しゅがーれす☆ぴゅあ
まゆゆちゃんカワイイ♪
小学校6年生の秋のことなんだけど、私一条嵐子は突然そう思うようになったの!
まゆゆちゃんって言うのは幼馴染の設楽繭花ちゃんのこと。お姉ちゃんが最初にまゆゆちゃんって呼び出して、いつの間にか私もそう呼んでた。
カワイイカワイイ。……どうしてなんだろう?
まゆゆちゃんは私と違って背がちっちゃくてカワイイ女の子だけど、今までは胸がポカポカするようなことなんてなかったもん。人懐っこい猫を抱きしめた時にも似たような感じはするけど、ちょっと違うかも。……と、今まさに抱きしめていた白い猫さんを地面へと降ろす。
だからお姉ちゃんにそのことを相談しようと思ったの。お姉ちゃんに聞けばこのぽかぽかの正体もきっと分かるはず。だってお姉ちゃんは凄いんだもん!
「くしゅんっ!」
段々寒くなってきたよぅ。温かい猫さんを手放した途端にこれだよぅ……。早く帰ってホットココアでも飲もうと思いました!
「それよりも先に聞かせて欲しいんだけど、あんた身長何センチあるの?」
マグカップに入ったココアを持ってお姉ちゃんの部屋にきています。小学生の私よりも帰ってくるの早いのって珍しいなぁ。
お姉ちゃんは自分の部屋で友達から貰ったというベルギー産の高そうなチョコレートをこっそり食べていました。
「見つかったからには仕方ない」と1つ貰いました。ラッキーです!甘さ控えめで苦味のあるおとなの味チョコレート。私にはココアの方が美味しいと感じました!
「お姉ちゃん教えてあげるっ! んとね、4月の時だと163センチだったような気がするっ! 凄いでしょう!」
「小学生の身長とは思えないくらいにデカイわよあんた。この先もっと巨大化するの? それで光の巨人にでもなるの?」
「私バレーボールの選手になりたい! あのジャンプしてボール弾くやつやりたい!」
「中学でバレー部に入れ。それで2メートルを超えるのよ」
「うんっ、がんばるっ! だから応援してねっ!!」
「なんであんたはそんなにテンション高いのよ……」
その日は目的をすっかり忘れてそのまま寝ちゃったから、翌日改めて相談したよ。
まゆゆちゃんカワイイ!! この言葉が流行語大賞になる日も近い!5年後には国語辞典にだってのります!
「あーはいはい、そうね近いわね」
「お姉ちゃん適当に流そうとしてるよねっ!」
だって私の方向かないでチョコレート食べてるもん! むむむむーん!! チョコじゃなくて私を見てよぅ!! じゃないとちゃぶ台返しみたいにチョコレートの入った箱をひっくり返すんだからぁ!!
「あ、しかも昨日と違うやつだ! わー、裏も全部英語だぁ!」
「英語じゃなくてそれフランス語……。これもビターだけど食べる?」
「苦いのはいらないよぅ……」
そんなことよりも聞いてよ、まゆゆちゃんのことを!
私の謎のジェスチャーを理解してくれたのか、ただ単に鬱陶しいと思ったのかは分かりません。けど話はちゃんと前に進みました。粘り勝ちです! 私の大勝利です! いぇい!
「あの子がちっちゃくてカワイイのはあたしも認めるわ。妹にしたいくらい」
「妹ならここにいるよっ!? 私だよ!? 嵐子さんだよ!?」
「嵐子さんはあたしよりデカイ。だから姉ポジ。戸籍が文句言ってこようと苦情は受け付けない」
「頭の中はちゃんと妹ポジションだから大丈夫っ!」
「妹ポジっていうよりただのバ……、じゃなくて天然入ってる感じよね」
「そうかな?」
「そうよ。で、まゆゆちゃんのことだけど一番しっくりくるものがあるわ」
「どれどれ?」
お姉ちゃんはもったいぶってからわざわざ立ち上がって言ったのです!
茶色に染められている長い髪がその勢いでゆれ、シャンプーの甘い香りふわっと広がりました。おおおぅ、大人の女性っていう感じがします! これが、これが高校生……!
そしてさらには腕を伸ばして、指をさす! 「異議ありっ!」とか「犯人はお前だ!」とか叫んだりしそうなカッコイイポーズ! 「私がやりました!」という言葉が口元まで出掛かって慌てて飲みこみました。
「それは母性愛よっ!!」
ドーンと場に衝撃が走った……りはしませんでした!
きっと凄いことだったんだと思うの。でも……
「あー、その、ぼせいあいって何?」
「……この阿呆め」
お姉ちゃんは私よりも早く生まれてるから、私の知らない言葉もいっぱい知ってます!
その一つがこれ!
お姉ちゃんがなぜか頭をかかえちゃったんだけど、どうして? 実はもう流行ってない死語だったことに気が付いたとかそういうあれかなぁ?
「つまり女ならば誰でも持つことになる、お母さん的な気持ちよ」
「ふおおおおおおおっ! なるほど分かりやすい! まゆゆちゃんは私の娘ってことでOK!?」
「あくまでも気持ちだから、実の娘じゃないから」
「わーいわーい、まゆゆちゃんが私のむすめ~♪」
「……ごめんお母さん。手遅れかもしれないわこの子」
お母さんが娘をカワイイって思うのは当然だもんねっ。そういうことか、そういうことかぁ。つまりは私ももうおっとなぁってことでOKなんだよねっ! ふふふ~、今日はおやすみなさーい。
「まゆゆちゃ~ん、おっはよぉ!!!」
たっぷりと睡眠はとれました。気分爽快すっきりとした目覚めで、いつもよりもいっぱいご飯を食べれました! 「朝からよくそんなに食べれれるわね」とお姉ちゃんには呆れられてしまいました。
確かに食べすぎたかもしれません。でも朝に野菜ジュースしか飲まないお姉ちゃんよりは私の方が健康的なんだよぅ!
