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ヒースヒルへの道  作者: 梨香
第二章  若い夫婦
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1  花嫁になりたい

 マウリッツ公爵家の追っ手から逃れながらの生活は、ウィリーとローラに厳しい選択をさせた。


「小さくても落ち着いて暮らせる家を手に入れるまで、此処にいて欲しい」


 フォン・フォレストから遠く離れた場所に嫁いだ子守のヤン夫人にローラを預けると、ウィリーはお金を貯めて帰って来ると去っていった。


 駆け落ちしたのに、見知らぬ夫人の家に置き去りにされたローラだったが、ウィリーを信じていたので不安にはならない。


 小さな農家の未亡人であるヤン夫人は、昔にお世話した坊ちゃまの駆け落ち相手のお姫様に、どう接したらよいのか戸惑った。


「ヤン夫人、私に家事を教えて下さい。

 ウィリーが帰って来るまでに、奥さんとして家事が出来る様になっておきたいのです」


 ヤン夫人はユングフラウの噂を耳にしていたので、公爵家の姫君が家事などする境遇に身を落とすのを気の毒に感じたが、ローラの決心が固いのを知って協力することにした。


「ヤン夫人なんて、ここいらじゃ言いませんよ。

 パメラと呼んで下さい。

 私もローラと呼ばせて貰いますよ」


 田舎とはいえ、人目もあるのでパメラは遠縁の娘が許嫁と結婚するまで預かったとつくろった。


 茹で卵までしか習って無かったローラは、基礎の基礎から料理を叩きこまれた。


 パメラは畑は亭主が死んでから人に貸していたが、菜園と果樹園は自分で管理していたので、ローラにも手入れの仕方や、保存の仕方を教えていった。


「今年は人参も蕪も豊作だね。

 リンゴも鈴なりだし、これからは忙しいよ」


 ローラは菜園で人参を引っこ抜くのも初体験だったが、泥まみれの人参を水でゴシゴシ洗うのも初めてだった。


「ああ、そんなに服まで濡らして。

 風邪をひいたら大変だよ。

 サッサと着替えてきなさい」


 パメラは10才の子供より大変だと溜め息をつく。


 ローラが着替えて来ると、山程の人参がザッと土を落とされていた。


「こうして、葉っぱを組んでいくんだよ。

 そうしたら、柱に吊しておけるからね。

 農家の冬支度は忙しいんだよ」


 パメラが人参の葉っぱを編んでいくのを、見様見真似でローラも手伝う。


「明日は人参と蕪のピクルスをつくりますよ」


「はい、ウィリーはピクルス好きなのです。

 作り方を覚えたいですわ」


 ローラはウィリーと結婚して、小さな農家を切り盛りする為に必要な家事を覚えたいと思っていたので、冬に向けての保存食作りは楽しかった。


 ただ、パメラは何時もの年なら近所の農家の娘さんに手伝って貰ったりしている冬仕度が、時間が倍掛かるので少し疲れる。


「パメラ、あの綺麗な娘さんは誰だい」


 リンゴを籠に採っているローラを見て、どう見ても農家の娘には思えない優雅な姿に惚れる男の人達にも気を付けなくてはいけない。


「あの娘は駄目だよ。

 私の甥の許嫁なんだからね」


 ローラは『許嫁』という言葉にポッと頬を染めたが、『奥さん』と呼ばれたいと少し寂しく思う。




「ウィリーから手紙が来ないの。

 何かあったのでは無いかしら」


 昼間は家事を習うのに必死で、愛しいウィリーと離れているのも忘れているが、夜になって夕食の片付けを済ますと、ローラは無事なのだろうかと心配する。


「ウィリアム様、いえ、ウィリーは無事ですよ。

 10歳でフォン・フォレストからユングフラウまで一人で歩いて行ったと聞きましたからね。

 生活能力は子守をしていた時から感じてましたが、後から知り合いの女中に聞いて驚きましたよ」


 ローラはリューデンハイムに入学する為に家出した話などをパメラから聞いた。


「ウィリーのお母様はリューデンハイムに入学させたくなかったのですか?」


 フォン・フォレストの魔女という噂を知らないローラは、竜騎士になるのを反対する親が存在するのが信じられなかった。


「お館様は少し変わっていらっしゃいますから。

 でも、良い領主ですよ。

 今は遠くに離れて暮らしていますが、フォン・フォレストが懐かしくなる時があります。

 多分、ウィリアム様のお父上の件で、竜騎士になるのを反対されたのでしょう」


 ローラは竜騎士隊長のマキシウスとモガーナの国王陛下に許されなかった短い結婚について、初めて聞いた。


「それでフォン・アリストと名乗っておられないのね……」


 サザーランド公爵家のマリアンヌの従兄のウィリアムが、弟のリュミエールとの顔合わせの園遊会に付き添いとして来たのに一目惚れしたロザリモンドは、今までの疑問が解けていった。


