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深淵少女シマモモコ  作者: 雨宮ヤスミ
[四]怪物と人の心
21/46

4-3

「人間を捨てちゃダメですよ」

 

 

 その夜、トウコが家に戻ると、中ではサヤが待っていた。「お帰りなさい」とのんきに言う彼女に、トウコは脱力する思いだった。


「どうしました? お疲れですか?」


 きょとんとして目をぱちくりさせるサヤに、トウコは深くため息をついて見せる。


「あなたの間抜けな顔を見て、気が抜けただけよ」


 何ですか間抜けってー、とサヤは頬を膨らませる。


 アキナと三人で話したあの日から、サヤはトウコの家をよく訪れるようになっていた。新人の面倒を見る一環です、とサヤは最初言っていたが、その期間が終わってからも続いた。


 トウコは最初、何か用や企みでもあるのかと思っていたが、サヤはとりとめのない話をするだけだった。


 戦いのこと、学校でのこと、よく見るテレビ番組のこと、好きな音楽のこと、「ディストキーパー」のこと、「ディストキーパー」でない友達のこと。


 ほとんどサヤが一人で好きなようにしゃべり、そして帰っていく。


 よくもまあこれだけしゃべることがあるものだ。トウコは呆れながら、しかしどこかでその時間に癒しのようなものを感じていた。今では、サヤがやってくるのを待つような気持ちになっている。


 あのどす黒いアキナの暴走の因子を目にした今日来てくれたことは、特にありがたかった。


「今日の戦いってどうでした?」


 ベッドに腰掛け、サヤはトウコに尋ねる。


「別に。いつも通り。あなたや立花がいなくても、問題なかったわ」

「結構大きいのが三体もいたとか」

「一体を山吹と空井・若草、残りは漆間とわたしで一体ずつ」


 相変わらずお強いですねぇ、とサヤは感心半分、呆れ半分くらいの調子でうなずいた。


「あの程度なら山吹はもちろん、空井でも一対一で何とかなる。集団でやったのはリスクを減らしただけ」

「エリイさんは?」

「無理。戦闘スタイル以前に、実力不足。わたしが加入した辺りから、何ら成長していない」

「ですよねー」


 いつもの口癖で同意を示してから、サヤは一つ息をついた。


「エリイさんも、もう少し戦いに前向きになってくれれば……」


 結構強い力を秘めているという話もあるので、とサヤは残念そうだった。


「みんながみんな、戦いたいわけではないでしょう。特にああいう臆病なタイプは」


 おや、とサヤは首をかしげる。


「トウコさんにしては、珍しく優しい発言ですね」


 いつもなら「戦わないやつは邪魔だから家で寝てろ」ぐらい言うのに、と勝手にセリフをあててくる。


「何回でも言うけど、あなたわたしのことを何だと思ってるの?」


 サヤは笑って答えなかった。調子のいいことだ、とトウコは内心毒づく。


「でもトウコさん、やっぱりちょっと様子おかしいですよ?」


 何か元気がないみたいに見えます、というのである。


「前みたいに強い『ディスト』さんが出たのかと思いましたが、それも違うみたいですし」


 今のわたしは表情がほとんど変わらないはずなのに。サヤがよく見ている、気が付くということか? あるいは、それぐらいあのアキナの様子に、当てられたということかも知れない。


