新学期の朝
二人の朝の風景。
なんでもない朝の風景。
窓から朝日が差し込んでくる。
そして耳元においてある目覚まし時計からは、ジリリリとやけに耳に響く音が発せられている。
その音と朝日に照らされ起きた一人の男。
「ねっむ…夜中まで課題やってたから寝不足だぞおい…。」
寝起きのため恐ろしく低く、だが若さが聞いて取れるような声。
彼は村瀬雪人。
地元でも進学校と呼ばれている清峰高校に通うごくごく普通の高校生。
少々長めのストレートの前髪と薄く筋肉のついた体、そして凛とした整った顔。
雪人は知らないが、雪人の周りの生徒曰く<努力を忘れたイケメン>とも呼ばれている。
なぜ、雪人が努力を忘れたなどと言われているのかというと。
「姉ちゃんが起こしに来なかったって事は起きてないな…サボるか。」
とにかく「自分で何かする」ということをしないのだ。
基本的に雪人は自分の思ったことはせずに周りがああしろこうしろと言われればそれに従う。
気に入らなければやらない、やって得があるならする、でも自分からやるなんて言わない。
雪人の信条のようなものだろう、今までそうやって生きてきた。
そして雪人がもう一度布団に入り、寝ようと目を瞑ると階下から澄んだよく通る声が聞こえた。
「ゆーきーとー!起きろー!目覚ましなったでしょー!」
「あっちゃあ、起きてたのか姉ちゃん…。」
もぞもぞと布団の中で動きながら雪人はうんざりとした顔で顔をのぞかせる。
それと同時に開かれる部屋の扉、その奥に立っているのが雪人の実の姉。
「もー、またお姉ちゃん寝てるだろうと思ってサボろうとか思ってたでしょー。」
「バ、バレてたか…おはよ。」
村瀬春香。
雪人と同じく清峰高校に通う高校生、ちなみに雪人の一つ上の高校三年生。
肩にかかるほどの髪と豊満な胸、そして春に咲く桜のような明るい笑顔。
成績優秀、スポーツ万能、清峰高校でもトップクラスの優等生。
彼女の学校内の評判は<努力の天才>
とにかく努力を重ねてきたからこそ、彼女は今の力を手に入れた。
ちなみに一年生の頃は学年最下位クラスであったとかなんとか。
そして彼女には普通の高校生とは二つ違うところがある。
「まったく…いつも通りケーキ作ったんだから!ちゃんと味わって食べてささっと学校行こうね!」
「まじ?じゃあ起きる、超起きる。」
ケーキ作りが大好きなのである、それはもう普通ではないくらいに。
その技量は、寝起きの雪人がささっとケーキを食べに向かうことでお分かりだろう。
ケーキ屋よりもおいしいことで雪人や友達、果ては近所の奥様方に有名なのである。
トントンとリズムよく階段を下りていく春香が、後ろの雪人に笑顔を向けながら言った。
「今日は時間なかったからショートケーキね、でも雪人好きよね?」
「うん、姉ちゃんの作るショートケーキ好きだよ。」
「じゃあ私は?」
「まぁ…好きですはい…。」
「おおー?照れてるねーかわいいかわいい私の弟君ー!」
「姉ちゃん、照れる、結構ほんとに照れるから…。」
そしてもう一つ、春香は尋常じゃなく弟のことが大好きなのだ。
高校内ではもはや有名なことであるので「あの二人のどちらかと付き合おうとすればもう一方が殺りに来る」とも言われている。
実際に一度雪人に告白した女子がその数日後、学校に5日間来なくなったという伝説が残っている。
「さて、今日も食べるぞー!いただきます。」
「いただきます。」
「って、あれ?母さんと父さんは?」
「あむ…、二人はもうお仕事行ったよー。」
ちなみに二人の親である村瀬奈津美と村瀬彰人は共働き。
母の奈津美はスーパーのパート、父の彰人はサラリーマンである。
「今日もおいしいねー、姉ちゃんのケーキ。」
雪人がさわやかな笑みを浮かべて春香に感想を述べる。
春香は自作のケーキに刺さったフォークを手に取り舐めまわしている、行儀が悪い。
「ああ、姉ちゃん口の周りにクリームついてるよ。」
雪人は近くにあったティッシュ箱から一枚手に取り、春香の口を拭こうと手を伸ばした。
春香は雪人が拭くのに合わせて「おう…おう…」と顔を動かす。
「んあー、ありがとありがと」
「それにしても姉ちゃん、そういうところはなんだか姉って感じしないね。」
「それはお姉ちゃんだって弟の前ではでれでれってなるよ、学校では気を付けてるけどね。」
(気を付けてるって言うかもうすでに学校中ではばれてるのに…)
呆れた顔で姉を見つめる雪人。
自作のケーキをとてもおいしそうに食べている春香を見つめる。
(姉ちゃんは本当に美人だし、ケーキ作るのはうまいしモテてるんだよなぁ。)
(でも、姉ちゃんが付き合ってもなんら不思議ではないわけだしね。)
(大体俺は弟な訳で、姉ちゃんのことは好きだけど恋愛なんてある訳ないない。)
「おー?どうしたの?お姉ちゃんの顔じーっと見て、惚れちゃったかな?」
「そんな訳ないっちゅーに、そろそろ家出ないと学校遅れちゃうよ。」
「あ、そうだったそうだった。新学期早々遅刻なんて嫌だしねー。」
椅子のそばに置いてあった鞄を手に取り、立ち上がる二人。
玄関には二つの揃えられた靴。
時間は8時、春の風に彩られた清峰高校の新学期の日であった。
「あ、ちゃんと食器洗っておかないと。」
「姉ちゃん!早く!本当に遅れる!」
だが、前途多難のような気もしないでもない。
この二人は本当に仲が良く、顔立ちもどことなく似ています(妄想)
ちなみに父と母も二人に似ています、雪人は父、春香は母。
次回は学校。
二人の友達と何人かのクラスメイトが登場予定。