「ランちゃんおはよー」
とにかく挨拶しつつ抱きしめる。身長差は30センチ近くもあるから、ランドセルを背負ってなかったら姉妹に見られるかも! あ、違った。母娘だった。おやこおやこ~!
リボンで結ばれている両サイドの髪が腕に当たってるけど私は気にしないもーん!何度も抱きついてるけど慣れてくれないのかなぁ。また逃げようとしてるぅ~!
「そんなにかたくならないでよぅ」
「いいから、は、離れて……お願いだから」
名残惜しいけどリリースしました。キャッチアンドリリースアンドキャッチは嵐子の基本です! 後でまたキャッチする気満々の嵐子さんです!
「まゆゆちゃんお昼に親子丼食べよう! タマゴとチキンがコラボレーションしてるやつ!!」
「えっ、もうお昼の話? 今日の給食コッペパンとミネストローネとあと何かだよ」
「きっとその何かが親子丼だねっ!」
「絶対に違うと思うなー」
とろとろの親子丼いいよね。鮭といくらのやつはもっといいよね、じゅるり……。
「ランちゃんよだれよだれっ!? もしかして寝坊して朝ごはん食べてこなかったの?」
「ん? ちゃんと食べてきたよぉ。私は早寝早起きで偉いねえっておばあちゃんにも褒めらたことあるんだよ!」
「そうなんだ。それよりも今日は算数のテストするって言ってたけどランちゃん大丈夫?」
「大丈夫だよちゃんと鉛筆削ってきたし、消しゴムだって2個持ってきたもん……!」
「筆記用具の心配はしてないよっ!?」
「ねりけしは消しゴムの仲間なのかな、それともスライムの仲間なのかなぁ……」
「とりあえず間違えて食べないように気をつけてね……」
「ねえねえまゆゆちゃん。算数って何時間目だっけ? 給食よりも先だっけそれとも後だっけ?」
「3時間目だったはずだよ、多分」
1~3から正しいものを選べ、みたいな問題に命をかけたから大丈夫! 80点はいけるねっ! 半分くらいが白いテスト用紙の裏側にまゆゆちゃんの似顔絵を描くこと30分。空白ばっかりのテストが回収されました~。私の描いたまゆゆちゃん可愛くない……。残念。
もっとまゆゆちゃんを見て完成度を高めないといけないと思いました!
「中学生になったら美術部に入れ」
「バレー部が予約済みだよぉっ!!」
そしてそれから数日が瞬く間に経過。
そうそう、お姉ちゃんと久しぶりに一緒にお風呂に入ったんだけど、おっぱいがリンゴみたいな大きさになってました! 私は身長ばっかりだからとっても羨ましいです! ずるいです!
「大丈夫だって。ランちゃんと怜佳お姉ちゃんは姉妹なんだから」
登校しながらお風呂でみた驚愕の真実をまゆゆちゃん語ったら、そんなことを言われました。
「そうかなぁ」
「そうだよ、それに私達はまだまだ成長するはずだから大丈夫。胸はむしろこれからだよ!」
わー、随分と力入ってる……。
背がちっちゃいから未来に期待してるんだね、分かっちゃったよ私。でも、まゆゆちゃんはそんなに大きくならないと思うなぁ。ならないといいなぁ。
「ランちゃん何か言った?」
私の頭の中を読まれたみたいです!! オオカミみたいな鋭い視線が突き刺さりました! 危うく口を滑らせるところでしたけど、怖かったので言えませんでした! 助かったよぉ……。
「どうやったら怜佳お姉ちゃんみたいになるだろう?」
「揉めばおっきくなるってお姉ちゃんが言ってたよ!」
「も、揉めば!? 誰が!?」
ない胸を守ってるのかな。自分を抱きしめるみたいな格好で後ずさりしてるんだけど。ふふふ、そんなまゆゆちゃんもカワイイなぁ……。
「えっと、じゃあ私が? むしろ私じゃないとダメなんじゃないかなぁ!!」
「何を言ってるの、そんなのダメだよ! メッだよ!! ランちゃんだなんて……そんな、でも、あー……」
その日はまゆゆちゃんの必殺スキル、まゆゆダッシュで逃げられてしまいました。50メートル8秒でクラスで一番速く走れるんですよ。
「職員室でいっぱい怒られたんだけどなんでー?」
翌日の放課後、小雨の降る中傘もささずに下校中の私達二人。
私は帰りの会の後に職員室に呼ばれて、先生にあーだこーだ言われていたので、まゆゆちゃんを10分ほど待たせてしまいました。私を見捨てなかったまゆゆちゃんありがとう!
「テストであんな点数とった上に宿題忘れるからだよー」
「私はテストなんかに負けないもん!」
「じゃあ点数とってよー! 負けてるよー!」
「テストがあるから勉強するなんて私じゃないもーん!」
「そのスタンスが通用するのは小学校を卒業するまでだと思うよ」
「あれ? まゆゆちゃん私を待ってる間にこっそりリボン変えたの?」
「あえ…うん、ちょっとね。あっさりばれちゃった」
ばれちゃったといいつつ微笑むまゆゆちゃんはいつもよりも余計にカワイイ! 抱きしめてもいいサインだよねっ! だからぎゅっとしてあげました!
「ちょっとランちゃんってばぁ……」
「もうちょっとあと10分」
「ちょっとだけだよ。10分はさすがに長いよ」
翌日二人揃って風邪引いたのはいい思い出です!
そんなこんなで私は小学校を卒業して中学生に。お姉ちゃんは高校2年生になりましたぁ。
柔らかい光が差し込む中、時計をちらちらと見つつ佇んでいる中学生女子が一人見えます。
「おおおおおおおおおお!!」
「な、なに……!? どうしたのランちゃん……」
「まゆゆちゃん制服姿かっわいいーっ!!」
「だき――」
勿論抱きつきましたー!
ここで抱きつかない私なんて一条嵐子じゃないもんねっ! 私は、まゆゆちゃんに抱きつくのをやめない!!