「そうね、三住になら話していいでしょう」


 誰にならダメなんですか、というサヤの言葉は無視してトウコはアキナとのやり取りについて話した。


「暴走……。まだ尾を引いてるんですか……」


 全然気付きませんでしたよ。サヤはため息をつく。


「だってアキナさん、そんな様子まったく見せてなかった……」

「ええ。恥ずかしながらわたしも、今日の今日まで気付かなかったわ」


 それだけうまく隠していたということだろうが、逆に考えれば隠しきれない程辛くなってきている証拠とも言えよう。


「でも、危ないですよ。何か取り除く方法はないですかね」

「パサラもあてにならなさそう」

「そこは仕方ないですよ。『エクサラント』は『ディストキーパー』の体に干渉できないですから」


 だとしてもあんな無責任な言い方はないと思いますけど、と伝え聞いたパサラの態度にサヤは口を尖らせる。


「『エクサラント』、それもまた方便だとは聞いたけれど」

「実際は、毛玉の国みたいなのはないんですよね。ちょっと残念です」


 何だサヤも知っていたのか。パサラは『トウコになら話してもいいから言うけど、実は……』とこっそり教えてくれているようなことを言っていたのに。


「あの毛玉は、隠しごとやウソが多すぎる」

「聞けば教えてくれるみたいですけどね。ちょっと信用ならないのは事実ですけど」


 少し躊躇ってから、「『ディストキーパー』の体のことなら……」とサヤは切り出した。


「オリエさんなら、『アンバー』の能力なら、もしかしたら暴走の因子のようなものを取り除くことができるかもしれません」


 サヤによれば、「アンバー」の気質は全員共通で「捕える蜜」だそうだ。これは「インガクズ」を琥珀の中に閉じ込めて保存し攻撃や防御、回復のエネルギーに使用するというものだった。


「暴走は、『ディストキーパー』の力の箍みたいなものが外れたせいで起こるらしいんです」


 その箍を外した原因は、アキナが「ディストキーパー」になったあの夜の出来事だろう。


「あの時の記憶を取り去れば、暴走の危険はなくなるはずです。記憶も『インガ』ですから、きっとできますよ」


 自信満々に語るサヤに、しかしトウコは不安がぬぐえなかった。


「記憶を……」


 三か月前この部屋で、アキナが頭を抱えていたのが目の前に蘇ってくる。ベッドのあの辺りに座っていたのだった。今もあそこでうつむいているような錯覚を覚える。


「だけど、それじゃあ逃げたことになってしまうのでは?」

「逃げる、ですか?」


 サヤは眉をしかめる。


「あの時、敗者になってしまったと漆間は気にしていた。記憶を取り除くことを、逃げたように感じてしまわねばいいのだけれど」


 むぐ、とサヤは言葉に詰まる。確かにそういう面はあるかもしれないです、と急に自信が萎んだ。


「そ、その辺はオリエさんのご配慮に期待しましょう」


 そこが一番信用ならないのだけど。トウコは心中で呟く。三か月の付き合いになっても、パサラ以上に油断ならない相手だという印象はぬぐえない。むしろ疑念は強くなっている。今日のように、よくシイナかサヤのどちらかを伴って不在になるのも、一体何の用なのかと疑わしい。


 だが、それ以外にアイデアがないのも事実だ。「ディストキーパー」として強いことや、たくさん修羅場を潜り抜けてきた実力は本物だろう。その辺りは信用していい。


「漆間が逃げたみたいになることを気にするようなら、わたし達でまた慰めましょう」

「ですよね」


 友情パワーです! とサヤは両拳を握った。無邪気な、とトウコはまた力が抜けていくようだった。


「ところでトウコさん」


 少し改まって、サヤは部屋の隅に置いてある冷蔵庫を指差した。


「冷蔵庫、空なんですけど、ちゃんとご飯食べてます?」

「あなた、何で人の家の冷蔵庫を勝手に開けているの?」


 勝手に上がり込まれることには慣れてしまったが、さすがにそれを笑って許してやる気にはならない。


「冷蔵庫のコードが抜けていたから、大変だと思って開けたんですよ」

「抜けてたんじゃなくて、抜いてあるの」


 原則「ディストキーパー」は物を食べなくていい。妙にお腹が空かないのでパサラに尋ねたところ、返ってきた答えがこれであった。元々、食に対して興味のある方ではなかったので、食べなくていいならそれでいいかと思い、それから一か月ほど食事を摂っていない。


 そう説明すると、サヤは眉を吊り上げた。


「何言ってるんですか! 人間らしい生活をしましょう!」


 ほら、とサヤはトウコの手首をつかんで立ち上がった。


「駅前のリーフってスーパーなら開いてますから! お弁当か何か買いに行きましょう!」

「こんな時間に外に出たら、補導されるかもしれないわ」

「『天涯孤独の拳銃使い』とか名乗ってる人が何言ってるんですか!」


 そこを今持ち出すか。しょうがない、付き合ってやるか。大きく息をついて、トウコもベッドから下りる。


「人間を捨てちゃダメですよ。『ディストキーパー』じゃないところも持っていないのは、辛いですよ」


 出がけにぽつりと、サヤはそう呟いた。

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