3-2
「そういう子たちを裁く権利、じゃないな権威があるのかなって」
翌日の放課後、アキナはキミヨと連れ立って廊下を歩いていた。廊下は部活に向かう者や家路につく生徒、掃除当番などで少々混み合っていた。
「変なこと言って悪いんだけどさ」
不意にキミヨはアキナを見やる。
「何か、ちょっと変わった?」
「何が?」
アキナ自身がさ、とキミヨは首をかしげる。
「ちょっと迷いがなくなったっていうか……」
「いいことだろ?」
どうだろ、とキミヨは曖昧な笑みを浮かべる。
「今日もさ、×××××さんともめてたじゃん」
「アレは調子に乗り過ぎだ。兄貴が不良だか何だか知らないけど」
いじめられてる子もいるみたいだし、確かによくないとは思うけどさ、とキミヨは肩をすくめて見せる。
「でも、アキナがそれをする必要ってあるの?」
「どういう意味だよ?」
「そういう子たちを裁く権利、じゃないな権威があるのかなって」
アキナは「むう」とうなって自分の手を見た。
「周りをよくしていこうって思うのは分かるよ? でも、今の方法でいいのかな?」
やりすぎちゃってないかな。キミヨはアキナの瞳をのぞきこむようにした。
「あたしにはさ、力があるわけだろ?」
しっかりと見返して、アキナは言い切った。
「その力の及ぶ範囲のことを、してるだけさ」
「本当に?」
動じずに、キミヨはアキナの目を見たまま尋ね返す。
「本当に、その手の届く範囲のことなの?」
昨日ぐらいからちょっと変な気がする。視線を落とすキミヨに、アキナはたじろいだような表情を浮かべた。
「変、かな?」
「ちょっと、だけど……」
その時、背後から大きなざわめきが聞こえた。そして強い風が廊下を駆け抜けた次の瞬間、「あ!?」と声を上げてキミヨが倒れた。
「どうした!?」
左腕を下にして倒れたキミヨの体から、赤いものが流れ出して廊下を染める。強い鉄サビのにおい、悲鳴が上がった。制服の右のわき腹に穴が開いている。
アキナは背後を振り返った。そして、廊下の真ん中に立ちこちらを見据えている彼女をにらみつけた。
「エリイか、何のつもりだ……?」
にらみ返すエリイの姿は、「ディストキーパー」のそれであった。得物の弓を構え、二の矢を撃てる状態だ。周りの生徒は、それを遠巻きに見ている。
「それはこっちのセリフよ、漆間アキナ」
同時に放たれた風の矢を、アキナは払いのける。左手の甲に「コーザリティ・サークル」が浮かび、前夜と同じように「ホーキー」をささない内に割れた。
アキナの姿が変化し、どよめきが起こる。紫色の炎に覆われたアキナは、エリイに向かって構えを取る。
「その炎、やっぱり暴走してるってことね……」
呟いてエリイは風の矢をつがえる。
「あんた、どうしてあの人を殺したのよ?」
「あの人? ああ、お前の彼氏か」
「そうよ、分かってんじゃない、この人殺し!」
「仇討ちってワケか。あんな男のために……」
「あんたがあの人を語らないで!」
第三射もアキナはやすやすと払いのけた。
「まあ、仇討ちってことまでは理解してやる……」
だけどこいつはどういうつもりだ? アキナは倒れているキミヨを見下す。
「何でキミヨを狙った!?」
「あんたがあたしの大切なものを壊すなら、あたしもあんたのものを壊してやる」
「ふざけるなよ……」
「あんたがね!」
第四射目をも払いのけ、アキナはエリイに突進した。またも周りの生徒から悲鳴が上がる。逃げ出そうとする者の姿もある。アキナの拳は、しかしエリイに届かなかった。
「ヒメか!」
アキナの突進を阻むように現れたヒメは、武器の扇でアキナの右手を止めた。
「お前、あの男とエリイが付き合うの、嫌だったんじゃないのかよ」
「嫌だよ」
はっきりとヒメは応じた。
「死んだって聞いて、正直安心した。いなくなってよかったって。でも、エリイは本当に悲しんでた。泣いてたんだ。それを見て、ホッとした自分が許せなくなった」
「だから手を貸すってワケか……こんなバカな真似に!」
「バカな真似をしたのはあなたも同じ」
扇を蹴り上げ、アキナはヒメに拳を振るう。ヒメは大きく飛び退ってかわし、左にのいた。射線上からヒメがいなくなってすぐ、エリイが矢を射かけてくる。
「当たる……がッッ!?」
それは、アキナが今までいなしてきた風の矢よりも圧倒的に早かった。胸の装甲に突き刺さり、雷と共に爆ぜた。
「ぐ……これは、雷……?」
「あたしの新しい力、『彼』がくれたこの力で、あんたを殺してやる!」
エリイは一際大きな雷の矢を放つ。それはアキナに到達する前に三つに分かれた。アキナは身をよじるが、間に合わない。右肩、左脇腹、左膝を突き抜ける。
「ぐああああ!?」
膝をついたアキナを見て、ヒメはエリイに声をかける。
「エリイ、そろそろ場所を……」
ヒメは「ホーキー」を教室の戸にかざし、鍵穴を出現させた。ヒメが鍵を開いて、二人は「インガの裏側」へと入っていく。
「待て!」
何が仇討ちだ、バカな真似だ。何でそれにキミヨが巻き込まれなくちゃならないんだ。あれは殺されて当然のクソ野郎だぞ?
よろめきながら壁に手をついて立ち上がり、アキナもその後を追う。その目は「ルビー」の名を冠すにふさわしい赤色から、体を包む炎と同じ紫色に濁っていた。