「もうっ、入学式早々浮かれないでよっ!」
「浮かれてないよっ、いつもの私だよぉ」
「うーん……まあ、そうだよね」
「あ、そのカバンについてるうさぎカワイイ。そのマスコット買ったの?」
「うん、春休みにおばあちゃんの家に行って、そっちのお土産屋さんで」
中学校の場所は大丈夫、覚えてる。時間にもいっぱい余裕あります!まゆゆちゃんもいます! 完璧です! でも私もまゆゆちゃんもお父さんが忙しくて入学式にこれないのは残念だなぁ。
「ねえまゆゆちゃん。私の制服はどう、似合ってる?」
その場でくるくる回ってみる。お姉ちゃんは「狭い部屋で回るのやめなさい」って言ってたけど外だからいいよね。
「うん、いいと思うよ。バックの桜もいい味出してる」
「桜? おお、桜。春だねぇ」
「今まで目にも入ってなかったの……?」
「私の目にはまゆゆちゃんしか映ってなかったもん!」
「そ、そうなんだ……」
なんかてれてれしてる。もうまゆゆちゃんはちっちゃくてカワイイなぁ。制服は流石にオーダーメイドじゃないと思うけど。脱げば小学生低学年でも通じるよね! ミニミニまゆゆちゃん!
「何か入りたいクラブって決まってるの?」
「もっちろん。まゆゆちゃんは?」
「入るとしたら文科系で……」
入学式に新入生歓迎会にと続いて、ついに始まった部活動勧誘! そうそう、お姉ちゃんに言われた通りにバレー部に入ったよ! 期待の新戦力とか言われてちょっと嬉しかったなぁ。
でも部活動してるとまゆゆちゃんと一緒にいられる時間が減っちゃうんだよね……気付かなかったよぅ。朝練なんて文化、私の中にはなかったよぅ……。さようならーまゆゆちゃん!!
ふおおおおおお!!
実はお姉ちゃんに言われるまでもなく美術部にも入りたかったなぁと思っていた私は小テスト中とかの暇な時間に落書きを繰り返して絵の技術をアップさせました! 今ならまゆゆちゃんをマンガキャラみたいになら描けるます! 継続は、力だああああ!!
そして再び秋。あの相談からおよそ1年。もう一度お姉ちゃんに相談しようと思った。
「それよりも、あんたは一体何センチ? いつ怪獣になるの?」
「えっと……佐々木先輩と同じくらいだから、175センチくらいかな」
「一年で10センチ以上とかあんたは化物か」
「ねえ、お姉ちゃんは何センチなの?」
「言いたくないけどあんたよりも身長低いわ」
「知ってるよー!」
「あと2年くらいで2メートルを超える計算になるわね。ギネスでも目指す?」
「目指すっ!!」
久しぶりにお姉ちゃんが頭を抱えてるところ見ちゃったんだけど、もしかしてギネス記録は3メートル超えてるのかな。だとしたら私がバレーで頑張っても難しいかもしれないけど、私がんばるよっ!
じゃなかったと気付いたのは去年と同じく翌日のこと。成長してない自分を僅かに自覚しちゃったかも。うぐぐ…。
「あ、まゆゆちゃんおはよう!」
「おはようランちゃん。今日は朝練ないんだねー」
昔は私がまゆゆちゃんに抱きついていたんだけど、最近はまゆゆちゃんの方から抱きついてくるようになったんだよ。最近一緒にいられなかったからかな。ちょっと? 違う。凄く嬉しい!
でもそれと同時にとっても恥ずかしい。うん、ちょっと前の時はそうでもなかったんだけど、今だとドキドキしちゃって本当に恥ずかしいんだよね。どうしてかな? 今じゃ私からまゆゆちゃんに抱きつくのがちょっと恥ずかしいんだよ……。
だから、それについてお姉ちゃんに相談しようと思ったの。
「次の部長は一条で決まりね」
「私でいいのかなぁ」
「何言ってんのよ。部を引っ張っていけるのは貴女しかいないわ」
「そういうのはまた1年後にお願いしますよぉ」
「来年のインターミドルこそは全国いけるはずよ」
「私一人にあんまり期待しないでほしいなぁ、なんて思うんですが」
まゆゆちゃんから逃げるようにバレーに打ち込むのはちょっとおかしいと自分でも思うし……。
「……この妹ちゃくちゃくとアレな道に進んでるってわけね。バカで助かったわ。準備期間が確保できて助かってるわ」
「どういう意味?」
んー、と唸りながらチョコ菓子をほいっと口に運んで、ゆっくりと咀嚼。それを飲み込むまでの短いようで、長かった時間。その間だけで心の中にあった不安がもくもくと増殖しちゃった。お姉ちゃんが次に何を言うのか怖くなったの。うん……杞憂だったみたいだけど。こういうふうに「ため」を作るのやめて欲しいなぁ……。
「中学生になってちょっとは子どもを卒業できたってことよ。小学生みたいにはしゃいでるのが恥ずかしいって思えるようになったんでしょ」
「おー、なるほど分かりやすい!」
「その反応何度も見てるんだけど、まったくこの妹は……」
またしても頭を抱えちゃったんだけど、もしかしてお姉ちゃんのきめポーズがそれなの? 変えたほうがいいと思いました!
「……あんたねえ。……オレオレ詐欺っていうのが流行ってるから気をつけなさい」
「あー、知ってる。大丈夫だよ! 私ケータイ持ってないから!」
「イエデンにかかってきたり、ピンポンしてくるかもしれないわよ」
「大丈夫大丈夫。私お小遣い貯金してないもん!」
「少しくらいためておきなさい。いざという時困るわよ。あたしは困ったんだからあんたも絶対に困る」
「えええええええ!? お姉ちゃんがお金に困ったの? うん、私心を入れ替えて貯金するよ!」
「……この子の将来が心配すぎる」
たしかにお金ないのは心配だよね。分かる、今なら分かっちゃうよお姉ちゃんの気持ち!
