表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒースヒルへの道  作者: 梨香
第一章  駆け落ち生活
4/9

3  逃避行

 ローラは少しだけ料理が出来るようになった。


「初めて茹で卵がちゃんと出来たわ」


 ヘレナもホッと溜め息をつく。


 初心者にしても、茹で卵でこれほど難航するとは考えてもなかった。


 最初は大鍋に湯を沸かし、次は水が少なくて上は生の茹で卵をつくり、沸騰したお湯に入れてヒビが入ったり、茹で過ぎて黄身の周りが灰色に変色したりと、バラエティー豊かな失敗を繰り返した。


「今度は目玉焼きに挑戦したいわ」


 ヘレナとアーニャは潰れた目玉焼きを何個食べさせられるのだろうと溜め息をつく。


 メーリング郊外の下宿暮らしに慣れた頃、ローラの花嫁修行は突然打ち切られた。


「ローラ、直ぐに荷物を作るんだ。

 必要な物だけにしてくれ」


 突然、帰って来たウィリーはローラが木綿の服を着ているのにも気付かない程に慌てていた。


「どうかなさったの、そんなに慌てて」


 ローラは大きな鞄に服を丁寧に入れながら、ウィリーに質問する。


「どうも見つかったみたいなんだ。

 仕事しているのを見張られていた気がして、抜けて帰ったんだ。

 準備は出来たかい?」


 ローラは実家のマウリッツ公爵家の追っ手に見つかったのだと顔色を変えた。


「引き離されるのは嫌よ」


 駆け落ちしても、未だウィリーと結婚できていないので、ローラは焦った。

 

 ローラン王国のゲオルク皇太子の自分を値踏みする様な視線を思い出して、ゾッとする。


「君をあんな奴に渡したりしないよ」


「だったら、何故……」


 駆け落ちしたのに、何故、結婚しないのかと、ローラからは言い出せず俯く。


 ウィリーはローラを抱き締めて、言い聞かした。


「落ち着ける場所を見つけるまで、結婚は待ってくれないか。

 貧しくても自分達の場所で暮らしていきたいんだ」


 ローラはウィリーを信じて、何処までも付いていく覚悟を決める。




 慌ただしくウィリーとローラが旅立った後、物々しいマウリッツ公爵家の追っ手がヘレナの下宿に到着したが、一歩遅かった。


 下宿の女将のヘレナに丁寧な言葉ではあるが、少し高圧的に何処へ向かったのか尋ねたが、元より知らない事なので答えようもない。


「何かロザリモンド様から伝言があれば、マウリッツ公爵家にお知らせ下さい。

 ご両親が心配されていますので」


 追っ手の者達は、ヘレナに礼金などを仄めかしては逆効果だと察して、親の心情に訴えかけて、未だ遠くまで逃げていないだろうと追跡を続ける。


「女将さん、噂を聞いたよ。

 公爵家の姫君が見習い竜騎士と駆け落ちしたんだって。

 もしかしたら、ローラとウィリーは……」


 ヘレナはアーニャのいう通りだと思ったが、上の人達に関わってはロクな事にならないと諌める。


「馬鹿馬鹿しい。

 ウィリーはメーリングで荷運びの賃仕事をしていたんだよ。

 見習い竜騎士なら、もっとマシな仕事をするさ。

 あんたも馬鹿なことを言ってないで、部屋を片付けるんだよ。

 また、新しい下宿人を探さなきゃね」


 アーニャは女将さんに仕事をサボると賃金をやらないよと脅されて、部屋の掃除に行ったが、ローラは掃除はマスターしていたので、綺麗に片づいていた。

 

「あっ、忘れ物だ!」


 急いで荷造りしたせいで、綺麗なレースのリボンが洋服タンスの隅に落ちてい。


「これぐらい貰っても良いわよね。

 カチカチの茹で卵を何個も食べさせられたんだから」


 アーニャはリボンで髪を括った。


「女将さん、帰りますよ」


 サロンでうとうとしている女将さんに声をかけて、アーニャは漁村まで歩いて帰る。


 ふと、アーニャが顔をあげると、ここら辺では見かけない立派な紋章付きの馬車が、メーリングから猛スピードで田舎道を飛ばしてきた。


 アーニャは脇にどけて馬車が通るのを待ったが、馬車は急にブレーキをかけて止まった。


「そこの女の子、此方に来なさい」


 馬車の中から貴族が降りてきて、自分を呼んでいるのにアーニャは驚いて周りを見渡す。


「私ですか……」


 アーニャは周りに人気が無いので、怖くなって逃げ出そうかと思ったが、馬車には御者の他に護衛らしき男が2名付いていた。


「何も怖がる事はない。

 少し質問したいだけだ」


 物々しい雰囲気に怯えている娘を安心させようと、マウリッツ公爵はなるべく穏やかに話しかける。


 護衛はアーニャを公爵の前に連れてきた。


「そのリボンは何処で手に入れたのだ」


 アーニャは真っ青になって、リボンを髪から外すと公爵に差し出す。


「すみません。

 盗ったんじゃあ無いのです。

 下宿人が忘れていったので、貰っても良いかなと思ったんです。

 泥棒などするつもりは無かったのです。

 お許し下さい」


 公爵はアーニャからレースのリボンを受け取って、ロザリモンドが好きでよく髪を括っていた物だと気づいた。


「お前は下宿で働いているのか?

