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ヒースヒルへの道  作者: 梨香
第一章  駆け落ち生活
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2  ロザリモンドの花嫁修行

「痛い……」


 慣れない針仕事で、ローラは針で指を指してしまった。


「どれ、見せてごらん」


 ヘレナは指先にプクンと一粒の血を見て、今日はこれくらいにしようと、針仕事の道具を仕舞うようにローラに指示した。


「すみません、不器用で…」


 ローラはおっとりと指先の血をハンカチで拭くと、針仕事の道具を丁寧に片付けだした。


 ヘレナはローラに家事を教えだして、何度となくサッサとしなさい! と叱りそうになるのを我慢していた。


 多分、貴族のお姫様だっだローラは、何事もゆっくりとしていて、船乗りの妻だったヘレナにはイ~ッと思う事が度々あるのだった。


「あんたは不器用というより、もっとサッサと動くようにしなくてはね。

 そんなんでは朝御飯を作る前に、日が暮れちゃいますよ」


 ローラの今の目標は朝御飯を作って、ウィリーに食べて貰うことだ。


 しかし、ウィリーを驚かせたいと思っているローラには時間が足りない。


 いや、普通なら充分の時間があるのだが、ローラには足りなかったのだ。


「ローラ、行ってくるよ」


 ウィリーがローラにキスをして出掛けるのを見送ってから、二階の部屋で絹のドレスから木綿の服に着替えるのも、侍女の手伝い無しで脱いだドレスを畳んだりと、時間が掛かってしまう。


「服を着替えるのに、何時間掛かっているんだい?」


 皿の洗い方を教えようと、朝食の後片付けをしないで待っているアーニャは、卵の黄身が乾いて取れにくくなってしまうと苛々して待ったり、癇性のヘレナは汚い台所を見るに耐えなくて洗ったりしていた。


 針仕事も何時間かけて、それだけかいと呆れ返ったが、本人は根気よくチマチマと続ける。


「さぁ、お茶にしようね」


 下宿は基本は朝晩しか食事はでないのだが、ローラがウィリーが買ってきたパンと果物で昼食を食べていると知ったヘレナは、昼食とお茶を一緒に食べることにする。


 ウィリーはローラが下宿の女将と昼食を食べると聞いて、初めは少し心配したが、楽しい時間を過ごしているらしく、落ち着いてきているので安心した。


「ロザリモンド、この傷は何なんだ」


 ウィリーはローラの手を取って、指先の傷を目ざとく見つけて問い質した。


「何でもないわ。

 バラのトゲが刺さってしまったの。

 それより、ウィリー、ロザリモンドではなくローラでしょ」


 ローラは手作りの料理を食べて貰うまでは、花嫁修行は内緒にしておこうと思う。


 ウィリーは何か変だとは思ったが、自分も慣れない荷運びや、賃仕事に疲れていて、バラが好きなローラがトゲを刺したのだろうとスルーした。


 ローラは少しづつ掃除のやり方を覚えていった。


「違うよ、ほら、木の張り方の方向に掃かないと。

 ゴミや埃が木の隙間に入るだろ」


 ローラは屋敷の床は大理石の飾り床だったし、木の床の部屋も飾り床で隙間など見た事がなかった。


「ヘレナ、その通りですわね。

 気をつけますわ」


 ローラは料理を習いたがっているが、包丁や火を扱わすのは怖いとヘレナは思った。


「ローラは一度した失敗は二度としないから良いね」


 余りに成長が遅いのでがっかりしているローラをヘレナは慰めたが、下働きに来ているアーニャは7歳の妹より役にたたないと溜め息をついた。


 ローラに掃除の練習をさせる為に、残してある場所がなかなか綺麗にならないのが、ヘレナとアーニャには少しストレスになっていた。

 

 しかし、ローラは頑張って、掃除は凄く時間は掛かるが、どうにか出来るようになった。


「洗濯は手が荒れるから、旦那さんにバレてしまうね。

 針仕事は徐々にしか上達しないし、少しづつ料理を教えようかね」


 ローラは手を握って喜んだ。


「ウィリーに手料理を食べて貰うのが私の夢なのです」


 駆け落ちだろうが、初々しい願いを持つローラを、ヘレナは微笑ましく眺めた。


 次の日から昼食を作る手伝いをローラはしだしたが、ヘレナも、アーニャも、手を切らないかとヒヤヒヤした。


「ゆっくりで良いから、手を切らないようにしておくれよ」


 ヘレナはローラをお姫様の様に扱っており、怪我などさせたら大変だと心配したのだ。


「大丈夫です。

 ウィリーに気付かれない様に気をつけますわ」


 初心者なので時間が掛かるのは仕方ないとしても、じゃがいもが3分の2ぐらいになるのは勿体ないと思うのだった。


「朝食で一番簡単なのは、茹で卵、パン、紅茶、後はサラダぐらいかな。

 パンを焼くのは無理だけど、切ってオーブンで温めて、バターを付ける位は出来るだろう」


 そのパンを切るのもローラには大変で、ぐしゃぐしゃと潰れて上手く切れなかった。


「押し付けるんじゃあなくて、引くんだよ」


 同じパン、同じ包丁とは思えないほどヘレナが切ると、きれいに切れるのだった。


「慣れだよ。

 さぁ、茹で卵は失敗しないだろう」


 鍋に水を入れて茹でるだけだとヘレナに言われて、ローラは困った。


「あんた、なにしてるんだ。

 茹で卵を3個作るのに、スープ鍋でお湯を沸かさなくても……

 ああ、私が悪かったよ。

 何も知らないんだからね、ほら、この小鍋で充分なんだ」


 茹で卵一つも出来ない自分だから、奥さんとして扱ってくれないのだとローラは悲しくなってしまった。


「ごめんなさい、何も出来なくて。

 でも、ちゃんと出来る様になりますわ」


 ローラは諦める事を考えもしなかった。


 ヘレナは簡単に引き受けたのを少し後悔していた。


 

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