それから数日が経過しました。その間にもらったお小遣いはちゃんと貯金箱に入れたんだよ、えへへ。
そして11月に段々と肌寒い時期になってきました。もう夏服は完全に終わって、ちょっと残念。でもまゆゆちゃんの冬服は最近見てなかったので新鮮味があってよかったです! うずうずと沸き上がる謎の感情!! これはなにー!?
「まゆゆちゃんは貯金してる?」
「え? 唐突にお金の話? お金なら貸してあげないよ?」
「違うよ、貯金の話」
「毎年お年玉なら貯金してる。お小遣いは使っちゃうかなー。でもそろそろクリスマスかー」
クリスマスっ!? そっか、サンタクロースかぁ! まゆゆちゃんとプレゼント交換とかしたい!! 確かに貯金必要だったよお姉ちゃん! どうしようお金ないよぉ……。
と、取り敢えず欲しいものは我慢! まゆゆちゃんに抱きついてまゆゆミンを補給すれば我慢もストレスにはならないはず!! だってまゆゆちゃんはカワイイから! 欲しいもののことくらい全部パーッと忘れられると思います!
だからまゆゆちゃん、ちょっと恥ずかしいけどぎゅっとしていーい? 久しぶりに私から抱きついちゃった。あはっ。
「はぁ、簡単な頭で羨ましいわ。あたしあんたが羨ましい。あんたの頭を100円で売ってよ」
「せめてそこは100万円がいいと思いました!」
「ぶっちゃけあんたの頭の価値は50円くらいしかないとあたしは思うんだけど、姉妹価格で2倍にしてあげてるのよ……」
お姉ちゃんはまた頭を抱えていました。高校生は悩みが多いお年頃なのかもしれません。私もお姉ちゃんみたいにいっぱい何かに悩んだりするのかな。進路とかお金とかプレゼントとか明日のご飯とか?
「そういえばあんたレギュラーがどうとかって話が出てるんだっけ」
またつぶつぶのチョコレートを食べながらの応答です。お姉ちゃんチョコ好きだったんだぁ。気付かなかったなぁ。
「コンセントレーション。集中力アップにいいのよ。それでレギュラーは?」
「うん、来年だけど。期待されてるんだよぉ!」
「バレー部に入れとは言ったけど、ぶっちゃけバレーボールの才能があるとは微塵も思ってなかったわ」
「酷いよお姉ちゃん。私だって人並みにスポーツできるもん」
「なるほど脳筋タイプだったわけね。納得の頭の悪さだわ」
「中間テストで赤点とってないもん!」
「繭花先生の個別指導のお陰でしょう。あんたはあたしとまゆゆちゃんの両方に感謝するべきだわ」
「ありがとうございます、怜佳お姉さま!」
「気味が悪いからやめて」
酷いよお姉ちゃん…!!
「そんなあんたにプレゼント、はい」
見たことない包みのチョコ菓子を貰いました。しかしそれは罠だったのです!!
「なにこれ苦くして死ぬぅ…」
「カカオ99%の前にひれ伏しなさい、異世界の巨人。そしてその身長をあたしに売ってよ。100万円出すから」
わー、口は笑ってるのに目が笑ってないよー。こわいよーっ!! そして私は逃げ出した。水、水がないと死んじゃうっ!!
ということがあったので、お姉ちゃんにとんでもないイジメを受けたことをまゆゆちゃんに話しました。
「あー、怜佳お姉ちゃんって身長に拘ってるもんね」
「ぶー、身長高くてもいいことないよ。小学生なのに子ども料金で電車乗れなかったもんっ!」
「駅員さんに説明するのも面倒だもんねー」
「まゆゆちゃんは余裕で子ども料金いけるよ」
「悲しいけどそれ真実だよ……。アトラクションの身長制限に引っかかってるんじゃないかって、遊園地に行く前日に不安になる私だよ……」
「ごめんなさい……」
春になりました。
今日はできることならきてほしくなかったという女子が多い身体測定の日。 みんなご飯抜いたとか言ってます! 私はがっつり食べてきました!
「まゆゆちゃん、死にそうな顔してるけど大丈夫?」
「結果を先読みして絶望してるだけ……。私の一年はまったくの無だったんだよー」
どういう意味なんだろう?
身長176センチ。体重53キロ。スリーサイズは覚えてません! でも微妙だったと思います! 身体測定が終わったあとのまゆゆちゃんは涙目でした。
「ランちゃん、どうしよう……背も胸もかわらないよ……絶望だよ。もう死ぬしかないよ……」
身長のこともあって涙目上目遣いなまゆゆちゃんを見て私の心臓が飛び跳ねた。ズキューンである!! ど、ど、ど、どうしちゃったんだろう私。このまゆゆちゃんの可愛さは何!? 妖精さんですかっ!? 北欧で見かけられた妖精さんは日本にも実在したんですかっ!
「あの、体重は…?」
「それも変わらなかったのは救いかなー……」
本人には悪いですが、元気のないまゆゆちゃんも素敵ですぅ。はぁ、妖精さん化したまゆゆちゃん……。
それ以来、私はまゆゆちゃんが可愛すぎてついには抱きつけなくなりました。
どうして、どうしてどうしてどうしてっ!? まゆゆちゃんがいないところでは抱きつきたいって気持ちがいっぱいなのに、いざ本人に合うとどうして分からないけど抱きつけないの。まゆゆちゃんから抱きついてきても、一瞬だけなんだけど拒絶しちゃう…。恥ずかしいとかそういうのじゃないと思う。何これどうなってるの私?
そしてまたしても頭を抱えるお姉ちゃんが目の前にいるのです! もう見慣れた光景だよ!
「よし、じゃあこうしましょう」
「チョコレート食べてないでどうするのか教えてよ!!」
「邪魔だから引っ付くかない! しばしそこに正座!」
「ん……」
「やっぱりああするべきか……まったくこいつは」
仕方がないので大人しく正座して待ちました。
お姉ちゃんがぶつぶつと文句言ってきますが、我慢します! 嵐子は大人だから我慢します!! お姉ちゃんは私よりもちっちゃいから、悪口言われても気にならないもーん!
