昼休み
実際本を読んだら読んだだけ頭が良くなるわけがなく、あれだけ一気読みした本も邪眼を閉じて教室に帰る頃にはもう9割方忘れてしまっていた。
そりゃアウトプットが0なんだからいくら数学書読んでもミレニアム問題が解けるわけもないし、洋書をいくら読んだからって外国語を喋れるようになるわけがない。
結局俺はたいした実験成果もなく、本を一冊だけ借りて帰った。
そのあとのルアは何も言わず、ただ悪びれもせずしらっとしてる俺を、呆れたように見ているだけだった。
そしてついに、ノートも筆記具もなしで四時間目が終わった。よっしゃ、午前をやり過ごしたぞ。
毎回教科書を見せてくれたマユちゃん、いや賀古貝さま本当にありがとう。
いつのまにかルアとマユちゃんはだいぶ仲良しになっていた。
で、いつのまにかルアを取り囲む女子達は少なくなり、ルアはなぜか特殊な趣向の人というクラス内の評価を受けていた。
「なんでだろう……。ねぇ龍ケ崎くん? あなたが教えてくれた「好きなものを聞かれた時に言う模範解答」で、私に言わせた本や映画って、いったいどんな内容だったの?」
とルアは思案顔で聞いて来た。
「別に。無難どころじゃね」
知らない方がいい事だってあるさ。
ルアは少しづつアングラなサブカル系女子から人気を集めているようだった。ルアの初日でのクラス内総評は「清楚で頭もよさそうなのに、残念な美人」らしい。
昼休みになり俺は購買で弁当を買って教室に戻ってくると、俺の机はすでに女子達によって占領されていた。
「真希菜ちゃん、一緒に食べよー」
まあそうなるわな。俺の机はルアのすぐ前だし、ルアと仲良くなりたい女子達に俺の椅子を使われるのは当然だった。
「おう、怜士どうした?」
と、声を掛けて来たのは友人の西園侘充。
「あぁサウスパーク……」
「誰がサウスパークだ。南園じゃなくて西園だから」
「じゃあジュラシックパーク」
「もう園つけば何でもいいのかよ」
「じゃあリンキンパーク」
「ツッコミきれねぇよ。漢字に直せなくなってんじゃん」
なに言ってもツッコんでくれるいい奴だ。
西園侘充は、ラガーマンと評すには細身で、野球少年と見るには若干チャラい感じの、運動が得意そうな長身で体育会系の男だ。(でも帰宅部)。元ハンドボール部で、中学の時には陸上とアーチェリーもやっていたらしいガチガチのスポーツマン。帰宅部の期待の星である。
「あぁ、俺の机女子達に取られたんだ」
「ははっ。いいじゃん、たまにはこっちで食おうぜ」
俺は侘充と、もう一人の友人朽木柊真と三人で、教室の端で机を寄せて弁当を広げた。
「ねえレイジ、来栖さんと知り合いって本当?」
と柊真がメロンパンをかじりながら俺に問う。
「ああ、親戚」
「羨ましいな! 紹介しろよ」と西園が笑う。
「下心溢れ出してんじゃねえか……」
知り合いと言っても二日前、突然空から落ちて来たあいつと一緒に、〝奈落の王〟を倒しただけの関係だ。……「だけ」の使い方が変な気もするが。
だからもう用無しのはずのルアが転校してきたからって、俺が面倒を見てやる義理は無いんだ。
「……あ」
(そういえば)
俺はルアの方へ目を向けてみる。
そういえばあいつ弁当持ってなかったけど。どうするつもりだ? 異次元生命体はごはん食べなくてもいいのか? と思って見ていると。
「あ、来栖さんお弁当ないの?」
「えぇ、うん……」
「じゃあわたしの分けてあげる!」
「私も!」「わたしも!」
「えっ、いいの?」
おう、出たよ女子たちの謎の団結力。そんな小さな弁当箱の中から元気玉よろしくおかず集めたって、たかが知れてるだろうに。
程なくして女子Dのお弁当箱のふたの上に、ルア用の小さいお弁当がジェネレートされた。
「あ、ありがとう」
「あっ、お箸ない!」
「私割り箸あるよ。はいっ」
「真希菜ちゃん、お箸使えるの?」
「うん。たぶん……」
ルアが見よう見まねで箸を持つ。……とうてい使いこなしているとは言えない持ち方だ。でも。
「すごーい!」
「お箸使えてるじゃん!」
「本当に初めてなの?」
「ええ。でも日本人はこういう食器を使うっていうのは知ってたから」
ルアがなんか嬉しそうに照れてる。どう見たって初めてじゃん……。
「どうしたの? 卵焼き、嫌い?」
ルアがしばらく箸で突き刺していた卵焼きをまじまじと見つめていたので、女子Dが聞いた。
「いえ、でも私……食べた事が無くて」
「そっか!」
「えー! 真希菜ちゃん卵焼き初めてなんだ!」
「じゃあ言葉のやつが人生初卵焼き? すごーい!」
「わたしのはお砂糖多めなの。食べてみて!」
女子たちがワクワクしながらルアの初卵焼き捕食シーンを注目している。ルアは遂に卵焼きを口に運ぶと、ゆっくり一口かじってみた。すると、
「!」
ルアは何かとんでもない衝撃を味わったみたいに目を見開くと、一口で残りの卵焼きを口に入れた。とたんに目をぎゅっと瞑り顔を上げたかと思うと、ぐーにした手でお箸を握ったまま、感動に撃ち震えるようにぷるぷると震えていた。
「……おい、しい……っ」
どうしたの!? と見ていた女子達が慌て出す。まさかルアが、卵焼き食っただけでこんなに感動するとは思っていなかったらしい。
うん、俺もびっくりした。