異世界人のぼくから見たあるひとつの恋愛
突然だが、ぼくは今異世界にいる。
たぶん異世界だと思う。いつも通りの高校からの帰り道、ふとめまいに襲われて、気が付いたらRPGの世界みたいな中世ヨーロッパっぽい街並みのどまんなかで馬車にひかれそうになっていたので、おそらくこれは異世界トリップしたか何かなんだろうと結論付けたのだ。うん。そんな感じ。
それからのことは省くが、いろいろなんだかんだあった。なんだかんだあって、今現在進行形でぼくは勇者と一緒に、この世界を支配する魔王と対峙している。
「勇者ゼウファーデよ」
魔王は勇者の名を呼んだ。ぼくのことは呼んでくれなかった。まあゲームでも勇者の仲間の名前まで呼ばないもんな。仕方ないよな。
呼ばれた勇者―ゼウファーデは、いつも通りのケーハクな笑みをその端正な顔に浮かべた。本当にコイツはすごい。いつみてもチャラそうだ。そして実際チャラい。趣味はナンパ、特技もナンパ。ついでに言うと逆ナンもされてる。イケメンは全く得だ。
ぼくは半年間一緒に旅をつづけ、苦難を共に乗り越え、そして時にはイケメンの役得のおこぼれにあずかってきた、親友ともいえるコイツのことを、敬意をこめてチャラ勇者と呼んでいる。
さて、そんなケーハクチャラ勇者とぼくの目の前に立つ魔王。その後ろに、ぼくは小柄な人影を見つけた。たぶんゼウファーデも気づいていると思う。
それは、慎ましくというか、びくびくといった感じで立っている女の子だった。猫目で気の強そうな顔立ちだが、すっごくかわいい。ぼくと同じくらいの年齢だろうか。赤いミニのドレスに包まれた身体は、こういうとオッサンみたいだがグラマラスだ。ボンキュッボン。肉感的。どんな表現でもいいけど、たいそうセクシーでいらっしゃる。
彼女は大きな猫目でじっとこちらをにらむ。本当におびえながら威嚇する猫みたいだ。ぼくと目が合うと、女の子は「きゃうっ」と小さく鳴いて魔王の後ろに隠れた。
魔王はぼくらの視線に気づくと、「これは娘のアリアだ」と紹介してくれた。ご丁寧にありがとう魔王。
「勇者ゼウファーデよ」
魔王がもう一度名を呼ぶ。おなかにくるような重低音。
「なに?」
ゼウファーデが軽く答える。なんだその返事は。チャラいな。ぼくはそう思ったが、魔王はさして気にする様子もなく続けた。
「勇者ゼウファーデ。お前の噂は聞いている。少々女好きで軽薄だが、親切で明るく、働きものと評判がいいようだな」
魔王はそんなことを言った。
「そりゃどーも」
ゼウファーデは口角をあげて応じた。
なにこののんきな会話。そう思ったのはぼくだけじゃないらしい。魔王の後ろに隠れていた女の子も「え?」と大きな瞳を丸くして魔王を見ている。
魔王は言った。
「勇者よ。わたしはお前に倒されるわけにはいかない。わたしには妻も娘もいるのだ。この城のローンもあと10年残っているし」
ローン払いなんだ魔王の城。ぼくの呟きは小声すぎて見向きもされなかった。というか倒されたくない理由が結構現実的だな魔王。
ゼウファーデはニヒルに笑ったまま何も言わない。魔王はゼウファーデに優しく語りかけた。
「そこで提案だ、勇者よ。わたしが支配するこの世界。この世界の半分をお前にやろう。その代わりわたしを倒すのはやめてほしい。どうだ、いい提案ではないか?」
もし わたし の みかた になれば せかい の はんぶん を おまえ に やろう
あれ、どっかで聞いたことのある台詞だ。たぶん「はい」って言っちゃいけない系の。まさかこんな甘言にはチャラ勇者ものらないだろう。
何かを考えるように黙り込むゼウファーデに、魔王はそうだ、と後ろに隠れていた女の子をひょい、と差し出した。
「うちの娘と結婚して、婿になるというのはどうだ?そして二人で世界を治めようではないか」