「じゃあ、こうしなさい。これはある種の実験だから結果はあたしに報告するのよ」
「おぉ、分かった! それでなにをするの?」
「あんたの隣の席って誰が座ってるの?」
「沙織ちゃんだよ!」
「じゃあそのサオリちゃんをずっと観察してなさい。まゆゆちゃんの代わりに」
「かわり? ……おかわり?」
「登校したらサオリちゃんを観察して、それを絵日記にしてあたしのところに持ってくるように」
「ええっ、それは面倒だよお姉ちゃん!!」
「いいからヤレ」
命令されてしまっては仕方ありません。だから、じー。
まゆゆちゃんが話しかけてきてもじーっと沙織ちゃん見つつ、受け答え。授業中にもじーっと見続ける。これ以外と疲れるよ……。お姉ちゃんの鬼!!
「あの……一条さん。私に何か用でもあるの?」
「お気になさらず作業を続けていいよぉ」
「そんなこといわれても……。じっと見つめられると気になって集中できないんだけど」
「私は空気みたいなものだと思っていいよぉ」
「無理ですよっ! 一条さんおっきいし……」
沙織ちゃんが泣きそうだけどお姉ちゃんの命令なので続行しました! ホームルームが終わった頃にはぐったりしてました。あぅ、なんだかごめんなさいです。
それでも私は見るのをやめないもーん! 教室にいる間だけじゃなくて、どこかに移動したら堂々と追跡!
「うわーん追いかけてこないでー、私が何かしたのなら謝るからぁー」
でも連日続けた挙句に号泣されてしまった以上もう続けるわけにはいきません!
それに、
「ねえランちゃん、最近おかしいよ! どうして私と顔合わせてくれないの? 私のこと嫌いになったの…? 直すから、嫌なところがあるのなら全部直すから嫌いにならないでよぉ……。お願いだからぁ……」
とまゆゆちゃんにも泣きつかれしまう始末。
この時私がどれだけ困惑したと思うんですか!! まともに受け答えもできなかったもーん!! 「ごめんねまゆゆちゃん…」って言いつつ逃げた私を誰が攻められるのか!!
「それはあんたが悪いでしょう絶対に、間違いなく。まゆゆちゃんの目の前で土下座しろバカめ」
それは後でやるとして、今は観察に関すること!! お姉ちゃん! この方法はダメなんだと思います!!
「それはうっかりしてたわ。嵐子がでかくて人に威圧感を与えてしまうって可能性を考慮してなかったわね」
「まったくだよ! いあつかんが何かわかんないけど!」
「一応言っておくけどストーキングしろとまでは指示してないんだからね」
「お姉ちゃんの指示は抽象的すぎるからもっと具体的に言ってくれないと分かんないよ!」
「具体的に言ったら頭がパンクするくせに」
「むぅ……」
だからシンプルにまとめてあげたのよ、と言われてしまうと反論できない……。
「で、まゆゆちゃんから距離をとってみて冷静になれた?」
「え? そのためにまゆゆちゃん以外を観察しろっていったの? やっぱりちゃんと言ってくれないとわかんないよ!!」
「……はぁ、もう。ミニチュアとはいえ脳ミソ搭載してるんでしょう!? バカ!」
「バカって何よぅ! そう思ってるなら単刀直入に言ってよ!」
「ああもううるさいわねっ! あんたが相談してくるからあたしは対応してやってんのよ! 感謝されても文句言われる筋合いはないわっ!!」
「もういいもん! お姉ちゃんなんて知らないもん!!」
お姉ちゃんの言動がむかついたのでその日はそのまま寝ました。
それ以来お姉ちゃんとは朝の挨拶も交わしてません!
『まゆゆゆゆゆゆゆ~』
それだけ書かれた半紙を唐突に見せられた私は飲んでいた麦茶を吹き出しただけに留まらず、激しく咳き込みました!!
なにするんですかぁー!! がるるるるるるぅ!! ほえたらお姉ちゃんは逃げ出しました。むー!! もう、お姉ちゃんには頼りません!! 絶対です!!
