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「そんな浅い『改変』で、あんなに強いのはズルくね?」
「そう言えば、サヤサヤはどこ行っちゃったんです?」
メガネの弦を押し上げて、シイナは話題を変えた。
「サヤちゃんなら、成田さんの家へ行ったわ」
何を気に入ったのか、サヤはよくトウコの家を訪れているようだった。
「サヤちゃんも一人暮らしだから、寂しいのでしょう」
「あたしの家には一回こっきりだったのに……」
「あなたのお家は、ゲームで足の踏み場もなかったもの」
掃除をしなさい掃除を。母親のようなオリエの口調に、シイナは肩をすくめた。
「その成田さんも『最終深点』が近そうね」
やはり成長度は八割程度だろうというのが、オリエの見立てであった。ちなみにヒメで半分程度、エリイは三割は外れているものの、使い方が分かっていないという状態らしい。
「成田さんは、元々が五個ぐらいは外れていたようなものだけれども」
「サヤサヤがトウコちんを『計画』に引き入れてくれたら、かなり楽になりそうだにー」
気楽な調子のシイナに、期待はできないわ、とオリエは首を横に振った。
「彼女は『奪われた者』だったかもしれないけれど、今やすべてを備えてしまった」
わたし達の「計画」に賛同できるのは、奪われた者だとオリエは常々語っていた。その意味で、「エクサラント」から「与えられる」ような「最初の改変」をしたエリイとヒメも不合格なのだそうだ。
「そうかにゃあ……?」
オリエに言わせれば「求め続ける者」だというシイナは、疑義を挟む。
「トウコちん、アニメの真似事の人格上書きして『すべて』でいいのかねえ」
「アニメ?」
聞き返されて、「ああ」とシイナは言い添える。
「トウコちんの苗字の元ネタ、『シックザール』とかいうアニメの主人公から付けたとあたしの中で話題に」
「本人が言ったの?」
「推測ですにゃ。でも当たってると思う」
成田守人という二丁拳銃使いなのだ、とシイナは補足した。
「トウコという名もそこからかしら?」
「さあ? そっちは見当がつかないッス……」
にしたってさ、とシイナは口を尖らせる。
「そんな浅い『改変』で、あんなに強いのはズルくね?」
「内容的には大規模よ?」
「同じような浅い理由の『改変』した身としちゃ、釈然としないっていうか……」
あー、と天井を見上げシイナは肩をすくめた。
「気持ちは分からなくないわね」
まったく、サヤちゃんたらあれのどこがいいのやら、とオリエは湯呑みの中身を飲み干した。
「あらー、オリエさん焼き餅?」
「少しね」
茶化したシイナに、オリエは冗談っぽくうなずく。
「そう言えば、オリエさんもよくどっか行ってますよね?」
「どこか、とは?」
一瞬考える間を置いて、「いいか」とシイナは切り出す。
「いやね、うちの近所のお家に入っていくの、偶然見かけちゃって」
「ああ、シイナの家も近かったわね」
何なんです、と尋ねるとオリエは珍しく本当の意味で柔和な笑顔を浮かべた。秘密を追求するようで、少々緊張していたシイナはホッと胸を撫で下した。
「あれはね、計画に参加してくれる次の『ディストキーパー』が住んでいる家よ」
「次の……?」
オリエの話によれば、パサラが目をつけそうな「過剰に不幸な」少女らしい。
「風の気質の持ち主でね、正義を純真に信じてる。戦いに向かない子よりはいいと思うのだけれど」
へー、いいッスね。そう笑って応じながらも、シイナは内心で「やはり油断できない」と思い直す。
「エクサラント」から「インガ」を傾け世界の進む方向を決める力を奪取する。その「計画」のためならば、オリエは手段を選ばない。五か月間一緒に戦い、新人のころ教育を担当したエリイであっても、容赦なく殺害するだろう。
こいつはあたしも、身の振り方は気を付けないと。いきなり捨て駒にされたって不思議じゃない相手だし。いざとなったら、「とっておきの種」を使ってしまおう。
オリエは急須にお湯を注いで持ってきた。お茶のお代わりをいれながら、ちらりとシイナに目を向けてくる。何もかもを見通しているような眼差しで、急に居心地が悪くなった。
まあ、オリエの治める新世界でごろごろゲームしたり、能力使って遊んだりする一番いいんだけどにゃ。シイナから裏切る気は、今のところは毛頭ないのである。
お茶の注ぎ足された湯呑みを手に取った時、不意に遠くの空で雷の音が鳴った。
「おや、雨ですかいね?」
「天気予報によると、十時ごろから降り出すそうよ」
雨は雷を伴って、夜通し降り続くという。オリエは立ち上がって窓の方に近づき、カーテンを開けた。
「こういう夜は、少し不安になるわね」
何だか、悪いことが起こりそうで。
タワーマンションの遥か上空では、暗い夜の空を雲がゆっくりと動いていた。