4 ヒースヒルへの道
「とても良い人ばかりですのね」
小さい家とはいえ、近所の人達の協力が無ければ夏中かかっていただろうと、ローラもウィリーも感激した。
「この雛は引っ越し祝いだよ」
アメリアはバスケットの中にピヨピヨと鳴く雛を20羽持って来てくれた。
他の主婦達も、一通りの家財道具は買って来ているようだが、足りない物や、あると便利な道具をプレゼントしてくれた。
ローラは何か感謝を示したいと思って、アメリアに相談する。
「まだ、新婚でこれから畑も耕さなきゃいけないんだから気にしなくて良いよ」
そうは言われても、ローラは手伝った人達に食事でもして貰いたいとアメリアに言った。
「そこまで言うなら、簡単なバーベキューパーティーでもしたらどうだい。
それなら、肉と野菜を焼くだけだから準備も簡単だよ」
アメリアはローラが主婦として未熟なのを見抜いていたので、バーベキューなら各家が材料を持ち寄って楽しめると提案する。
「バーベキューかぁ。
肉を手に入れなくちゃなぁ」
ウィリーはシルバーを連れて森に狩りに行った。
「大きな猪だねぇ」
狩りから帰ったウィリーを見て、アメリアは驚いた。
アメリアは世慣れていないローラを心配して、あれこれと世話を焼いていたのだ。
「上手い具合に雄の猪が通りかかったので。
捌きますから、少し持って帰って下さい」
ウィリーはテキパキと大きな猪を捌き、アメリアに肉の塊を油紙に包んで渡した。
アメリアは足元でバキバキと骨を噛んでいる狼を恐れながら包みを貰った。
「恐れないで下さい。
シルバーは良く慣れた犬ですから」
ウィリーは犬だと言い張っているが、どう見ても狼だったし、狼としても巨大だった。
『誰が犬だって?』
金色の目をギロリと上に向けて、何か文句をつけている様なシルバーをアメリアは少し怖く思ったが、よく躾てあるのは見て取れた。
「まぁ、ここは他の家から離れているし、森に近いから番犬は必要だね」
「ええ、農家に番犬は必要ですからね。
それにシルバーは猟犬としても優秀なのです」
アメリアは確かに猟犬として優秀なのだろうと、肉の包みを持って家路についた。
「あら、アメリアさんは帰ったのね。
今日はバターを作る道具を持って来て下さったのよ。
今夜は焼きたてパンに作りたてのバターを付けて食べれるわ」
ウィリーは自分が海に出ている間に、パメラから家事をローラが習ってくれていたのを感謝した。
「こんなに美人で料理の上手な奥さんなんて、何処にもいないよ」
新婚の二人はすぐにラブラブになるのだが、農家の仕事は山ほどある。
「ああ、馬に餌をやらなきゃ」
「そうだわ、シチューをかけたままだった」
ローラは今まではパメラの手伝いとして家事を習っていたが、農家の主婦として一家を切り盛りするのは未だ新米で失敗も多かった。
「明日のバーベキューパーティーは成功させたいわ。
こんなに暖かく迎え入れて下さったヒースヒルの人達に楽しんで頂きたいの」
アメリアに明日だすパイやパンを焼くのを手伝って貰ったし、明日の朝には菜園のレタスやトマトを採ってサラダを作ればいいだけになっていた。
ローラは緑の魔力持ちなので、菜園にはレタスもトマトも見事に育っている。
「こんな暮らししかさせてあげれないけど、後悔していないかい」
ウィリーはローラの荒れた手を握って、贅沢な公爵家の姫君だったのにと自分の不甲斐なさに落胆する。
「まぁ、ウィリー、私はとっても幸せよ。
これ以上望むものは……」
ポッとローラは頬を染める。
「えっ、何か欲しい物があるの?」
我が儘を言わないローラが欲しいと望む物なら、叶えてやりたいとウィリーは尋ねた。
「ええ、あと一つ欲しい物があります。
赤ちゃんが欲しいの」
新妻の恥ずかしそうに言う様子に、ウィリーは竜を捨てて来た事も何もかも忘れてしまった。
「そうだね、あと一つ完璧な幸せには、足りない物があるね」
ウィリーはローラを抱き上げて、小さな質素なベッドに運んだ。
こうして、ウィリーとローラは新婚カップルとして、ヒースヒルに馴染んでいった。
しかし、二人の期待の赤ちゃんはなかなか訪れなかった。
「竜騎士や魔力持ちは、普通の人より長生きな分、子供が出来にくいと聞いたよ」
くよくよするローラを慰めたが、ヒースヒルに落ち着いて2年目に妊娠した時は、二人は抱き合って喜んだ。