でも、状況は悪化する一方。もうまともに授業を受けることもできません……。うーあー、私おかしくなっちゃったのかな。ここ最近はあまり眠れないし……。だって眼を閉じるとまゆゆちゃんの姿が脳裏に浮かんじゃうんだもん……。
「ランちゃん、ランちゃん。どうしたのランちゃん……、ねえらんちゃぁん」
「お願いだから寝かせてよぉ……」
もう何がなんだか分かりません。
まゆゆちゃんのことを考えていると胸が苦しい……。助けてよ、おねえ……。ダメ、頼らないって決めたんだからダメ。授業中にもぐったりしていたら保健室に連行されました。ああ、これで、まゆゆちゃんから離れられる……。
なんだかよく分からないけど今の私にはまゆゆちゃんは毒なんだよぅ。どうして?最近いろいろ考えてたせいかなぁ。ちゃんと眠れば改善されるのかなぁ。
まゆゆちゃん……。でも、どうしてだろう? せっかく離れたのに。私はまゆゆちゃんの声がもっと聞きたい、もっとおしゃべりしたいよ。
自分が分らなくなった。だから怖くなって早退しました。そしてそのまま夕食も食べずに私はベッドで眠っていました。
……眠った、フリをして、いました。私、何かの病気なの? きっと精神病なんだ……。
どうすればいいのか分からなくなった私はベッドから飛び起きて、隣の部屋――お姉ちゃんの部屋へと飛び込みました。
「なによっ急に!? ビックリさせないでよ!?」
「ごめんなさい……。ごめんなさいお姉ちゃん。私が悪かったから、私がいけなかったから……」
「ああもうこいつは……!! いいわ。許す。で、今度は何?」
私はお姉ちゃんに相談しました。
この状況を改善するにはどうすればいいのかを。
この胸の痛みの正体に心当たりがないのかを。
「歯を食いしばれええええ!!」
「!?」
お姉ちゃんに顔をばっちんと叩かれました。いたいよぅ……。
「やれやれね。あたしが厳しくしなかった弊害ならあたしのせいだけど、これはもう……」
「……お姉ちゃん?」
「クールダウンにはならずか。これはまゆゆちゃん以上かも……。真性ねえ」
はぁ、とお姉ちゃんは深いため息をつきました。今日はいつもと違ってチョコレートを食べないみたいです。
「暴走する前に決着をつけるしかなさそうね。いいわ、聞きなさい嵐子。これがあんたの真実よ」
◇
さて、では裏方を語るとしましょうか。このあたし、一条怜佳が。
それは2年前の夏に始まったわ。ええ、夏よ。秋じゃなくて、ね。
私に相談を持ちかけてきた女の子。
それはお隣設楽さん家の一人娘で名前は繭花ちゃん。通称まゆゆちゃん。確か5年くらい前にはやっていたアイドルがそんなふうに呼ばれていたわ。それをパクッて呼んでみたら見事に馴染んだ。
あたしからしたら実の妹よりも、妹みたいな子ね。小さいし、中学生になっても小さいし。ここ重要。テストに出すわよ。
幼い頃にお母さんを交通事故で亡くして、お父さんとの二人暮らし。仲は悪くなくて結構なことなんだけど、まゆゆちゃんのお父さんは大手医療機器開発メーカーの重役で日々仕事に追われている。
つまり何が言いたいのかというと、まゆゆちゃんとお父さんが一緒にいることは少ないってこと。お父さんとしては幼い娘を一人家に残しておくなんて不安でしょうがないでしょうね。
そこで、我が家一条家の出番。「娘さんをうちでお預かりしましょうか」とお母さんが持ち掛けたのだ。
それからまゆゆちゃんはほぼ毎日をうちで過ごすようになった。そのせいかあたしを実の姉みたいに慕ってくれていて、実は結構嬉しかったり。別に嵐子が嫌いってわけじゃないのよ。ただその身長をちょっとよこせとは思う。10センチでいいから。あたしの身長は150センチしかないのに我が愚妹ときたらあれである。
今は実の妹のことは忘れるとして、もう一人のマイシスターのことだったわね。
あの子は5年生に上がると同時にマイホームへと戻った。あたしとしてはまだまだ心配だったんだけど、「私は大丈夫だから」と本人が言うのだからしょうがない。それからはたまに嵐子を突撃させることで無事を確認する日々だ。それ以外にもメールのやり取りもね。嵐子は持ってないけど、まゆゆちゃんはケータイを持っている。お父さんからしたらこれは当然の配慮ってことでしょ。あたしも正しい判断だと思うし。
さて、設楽繭花――彼女の情報フォルダを展開したところで本題に入りましょう。
小学生でありながらそれは恋愛相談だったのよね。しかもアブノーマル。
だからあたしに相談するまでには結構追い詰められていたみたい。まゆゆちゃんカワイイとか言ってないで気付けバカ。とはいえ、妹が鈍感である意味助かってはいたとも言える。まゆゆちゃんが恋したのはどうにもうちの妹らしかったから。
頭を抱えずにはいられない。
これでまゆゆちゃんが男の子なら、ニヤニヤしながら相談に乗っていればよかったんだろうけど、女の子……。
同性の壁は厚いし、世間の目もある。何より、実の妹である嵐子の気持ちが完全に不明。あたしではあの子を理解しきれないという意味で。くるくるぱーな妹を持つと本当に大変だわ……!
その日は嵐子にそれとなく聞いてみて調査するから今日は帰りなさいと伝えた。
今だから言えるけど、嵐子でよかったという安堵感がなかったと言えば嘘になる。
もしも妹じゃなくて、彼女の恋愛対象が私だったとしたら私達の姉と妹という関係は崩れ去っていたに違いない。だからちょっとだけ安堵した。仮に嵐子に振られても私との関係は悪化しない、そんなふうに考えてしまったから。
……やめよう。これ以上は。あたしの黒い部分を表に出しても良いことなんて何もないわ。
正直嵐子に関する調査が成功するとは微塵も思わなかったけど、10月近くになって状況は変わった。
あの子がまゆゆちゃんをどうにも意識してる、……ような相談を持ちかけてきたのだ。でも、まだまだ未熟。恋という風味を出すためにはいろいろとフレーバーが足りないとでも言えばいいのか。だからあたしは敢えて、それが恋であるとは伝えなかった。
ほら、この時点ではあたしが勘違いしてる可能性だって十分にあったわけだし。
でもね、もしも嵐子が本当にまゆゆちゃんに恋してるというのならあたしは応援しようと思った。あたしにはできなかったことを妹が実現するというのならその未来を見せて欲しい。
くそう、なんという両想い……! 嵐子爆発しろっ!!
