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「何か、うまく言えないんですけど……おかしくないですか?」
トウコが「インガの改変」の気配を感じ取ったのは、スーパーの中でだった。
時間帯のせいもあって、弁当の類は既に売り切れで、仕方なしに二人はいくつかのパンをカゴに入れた。
「今日はこれでいいですけど、これからは毎日、ちゃんとしたものを食べてくださいね」
サヤは完全に母親のような口調で言った。
「何なら、わたしが作りに行ってあげてもいいですよ?」
「料理できるの?」
一人暮らし長いので。サヤは少し寂しげに笑った。長い、というところにトウコは違和感を覚える。そう言えば、サヤの家庭環境はどうなっているのだろう。学費のかかる私学に娘を入れて、尚且つ一人暮らしさせているなんて。
そのことを尋ねようとした時だった。ちりちりとした感覚が、トウコの脳を襲った。いつもより大きい。思わずこめかみを押さえ、うずくまってしまうほどだ。
「どうしました?」
駆け寄ってくるサヤを手で制し、何とか立ち上がる。
「大丈夫、ちょっと『インガの改変』を感じ取っただけ……」
「今のちょっと嫌な気配、そうだったんですね。わたしでも感じられるということは……」
「大分近いところね」
「何だかちょっと、嫌な感じがしますね……」
空模様のせいでしょうか、とサヤは言うが、胸騒ぎがするのはトウコも同じだった。
「少し気になる。現場に行ってみよう」
二人はすぐに会計を済ませ、スーパーを出た。トウコは集中して、気配の出所を探す。既に感覚は遠のいていたが、駅の方かららしいということは分かった。
駅前の広場を抜け、二人は駅舎の方へと急ぐ。その道すがら、知った顔を見つけて立ち止まる。
アキナだ。どこかボーッとした様子で立ち止まり、待ち合わせ場所として有名な像の近くに植わった、大きな木を見つめていた。
後から声をかけると、アキナはびくりと肩を震わせる。
「……何だ、お前らか」
妙だ。トウコはホッとしたような顔で笑うアキナを見上げて、そう思った。いやに明るいように思う。ついさっき、錯乱したようになっていたのと同一人物とは思えない。
何より、あの時見えた黒い塊が、既に彼女の中からなくなっているのもおかしい。
「漆間、あなた暴走は……?」
あまりに大きな疑念に、むき出しの言葉で聞いてしまう。アキナは不思議そうな顔で首をかしげる。
「ああ……それなら、うん、走ってたら収まった」
迷惑かけたな、とのんきにも聞こえる口調で応じる。
「ホントですか?」
「大丈夫だって。すごく体は軽いし、快調だし」
サヤにも心配かけてたみたいだな、とまたも軽い調子だ。
「そう……。なら、いいけど」
追及する材料がない。暴走の気配が消えているのは確かだし、とトウコは引き下がった。
「あ、そうだ! この辺で『インガの改変』があったんですけど……」
サヤの問いに、アキナは「ああ」とうなずいた。
「パサラが何か、こそこそ動き回ってると思ったら、それか」
「見たの?」
「うん。でも、どこにいるかは分からん」
呼び出したらどうだ、と言われてトウコはサヤと顔を見合わせる。
嫌な気配というのは、思い過ごしなのだろうか。パサラの「インガの改変」ならばいつものことだし、変に近かったから、大きな気配だったからこちらが過敏になってしまっただけなのかもしれない。
その時、トウコの頬に冷たいものが当たった。
「お、雨か……」
本降りになる前に帰れよ。そう言い置いて、アキナは去って行った。
「トウコさん、何か、うまく言えないんですけど……」
おかしくないですか? 問われたトウコもサヤと同じ気持ちだった。
言い表せない違和感がある。自分の知らないところで、すべてが崩壊するような出来事が始まっているような、そんな不安がぬぐえなかった。
遠くの空で、また雷が鳴った。夜の街に響くその音が、終わりの始まりを告げる角笛のように、トウコの心をかき乱した。




