表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒースヒルへの道  作者: 梨香
第二章  若い夫婦
7/9

3  ヒースヒルの小さな家

「今年の冬至祭には帰って来れないと書いてあるわ……」


 ウィリーからの手紙を喜んで受け取ったローラは、中身を読んでガッカリする。


 パメラと二度目の冬支度をしたローラは、手を綺麗に洗うとウェディングドレスを縫いだす。


「いつ、このドレスを着れるのかしら……」


 公爵家の恵まれた暮らしを捨てた事は後悔しないが、ウィリーと離れた生活は駆け落ちする時に考えてもなかった。


 しかし、それも全て自分の実家からの追っ手のせいだと解っているので、文句の言いようが無かった。


 でも、駆け落ちしたのに、結婚もできないのは悲しい。


「ウィリー……」


 昨年の冬至祭に帰ってきたウィリーに、お淑やかなローラとしては精一杯の積極性で同じベッドで眠りたいと訴えたが、結婚式を挙げるまではと拒否されてしまった。


 もしかして、ウィリーは竜騎士になることを諦めたのを後悔しているのでは、考え事をしながらウェディングドレスを縫っていたローラは指を針で刺してしまった。


「あっ! しまったわ……どうしましょう」


 真っ白なウェディングドレスに真っ赤な血が一滴ついてしまった。


「まぁ、大変だわ」


 パメラはウェディングドレスをローラから受け取って、血がついた場所を調べた。


 二人は顔を見合わせる。


 丁度、胴部の襞飾りの下の部分に血が落ちてしまっていた。


「これでは着れないわ……

 せっかくウィリーが買って来てくれた布を台無しにしてしまったわ」


 ローラはウィリーが駆け落ちを後悔しているのではと、考えながら針仕事をしていたから罰が当たったのだと涙ぐんだ。


「ああ、そんなに悲しまないで。

 この部分はやり直さなくてはいけませんけど、布は余分がありますから大丈夫ですよ」


 パメラに励まされて、胴部を改めて縫い直す。


「今度は失敗できないわ。

 ウィリーが帰って来るまでにウェディングドレスを仕上げておきたいの」


 今の自分にはウィリーを信じて待つしか無いのだと腹を括る。




 長い冬が過ぎて春めいた頃、ウィリーが海賊討伐船を降りて帰ってきた。


「ローラ、やっと家と家畜を買えるお金が貯まったんだ。

 秋には結婚できるよ」


 ウィリーに抱きしめられて結婚できると聞いて嬉しく思ったが、ローラは秋まで待つつもりは無かった。


「秋まで待てませんわ。

 今すぐ結婚して下さい」


「未だ、家も建てて無いんだよ。

 今年は家を建てながら、畑も開墾しなくちゃいけないんだ。

 秋になれば家もあるし、少しだけど小麦の収穫も……」


 ウィリーの説得は、ローラの口づけで塞がれてしまった。


「絶対に離れません」


 お淑やかなローラだけど、駆け落ちして3年もほったらかしにされるのは我慢の限界を越えていた。


 春のまだ浅い時期に、ウィリーとローラは小さな町の集会所で質素な結婚式を挙げた。


「今日から、君はローラ・キャシディだよ」


「キャシディ?」


 ローラはどこかで聞いた名前だと首を傾げる。


「お祖母様の実家のフォン・キャシディ家の名前を借りるよ。

 ハインリッヒ卿も、ジークフリートも気にしないだろうからね」


 ローラは華やかな雰囲気の予科生のジークフリートを思い出した。


「あの方達なら気にされないでしょう」


 二人はヒースヒルに行く途中で、フォン・フォレスト近くを通った。


「館に寄らなくて良いのですか?」


 自分には跡取りの弟がいるが、一人息子のウィリーがいなくなったら母上はお困りなのではとローラは心配した。


「寄らない」


 ローラはフォン・フォレストの魔女と呼ばれている母上のことを知らないのだと、ウィリーは言葉少なく否定する。


「だけど、農家には良い番犬が必要だよなぁ……

 領地に入るのは危険だけど、呼び寄せれるかな」


 ウィリーはシルバーを呼び出した。


『久しぶりだな』


 ユングフラウの暮らしを嫌い、フォン・フォレストで暮らしていた狼のシルバーは、夏休みや冬休みにも帰って来ないのを不思議に思っていた。


『色々、あってね。

 シルバー、こちらが私の奥さんのローラだよ。

 北のはずれのヒースヒルで農業をして暮らすんだ。

 一緒に来てくれないか?』


 シルバーはローラをクンクンと嗅いでニヤリと笑った。


『お姫様を拐かしたのか。

 竜騎士を諦めて、農業ねぇ。

 まぁ、それも面白い。

 一緒に行くよ』


 二人と一匹はヒースヒルに春の盛りに着いた。


 途中の町で買った荷馬車に家財道具を乗せて、ヒースヒルにたどり着いた一行は、家を建てる場所を決める。


「綺麗な所ね」


 ローラは慣れない荷馬車の旅が終わったのにホッとする。


「ここに家を建てよう。

 少し窪地になっているし、あの木が冷たい北風から守ってくれるだろう」


 ウィリーは畑の開墾と同時に家を建てなくてはいけないと、溜め息をついた。



 しかし、若い夫婦には思いがけない幸運が舞い込んだ。


「荷馬車が見えたもんでね。

 私らは隣のマシューとアマリアってんだ。

 此処に住むんだね」


 馬車で近所に住む農家の人達が集まって来てくれた。


 新婚の二人を見かねて、家を建てるのも、開墾に必要な畑の鋤込みも、近所の人達が協力してくれた。


 出来上がった家は小さくて、フォン・フォレストの館のウィリーの部屋にすっぽり入るぐらいだったが、新しい木の香りと幸せに満ちていた。 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