あたしも中学生の頃、同じように同性の先輩に恋をした。
先輩の姿に、先輩の声に、先輩からのメールに、すべてにドキドキしたあの頃を思い出す。もしかするとそれはただの憧れだったのかもしれないけど、今更確認のしようがない。 だから恋だと言わせてもらうわ。あたしはまゆゆちゃんと違って勇気がなかったから、誰にも相談なんてしなかった。当然、先輩に告白できるわけもなく時間だけが過ぎ去った。
その先輩はあたしじゃ到底追いかけられない高校に行ってしまったから、あたしの恋は事実上そこで終わり。だから嵐子とまゆゆちゃんにはあたしみたいに後悔だけはして欲しくない。
まゆゆちゃんには経過は良好、でもまだ恋がなんだか分かってない感じとメールを送っておく。しばらくは様子見が必要というのがあたしの判断だ。
今、まゆゆちゃんが嵐子に告白しても、意味のないなあなあ友達エンドになりそうだもの。まゆゆちゃんが哀れだわ。嵐子に恋を自覚させないと話にならない。
あたし、このベリーハードのミッションを攻略したら……1箱5800円のチョコを買うんだ。
まるで死亡フラグ――この場合は失敗フラグか。いくらあたしでも超天才ってわけじゃないし、人外ってわけじゃない。ある程度のタレントを持っているだけの凡人にすぎない。そんなあたしに妹を導くことなんてできるのかしら。リーダーなんて柄じゃないんだけど。
「あ、これ美味しい。まさかファストフード店がこんなにいいものを提供してるなんて……」
「今まで一度も入ったことないって……怜佳お姉ちゃんちょっと変だよー」
「だって、お金かかるし。1回の食事で500円とかあり得ないわ。あたしはチョコレートにお金をかけても、ご飯にはお金をかけない女よ」
「一生外食しないつもり?」
「料理店なんてなくてもあたしは生きていけるわよ。料理できるし。最悪130円くらいでパンは買えるしね」
しかしこのチョコレートシェイクはここでしか飲めないのよね。若干高い気もするけどチョコレートだから妥協できる。
「最初に言ったとおり嵐子はあんたのことが好きなのかもしれないわ」
「それならいいんだけどなー……。本当に?」
「あんたはまだ嵐子のこと好きなの? ぶっちゃけるとあんたも友情と愛情を勘違いしてる可能性あると思ってるんだけど」
……いや、ないか。
愛情に飢えているこの子は寧ろ誰でもいいから私を愛して状態なのかもしれない。その対象がたまたま幼馴染の少女だったってだけで。お隣さんで同性で幼馴染で仲もよくて、会おうと思えば本当にいつでも会えるし、お風呂に一緒に入ることもできる。そして一緒の布団で眠ったこともある間柄。……愛を求める恋人としては優良物件だ。
隣人を愛せよ、って何かの皮肉かしら?
「うん、好き。怜佳お姉ちゃんよりもずっと好きだって言える」
「ああそう……」
「あ、違うの!? 勿論怜佳お姉ちゃんのことだって好きだよ! でもそれは姉としてであって――」
「分かってるから少し落ち着いて。他の人が迷惑そうにこっち見てるから」
「あぅ……」
大人しくシェイクでもすすってましょう。うん、おいし♪
やはり嵐子をどうにかするしかないようね。この時あたしは改めてそう思った。あれから半年近くも経っちゃってるし、母性愛とか言ってる場合じゃないわね。さてと。それじゃあまずはもうちょっと踏み込んだ情報収集ね。
「あうううううぅぅぅぅぅーっ!!!」
「こ、これが噂のまゆゆダッシュ……!」
まゆゆちゃんから情報を得ようと思ったら、とんでもないスピードで逃走を始めた。あたしに相談しておいてその態度は一体何よ! これでもあたしは小・中・高と陸上部員なんだから、後輩になど負けられるかあああああ!!
てか、なに……。50メートル8秒って嵐子の誇張じゃなくて、マジなの? 長距離専門のあたしが追いつけるわけないでしょ!! ま、実際にはエネルギーを使いきってばててるまゆゆちゃんに追いついたわけだけど。
「逃げるなコラ」
「勘弁してください怜佳お姉ちゃん」
「あんたのためよ。いいから白状しなさい。ここ最近嵐子のどんな行動にドキドキしたのかを」
さーて、嵐子に「母性愛」をインプットした後どんな行動をとるようになったのかを白状してもらいましょうか。あたしも白状するからさ。まゆゆちゃんを虐めたい!! 面倒な案件をあたしにもってきたまゆゆちゃんと嵐子を凄く虐めてやりたいわっ! と言うわけだから、役に立たないかもしれないけど、ドキドキメモリーをあたしにこっそり教えなさい。大丈夫よ、秘密は厳守してあげるから。フフフフフフ……。
「あぅぅぅぅ……」
ぶっちゃけ抱きついてくるとか、唐突に出てくる大好きにドキッとするくらいしか情報は出てこなかった。チッ……。体育の着替えで裸が気になるとか、給食を一緒に食べているといつの間にか嵐子の唇に目が言っちゃうとかそういう話を期待したのに!
あたしのワクワクを返して欲しいわね。こうなってくると母性愛。母娘理論も案外間違ってないんじゃないのって思えてくるんだけど……。
……とか思っていた時期があたしにもありました。
嵐子にまゆゆちゃんに抱きつくのが恥ずかしくなったと相談された。おう……まゆゆちゃんの方に疑惑が出てるってのあんたというやつは……。
もう、二人の問題なんだから二人でなんとかしなさいよっ!! でも、あたしは二人のお姉ちゃんだから……はあ、もう。
しかしバカな嵐子と違ってまゆゆちゃんを自由自在に操るのは無理だ。どうするべきかなと思って、いろいろと嵐子を影から操っているうちに思いついた手を実行することにした。まゆゆちゃん以上に嵐子が危なくなってきたから、急がないとね。
そして開始されたサオリちゃん観察作戦。あの二人はお隣同士の幼馴染で、同じ学校に通っているわけだから引き離すのが難しい。じゃあもうどちらかの興味をなくさせる以外に手はないような気がした。
で、それっぽい行動ができるのは当然のように嵐子だ。
あの子はついには妖精さんがどうとか言いだしたし、頭がオーバーヒートする前にクールダウンさせた方がいい。
だからタイミングはばっちりだった。
「うわぁぁぁ……ん、ぅぐ……」
まあ、十分こうなる可能性はあったんだけど。
あたしはあの二人を引き裂こうとしてるわけじゃないんだけど、こうなっちゃったか……ごめん。今、あたしの胸の中には泣きじゃくるまゆゆちゃんがいる。嵐子がまゆゆちゃんを無視するらしい。しかも他の女子に御執心だとか。凄いわ嵐子……あんたよくそこまで実行できるわね。もしかしてプログラムで動いてるロボットなんじゃないの? そのプログラムを書いたのは確実にあたしな辺り、あたしも罪な女ね。ふっ……。
ふっ、とか言っている場合じゃないわ。
嵐子とも喧嘩みたいなことになっちゃって手におえないんだけど。どうするあたし。嵐子の気持ちにかける? いい加減自覚してもよさそうなものだけど。はぁ、ストレスマックスだわ。
書道部の友達に道具一式を借りて、『まゆゆゆゆゆゆゆ~』と書く。それを嵐子に見せた時の反応は凄かった。過剰反応しすぎ。……これはヤバイかもしれないわね。恋を自覚しないまま、相手を意識し続けるなんて荒業を続けてると思われる嵐子。「意味不明」な衝動のままにまゆゆちゃんを傷つける前に何とかするか……。
と作戦を練っていたら、嵐子がいきなり部屋に飛び込んできて超ビビッた。あたしが嵐子にビビるとかありえないことが起こってしまったわ……!