 このリボンの持ち主について、何か知っていることは無いのか?」


「このリボンはローラさんの物です。

 慌てて出て行ったので、忘れたのだと思います」


 女将さんが、姫君と見習い竜騎士との駆け落ちじゃあ無いと言っていたのは、面倒に巻き込まれるのが解っていたからだと、遅ればせながらアーニャは悟って、言葉少なく答える。


 しかし、公爵はロザリモンドが駆け落ちしてから、やっと見つけた手掛かりを簡単に逃すつもりは無かった。


 ウィリアムが次に何処に逃げるかを考えるにも、どの様な生活をしていたのか知らなくてはいけない。


 ロザリモンドが不自由な思いをしているだろうと、気が狂いそうだった。


「馬車に乗りなさい。

 これから下宿の女将に話を聞きに行くところだ。

 お前からも話を聞きたい」


 アーニャは生まれてから乗ったことの無い豪華な馬車の片隅に、チョコンと座って下宿へと戻った。


「女将さん、どうか娘の様子を教えて下さい」


 立派な服を着た貴族に頭を下げられて、ヘレナはおたおたする。


「どうぞ、頭をあげて下さい。

 ローラさんの父上ですか?」


 マウリッツ公爵はローラと名乗っているのかと情報を一つ手に入れた。


「お恥ずかしい事に娘が駆け落ちをして、夜も昼も心配で居ても立ってもいられないのです。

 此処でどのような暮らしをしていたのでしょう」


 ヘレナは親として心配していると訴える公爵に同情した。


「ローラさんは、とてもウィリーさんに大事にされていましたよ。

 毎日、お湯を部屋まで運んで貰って、お風呂に入っていたのです。

 ローラさんもウィリーさんに手料理を食べて貰いたいと練習中でしたよ。

 茹で卵はマスターしましたが、まだまだ手料理までは無理ですね」


「ロザリモンドが料理を……」


 マウリッツ公爵家で侍女達に何から何までして貰う生活を送っていたロザリモンドが、ウィリアムが運ぶお湯で身を清めたり、料理までしなくてはいけない苦労をしていると聞いて目眩がしてくる。


 ウィリアムの事など聞きたくも無いが、経済状況や、どの様な仕事をしていたのか追跡の為の情報が欲しくて、我慢して尋ねる。


「ウィリーさんは良い青年ですよ。

 ローラさんを大事にしていますし、メーリングで荷運びなどの仕事をして、チャンと養っていました」


 公爵は身分をはばかる身では、単純労働しか付けないだろうと、苦労しているロザリモンドの事を考えて暗澹たる気持ちになり、一刻も早く見つけて連れ帰ろうと決意した。

 

 公爵は遠慮する女将とアーニャに礼金を渡し、娘が親切にして頂いたお礼ですと強引に受け取らせた。


「これで万が一帰って来ても知らせてくれるだろう」


 金の為ではなく、心配している父親に同情して、女将が知らせてくれるのを期待した。


 マウリッツ公爵は下宿を後にした。




 一方のウィリーとローラは、しつこいマウリッツ公爵家の追っ手に悩まされ、次々と潜伏先を変えていった。


 ウィリーはこのままでは路銀が底を付くと困ったが、公爵家の手があちこちに掛かっていて真っ当な仕事には付けなかった。


 宿も転々とする生活ではローラを幸せに出来ないと、ウィリーは一大決心をする。


「ローラ、私の乳母の所へ行ってくれないか?

 小さな土地と家を買うお金を貯めて帰って来るから、待っていて欲しい」


 ローラはウィリーと離れるのは嫌だったが、夜中に出て行っては怪しげな仕事をしているのを見ていられないと思っていたので承諾した。


「ウィリーが迎えに来てくれるまで、家事を習っておくわ。

 きっと、びっくりさせてみせるわ……」


 お淑やかなローラは辛くても涙ぐむだけだったが、ウィリーはどれほど悲しんでいるのか理解していたので、健気に耐えてくれるのを感謝して抱き締めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