魔王の言葉に、ぎょっとした表情で振り向く女の子。ぼくは「人身御供」という言葉を思い出した。人生の中でこの言葉を使う日がまさか来ようとは、思いもしなかった。
さて、勇者ゼウファーデは魔王の提案に、笑顔を返した。そうして出した答えは、
「おっけー☆」
その瞬間、ぼくらは城を揺るがすような絶叫を聞いた。
***
壮絶なる親子喧嘩の顛末について説明するのはやめておこうと思うが、あの後は様々てんやわんやがあった。てんやわんやがあって、今ぼくは結局チャラ勇者ゼウファーデと、その新妻アリアちゃんと一緒に旅をしている。目的はこの国の視察だ。世界を共同統治することになったらしいチャラ勇者の初仕事である。
新婚カップルと一緒に旅とかなにその拷問、とぼくはものすごく拒絶したのだが、異世界人であるぼくは定住できるような場所もなし、ゼウファーデは「いいじゃん、今まで通り一緒に行こうぜ」とカラオケでも誘うくらいのノリで許可してくれた。
何よりゼウファーデとの2人旅を、新婚カップルの片割れアリアちゃんが「バカじゃないのなんで初対面の男と勝手に結婚させられた挙句旅とかしなきゃなんないのよ意味わかんない死ね!」とものすごい勢いで拒否したので、こういう形におさまった。
それでも、3人旅をはじめて数カ月もたつと、気性の激しい猫のようだったアリアちゃんもそこそこにぼくたちに慣れてきてくれた。中でも「アリアちゃんデート行こうぜ!」などとケーハクに誘いをかけるゼウファーデに対して「消えろ」と言う回数が1日19回から1日4回まで減ったのは相当な進歩だと思う。
「ていうかデートとかアホなこと言ってないで働きなさいよ!アンタの目的はこの国の視察でしょ!パパが一生懸命治めてる国を一緒に統治することになったんだから、真剣にやらないと許さないんだから!」
アリアちゃんは真面目だ。毛を逆立てた猫のように、みーみーとゼウファーデに怒る。チャラ勇者ゼウファーデは「へいへい」とのらりくらりと軽く返事をする。それにまたアリアちゃんが怒る。
「アンタ、ちゃんと聞いてるの!?」
「聞いてる聞いてる。アリアちゃん、怒ってもかわいいよ」
「聞いてないじゃないのよ!」
「聞いてるってば。一緒に統治することを認めてくれるってことはつまりオレがアリアちゃんの夫だって認めてくれたってことでしょ?」
「違うわ!ほんっとバカじゃないの!?」
バカじゃないの、はもはやアリアちゃんの口癖と化している。たぶんゼウファーデはそれを楽しんでいる。ぼくはそんな2人を見るのを楽しむ。
「いーい?アンタがあたしの夫だなんてこれっっっっっぽっちも認めてはいないけど、パパに任された仕事だけはきちんとこなしなさいよ!」
「はいはい」
「アンタ返事が軽いのよ!あーもうムカつくわね!ていうかほんと、アンタいったい何が目的なのよ!?勇者として魔王の城に来たくせに、魔王は倒さず、あまつさえ魔王の娘と結婚して世界を一緒に治めるなんて、意味わかんないのよ!」
「んー、アリアちゃんが可愛かったからさ」
「アンタほんと一回消えなさいよ……!」
新婚の2人(こういう呼び方をするとアリアちゃんはものすごく怒る)と一緒に旅するのは面白かった。
***
あるとき、ふと気づいたことがある。ゼウファーデが訪れた町々でそのへんの女の子にチャラチャラと声をかけているとき、アリアちゃんがほんのちょっと、本当にちょっとだけ不機嫌そうに眉をしかめた後、ほんのわずかに落ち込んだようにため息をついたのだ。「ばか」と小さく呟いたのも、隣にいたぼくにはばっちり聞こえていた。
それをアリアちゃんに指摘すると、顔を真っ赤にさせて「ばかばかばかそんなことあるかバカじゃないの!」とぼくをがすがす殴った後、小さく「だって」と言い訳を始めた。