「私達も駆け落ちで、伯父上の国王陛下に認められた結婚はできないけど、幸せになりたいわ」


 ウィリーと結婚したいとローラは熱望したが、もうすぐ冬至祭なのに手紙の一通も来なくて少し悲しくなる。


「ローラ、ただいま!」


 冬至祭の前日、突然ウィリーは帰ってきた。


 無精ひげをはやしたウィリーにローラは飛びつく。


「心配していましたのよ」


 ローラは無精ひげを生やしていようが、帰ってきてくれただけで嬉しく思ってウルウルしてしまう。


「手紙を何通か出したんだけど、着いて無かったのかな?

 心配かけたね」


 駆け落ちしたぐらいだからラブラブなのは解っていたが、汚い格好のウィリーに抱きつくのはいただけない。


 一時期とはいえ子守をしていたパメラは、無精ひげだけではなく汚い身なりに我慢が出来なかった。


「ウィリアム様、お風呂に入って下さいな。

 なんだか変な匂いがしますよ」


 ウィリーはハッと、ローラを自分から離して服をクンクンと嗅ぐ。


「船で働いていたから、風呂どころじゃなくて、ローラごめんね」


 自分も長旅で疲れているだろうに、腰軽くお湯を沸かしだした。


 ローラはお風呂の間も目を離したく無い気持ちだったが、サッパリしてパメラの亡き夫の少しツンツルテンの服に着替えたウィリーに、笑いながら寄り添う。


「離ればなれは嫌よ。

 でも、こうしていられたら髭も平気ですわ」


 無精ひげのままのウィリーに甘えるローラだったが、マウリッツ公爵家の追っ手から逃れるのに剃ることはできなかった。


「そうだ、ローラにお土産があるんだ」


 ウィリーは大きな鞄の中から紙に包んだ布地を渡した。


「まぁ、これは……」


 ローラは駆け落ちだから結婚式など諦めていたが、真っ白な絹とレースを見ると涙が込み上げてきた。


「ごめんよ、これくらいしか買えなかったんだ」


 マウリッツ公爵家の姫君なら最高級品の絹やレースを使ったウェディングドレス作って貰えるのにと、ウィリーは泣き出したローラにオロオロする。


「とても素敵だわ」


 ローラが喜んでいるのが解ってウィリーはホッとした。


「それで、いつ結婚式なんですか?」


 二人でいちゃいちゃするのは良いけど、現実問題を忘れてはいけないとパメラは質問した。


「やっと小さな土地を買ったんだ。

 ローラ、あと二年、いや、一年半待ってくれないか」


 ローラは目の前が真暗になった。


「あと一年半………」


「北の開拓地のヒースヒルに小さな土地を買ったけど、小さな家を建てながら、畑を開墾したいんだ。

 冬場は雪で埋もれるから、この冬と来年の冬を海で働けば、農耕馬や牛とか買えるだろう」


「ヒースヒルで小さな農家の女将さんになるのね」


 パメラは地方とはいえ、領主の息子のウィリーが開墾なんてと心配したが、生活能力の高さを信じるしかない。


「ウェディングドレスを縫って待っていてくれないか」


 別れて暮らすのは辛いが、二人での暮らしの為なら我慢しようとローラは頷く。


「早く迎えに来て下さいね」


 たった一晩泊まっただけで、船に乗るからとウィリーは出て行ってしまった。


 ガックリするローラにパメラは今から縫わないと、ウェディングドレスは間に合わないと喝を入れる。


「まぁ、そうでしたわね。

 ウィリーが買ってくれた生地を無駄にはできませんもの。

 花嫁さんになりたいわ」


「いきなりウェディングドレスは無理だから、夏物の服から練習しようかね」


 パメラはチクチクとゆっくり針を動かすローラが、ウェディングドレスを縫いあげるのは大変だと溜め息をついた。

 

  

  






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