「重い物を持ってはいけないよ」
鍋すら持たさないようにするウィリーをアメリアは笑った。
「軽い家事ならした方が良いんだよ。
あまり動かないと難産になるよ」
ウィリーは難産と聞いただけで、心配してフォン・フォレストの魔女と呼ばれている母親に来て貰おうかと思った。
「大丈夫よ」
ローラは心配するウィリーを笑う。
雪に閉じ込められた冬の間、ローラは生まれてくる赤ちゃんの為にウェディングドレスをほどいて産着を縫った。
「君のウェディングドレスなのに……」
ウェディングドレス姿のローラは綺麗だったのにとウィリーは残念に思ったが、田舎のヒースヒルでは良い生地は手に入らない。
「赤ちゃんには出来る限りのことをしてあげたいの」
自分達は望んで田舎でのスローライフを選んだが、赤ちゃんに農家の暮らししか与えられないのを二人は重く考える。
「お金や贅沢はさせてあげれないけど、愛情はたっぷり注いであげよう」
ウィリーとローラは産まれてくる赤ちゃんの名前を沢山考えた。
3月の初め、まだ雪が積もっている時にローラは産気づいた。
「ウィリー、産婆さんを呼んできて」
ウィリーはローラ一人に出来ないし、産婆さんも呼びに行かなくてはいけないと慌ててしまう。
ともかく馬に乗って隣家のアマリアに知らせて来て貰ってから、産婆を迎えに雪道を走った。
「ローラ、産婆さんを連れてきたよ」
帰り道もスピードを出したので、産婆はグッタリとしていたが、産婦を見るとシャンとして、テキパキと指示を出し始める。
「ああ、手を洗うお湯を沸かしておくれ。
それと、清潔な布。
赤ちゃんを洗うお湯もいるよ」
ウィリーは手伝いに来てくれたアマリアに助けて貰って、どうにか産婆のいう物を用意した。
時々、苦しそうなローラの声が聞こえると、居ても立ってもいられない様子のウィリーに、アマリアは牛の乳を搾ったのかとか、鶏に餌をやれと用事を言いつけた。
「大丈夫なんでしょうか」
夜まで庭で薪割りをさせていたが、流石に真っ暗になったので家に入れたが、初めてのお産に狼狽えている。
「パパになるんだよ。
もっと、ドッシリ構えておかなきゃいけないよ。
ほら、夕食を食べなさい」
ローラが苦しんでるのに、夕食なんて口に出来ないとウィリーは断ったが、これから妻子を養わなきゃいけないのにと喝をいれられた。
夕食を食べたものの、料理上手のアマリアのシチューの味も解らなかった。
「もう、一日中苦しんでいる」
アマリアもローラの華奢な身体を思い出して、難産になるかもと心配する。
「何か食べる物は無いかい」
産婆にシチューをよそいながら、アマリアはいつ産まれそうかと質問する。
「初産だから、朝方になるね。
奥さんは頑張っているよ」
手早くシチューを食べると産婆は寝室へと帰っていった。
「朝方……まだ、夕方なのに……」
ウィリーは心配で気が狂いそうだった。
「大丈夫だよ、あの産婆さんは、ヒースヒルの殆どの赤ちゃんを取り上げているからね。
朝方に産まれるよ」
アマリアに宥められて、ウィリーは椅子に座る。
「オギャア……オンギャア」
産婆の言うとおり、初春の明け方、待ちに待った赤ちゃんが元気な産声を上げた。
ウィリーはやっと許可を貰って寝室に入る。
愛しい妻のローラが、産まれたばかりの赤ちゃんを誇らしげに抱いていた。
「ローラ、女の子だったんだね。
よく頑張ったね」
ローラはウィリーが愛しそうに赤ちゃんを眺めるのを見て、心の奥底から幸せだと感じた。
「抱いてみる?」
ウィリーは小さな赤ちゃんを抱っこするのは怖かった。
ベッドに腰掛けると、赤ちゃんの紅葉の様なちっちゃな手の指に、小さな爪が付いているのに感激する。
「わぁ~こんなに小ちゃいのに、爪もちゃんと付いているんだねぇ」
ローラはウィリーのはしゃぎ振りを愛しそうに眺めていたが、重要な問題を思い出す。
「ウィリー、名前は何にする?」
冬中、あらゆる名前を考えてきた二人だったが、昔ながらの方法を選んだ。
ウィリーは恐る恐る赤ちゃんを受け取ると、ジッと顔を見つめる。
「ユーリ、ユーリでいいかい?」
ローラは赤ちゃんを受け取って笑った。
「あなたの名前はユーリでちゅよ」
この小さな家で産まれたユーリは、成長して絆の竜騎士になり、グレゴリウス皇太子と結婚することになるとは、ウィリーもローラも考えもしなかった。




