3 ヒースヒルの小さな家
「今年の冬至祭には帰って来れないと書いてあるわ……」
ウィリーからの手紙を喜んで受け取ったローラは、中身を読んでガッカリする。
パメラと二度目の冬支度をしたローラは、手を綺麗に洗うとウェディングドレスを縫いだす。
「いつ、このドレスを着れるのかしら……」
公爵家の恵まれた暮らしを捨てた事は後悔しないが、ウィリーと離れた生活は駆け落ちする時に考えてもなかった。
しかし、それも全て自分の実家からの追っ手のせいだと解っているので、文句の言いようが無かった。
でも、駆け落ちしたのに、結婚もできないのは悲しい。
「ウィリー……」
昨年の冬至祭に帰ってきたウィリーに、お淑やかなローラとしては精一杯の積極性で同じベッドで眠りたいと訴えたが、結婚式を挙げるまではと拒否されてしまった。
もしかして、ウィリーは竜騎士になることを諦めたのを後悔しているのでは、考え事をしながらウェディングドレスを縫っていたローラは指を針で刺してしまった。
「あっ! しまったわ……どうしましょう」
真っ白なウェディングドレスに真っ赤な血が一滴ついてしまった。
「まぁ、大変だわ」
パメラはウェディングドレスをローラから受け取って、血がついた場所を調べた。
二人は顔を見合わせる。
丁度、胴部の襞飾りの下の部分に血が落ちてしまっていた。
「これでは着れないわ……
せっかくウィリーが買って来てくれた布を台無しにしてしまったわ」
ローラはウィリーが駆け落ちを後悔しているのではと、考えながら針仕事をしていたから罰が当たったのだと涙ぐんだ。
「ああ、そんなに悲しまないで。
この部分はやり直さなくてはいけませんけど、布は余分がありますから大丈夫ですよ」
パメラに励まされて、胴部を改めて縫い直す。
「今度は失敗できないわ。
ウィリーが帰って来るまでにウェディングドレスを仕上げておきたいの」
今の自分にはウィリーを信じて待つしか無いのだと腹を括る。
長い冬が過ぎて春めいた頃、ウィリーが海賊討伐船を降りて帰ってきた。
「ローラ、やっと家と家畜を買えるお金が貯まったんだ。
秋には結婚できるよ」
ウィリーに抱きしめられて結婚できると聞いて嬉しく思ったが、ローラは秋まで待つつもりは無かった。
「秋まで待てませんわ。
今すぐ結婚して下さい」
「未だ、家も建てて無いんだよ。
今年は家を建てながら、畑も開墾しなくちゃいけないんだ。
秋になれば家もあるし、少しだけど小麦の収穫も……」
ウィリーの説得は、ローラの口づけで塞がれてしまった。
「絶対に離れません」
お淑やかなローラだけど、駆け落ちして3年もほったらかしにされるのは我慢の限界を越えていた。
春のまだ浅い時期に、ウィリーとローラは小さな町の集会所で質素な結婚式を挙げた。
「今日から、君はローラ・キャシディだよ」
「キャシディ?」
ローラはどこかで聞いた名前だと首を傾げる。
「お祖母様の実家のフォン・キャシディ家の名前を借りるよ。
ハインリッヒ卿も、ジークフリートも気にしないだろうからね」
ローラは華やかな雰囲気の予科生のジークフリートを思い出した。
「あの方達なら気にされないでしょう」
二人はヒースヒルに行く途中で、フォン・フォレスト近くを通った。
「館に寄らなくて良いのですか?」
自分には跡取りの弟がいるが、一人息子のウィリーがいなくなったら母上はお困りなのではとローラは心配した。
「寄らない」
ローラはフォン・フォレストの魔女と呼ばれている母上のことを知らないのだと、ウィリーは言葉少なく否定する。
「だけど、農家には良い番犬が必要だよなぁ……
領地に入るのは危険だけど、呼び寄せれるかな」
ウィリーはシルバーを呼び出した。
『久しぶりだな』
ユングフラウの暮らしを嫌い、フォン・フォレストで暮らしていた狼のシルバーは、夏休みや冬休みにも帰って来ないのを不思議に思っていた。
『色々、あってね。
シルバー、こちらが私の奥さんのローラだよ。
北のはずれのヒースヒルで農業をして暮らすんだ。
一緒に来てくれないか?』
シルバーはローラをクンクンと嗅いでニヤリと笑った。
『お姫様を拐かしたのか。
竜騎士を諦めて、農業ねぇ。
まぁ、それも面白い。
一緒に行くよ』
二人と一匹はヒースヒルに春の盛りに着いた。
途中の町で買った荷馬車に家財道具を乗せて、ヒースヒルにたどり着いた一行は、家を建てる場所を決める。
「綺麗な所ね」
ローラは慣れない荷馬車の旅が終わったのにホッとする。
「ここに家を建てよう。
少し窪地になっているし、あの木が冷たい北風から守ってくれるだろう」
ウィリーは畑の開墾と同時に家を建てなくてはいけないと、溜め息をついた。
しかし、若い夫婦には思いがけない幸運が舞い込んだ。
「荷馬車が見えたもんでね。
私らは隣のマシューとアマリアってんだ。
此処に住むんだね」
馬車で近所に住む農家の人達が集まって来てくれた。
新婚の二人を見かねて、家を建てるのも、開墾に必要な畑の鋤込みも、近所の人達が協力してくれた。
出来上がった家は小さくて、フォン・フォレストの館のウィリーの部屋にすっぽり入るぐらいだったが、新しい木の香りと幸せに満ちていた。




