることは数多くあるでしょう」


 だからってその都度感情に振り回されるんですか? それは違うでしょう、とサヤはまたかぶりを振った。


「理由がつくこともつかないことも、どこかで折り合いを付けてやっていくしかありません。立ち向かうだけが勇気じゃない」


 赦して忘れるんです。かつてのわたしがそうしたように。


 エリイはうつむいた。その肩にヒメが手を置いた。後ろから慰めるように、抱き締めた。


「で、どうすんの?」


 興味なさそうに傍観していたシイナは、倒れたアキナを指した。


「オリエさんが合流するまでは、このまま監視しときましょう」


 サヤはエリイとヒメに「お二人は休んでてください」と声をかける。


「後はわたしが。シイナさんは余力があるなら、オリエさんの方に……」


 不意にサヤはびくりと体を震わせ、口をつぐむ。


「どしたん?」

「みなさん、下がって! 下がってください!」


 追い立てるような仕草で、サヤは三人に後退を促す。


「どしたんって!?」


 自身も一緒に下がってきたサヤに、シイナは尋ねる。


「アキナさん、まだ意識があるみたいで……」

「でも、全然動かない」

「影の触れた感触が変化してきてるんです!」


 ヒメの横でエリイは矢をつがえる。


「だったらもう一回やればいいのよ!」

「いいこと言うじゃん、エリりん」


 シイナも左腕に大砲を呼び出した。


「たーだ、ちょっと嫌な予感は、すんだよに……」


 ガラスの割れるような音が響く。影の戒めは、ガラスを金づちで叩いたかのように簡単に砕けた。


 アキナはゆっくりと起き上がる。手足を使わず、仰向けに倒れる映像を逆再生したかのように。


 唸るようなあの「ディスト」の声を上げてアキナは目を口を、大きく開いた。黒いどろどろした煙が流れ出てアキナの体を覆っていく。その煙の周囲はぎざぎざにぶれている。


「ねえ、暴走ってさ、こういう状態のことを言うんだっけ……?」


 シイナの問いかけに、答えは返ってこない。エリイも、ヒメもサヤもみんなアキナの体に起こった変化に気圧されていた。


 煙はアキナの体を完全に包みこみ、その姿を細身で、硬質な尖った四肢を持つ人の形をした異形に変えた。

 

 そのぶれた世界との接線、輪郭は人ならざる証。黒い体の表面は岩石を思わせる不規則な紋様が、ひびのようにいくつにも枝分かれして走り、呼吸をするように赤く明滅している。菱形の頭部にはH字状に並んだ白い眼球が、七つ光っていた。

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