「だって、なんか、もやもやするんだもの。あたしに可愛いとか夫だからとか言ってくるくせに、好きだとは言ったことないし、相変わらずナンパばっかりしてるし、なんか、むかつくんだもの」
ふむ。それはつまりアレだねアリアちゃん。ゼウファーデに落ちちゃったんだね。
怒られるのを覚悟でにやにや言ってみると、アリアちゃんはこれ以上ないほどに顔を真っ赤にさせてうつむいた。
「あいつ、あれでいて結構真面目に仕事してるのよ。ナンパもするけど、ちゃんと町のこと聞いて、勉強もしてるし、女の子っていうか、老若男女人間動物いとわず優しいし、勇者だけあって強いし、顔も、まあそこそこ許せるし」
あれだけぼろくそ言ってたのに、今ではゼウファーデのこと大好きじゃないかアリアちゃん。しかしながらそう突っ込むのも野暮に思われるほど、小さくぽつぽつ話すアリアちゃんはものすごくかわいかった。
なので、ぼくはアリアちゃんに協力することにした。まずは相も変わらず趣味はナンパ、特技もナンパのこの男をなんとかせねば。そう思い、さすがに結婚してまでナンパはやめた方がいいのではないか、とゼウファーデに助言してみる。これだったら、アリアちゃんの気持ちを話しているわけではないし、常識人なぼくの良心からのアドバイスに聞こえるはずだ。
ゼウファーデは苦笑いした。
「何言ってんの、お前。オレがナンパした子、全部お前が持ち帰ってるくせに」
うん、この作戦はやめだやめ。ぼくのイメージダウンだ。
そもそも、なんでコイツはアリアちゃんと結婚したのだろう。ふと疑問に思って尋ねてみると、ぼくは驚愕の答えをチャラ勇者から得た。
「いや、つか、そもそも魔王の城に行ったのって、アリアちゃんにプロポーズするためだったし」
え?
「あれ、言ってなかったっけ?あー、お前と会う前に会ったパーティでアリアちゃんに一目ぼれしちゃって。あーもーとりあえず結婚してえな、と思ったから、勇者だったしちょうどいいわ魔王の城行くかって感じで」
ちなみにその出発直後にぼくはゼウファーデに出会っている。道端で途方に暮れていたぼくを宿屋まで連れ帰ってくれたあと、「魔王のとこ行く途中だけど、一緒に行かねえ?」とヤツが誘ってくれたので、とりあえずぼくはうなずいたのだ。
だから、ぼくはなぜこいつ魔王の城に行くのかというような目的は知らなかった。というか、気にしたこともなかった。ふーん、そうだったのか。
あれ、ということはつまりこいつら両想い?ふと気づいて、ぼくはとりあえずチャラ勇者にアリアちゃんにきちんとその話をしたあと、好きだと伝えるようにアドバイスをした。
「サンキュ」
ゼウファーデは綺麗な笑みを浮かべた後、部屋を去るぼくにある一軒の家を教えてくれた。……うん、まあ、コイツのナンパはとっても有益ってことで、アリアちゃんには納得してもらう方向でぼくも協力してやろうじゃないか。
***
翌朝、ぼくが宿屋に戻ると、いつも通りの新婚2人がいた。ゼウファーデがアリアちゃんにべたべたし、アリアちゃんはそれにバカじゃないの離れろ、と怒る。
が、ぼくにはわかった。アリアちゃん、心なしか嬉しそうだ。それに、この前より口調に愛があふれている。うんうん、青春だ。いいね。ぼくもそろそろステディが欲しいところだ。
これからも3人旅は続く予定だ。なんだかんだでゼウファーデとアリアちゃんと一緒に旅するのは楽しいし、キューピッド役をつとめたぼくのことを、2人もなんだかんだで好いていてくれているらしい。
ぼくに恋人ができるのはいつなのか、とか、ていうかぼくいつまでこの世界にいるんだろう、とか、まあそういうのもあるけれど、とりあえずは、異世界人のぼくから見たあるひとつの恋愛は、以上のような感じだ。了
連載しようと思っていたものを、余計な部分をばっさり切って短編にしてみました。
連載の息抜きに。失礼いたしました。