まさに一生の不覚だった。あたしに不意打ちをしかけるなんて上等! その勝負、受けて立つわ!
「暴走する前に決着をつけるしかなさそうね。いいわ、聞きなさい嵐子。これがあんたの真実よ」
と、その前に。
「あんたのそれには明確なる解がある。もう間違いないわ。このあたしを手こずらせてくれた妹にはオシオキが必要よね」
「ええーっ!?」
完全に八つ当たりである、……とは言えないでしょ。面倒な案件を押し付けてあたしをストレスという見えない物で押し潰そうとしてるわけだし。たまには自分で解決しろおおおおおっ、このバカシスターァァァ!!
◇
ランちゃんを意識し始めたのはいつだろう?
私は家庭の事情でランちゃんや怜佳お姉ちゃんと一緒に過ごすことが多かったから、最初は姉妹みたいな気持ちだったはずなんだけど。
いつしか心の中に芽生えた不思議な気持ち。それが恋だって自覚しちゃったあの夏。迷惑かけると分かっていながら私は怜佳お姉ちゃんに相談することを決めた。決めるまでに一週間かかったけど。
迷ったら立ち止まってしまうのが私だ。一週間なんて私からすれば早い方。下手をしたら一年くらい誰にも相談できずに苦しんだ可能性だって……。
それに比べてランちゃんは真っ直ぐすぎる。
怜佳お姉ちゃんが裏から大魔王よろしく操っていることは知ってたけど、目標に対しては本当に一直線。障害物があれば跳ね飛ばし、壁があればぶち壊す。そういう力技なスタイルだけど、ランちゃんは絶対に止まらなかった。
諦めてるランちゃんとか止まってるランちゃんを見たことがない。そういう姿に私はきっと憧れた。ランちゃんみたいになりたいと思った。
でも、……私じゃランちゃんにはなれない。
ランちゃんを目指そうと思っても、その見て分ってしまう「背の高さ」が私の心に邪魔をしてくる。そんな身長で彼女を目指すなんて到底無理だと。諦めろと。
なれないのなら……。せめてランちゃんが、欲しい。私にとってランちゃんの代わりは存在しない。怜佳お姉ちゃんですら代替物にはなりえない。ランちゃんは、世界に一人しかいない。代わりはない。ああ、どうすれば……。
どうすればランちゃんは私のことを好きになってくれるのかな。
「1年くらい待って」
「ふぇぇ……長いよー。そんなに待つのはちょっと、……すごく苦しいよ」
「じゃああたしなんか頼らずにさっさとコクれば?」
「うー……」
「嵐子の気持ちと思考があたしにはエミュレートできないから、本人を観察するしかないもの」
「仕方ない、よね……」
「大丈夫。あたしはまゆゆちゃんの敵にはならないから」
そこは味方だよって言って欲しかった。言って欲しかった!
それから凄く長い時間が経過した。一日千秋とは言わないけど、五年分くらいの時間の中に閉じ込められたみたいだった。
4月21日。
憂鬱な身体測定から二週間ほど後に訪れるこの日は、私にとっては特別な日。あっさりばらすと私の誕生日なんだけど。お父さんは当然のように仕事で遅くなる。本当はお父さんと一緒にケーキを食べて、直接プレゼントを貰ってお祝いして欲しかった。でも、それを言っちゃったらワガママになる。お仕事を頑張っているお父さんに迷惑はかけられないよ。
だから、っていうわけじゃないんだけど、私の誕生日は一条家がお祝いしてくることになっている。一条家の人達にはお世話になりっぱなしで頭が上がらないよ……。怜佳お姉ちゃんもランちゃんも気にするなって言うけど、やっぱり迷惑かけてる自覚はあったから。お祝いしてくれるのは嬉しいけどちょっと複雑な気持ちだった。
一条家から招待状が届いたのは一週間前の4月14日。
去年は怜佳お姉ちゃんからメールで連絡を貰って、電話で話したんだけど……。今年はどういうわけかおしゃれな封筒で届いた。ハートのシールが貼ってあってなんだかラブレターみたいだなーと思いながら封を切る。
「あ、これランちゃんが書いたんだ……」
おばさんに言われたり、怜佳お姉ちゃんに誘われたことはあったけど、ランちゃんに招待されたのはこれが始めてだ。今までは私の誕生をランちゃんの家で祝うのが当たり前だとランちゃんは思ってたんだろうなー。じゃあ、今年はどうしたんだろう?
……怜佳お姉ちゃんからの報告だと上手く言ってるってことになってるけど。本当のところは分からない。この招待状はランちゃんの意識が昔と変わったことの表れだと思っていいのかな……。ちょっとくらい期待しちゃってもいいのかな……。
そうして一週間、期待と不安がせめぎ合って眠れない夜を過ごした私がいた。遠足の前日、興奮して眠れない子供。そういう気分を一週間も味わうことになるなんて……。
「まゆゆちゃん、来てくれてありがとう!」
「むしろそれは私のセリフだよー。呼んでくれて、ってうか毎年毎年お祝いしてくれてありがとう!」
誕生日以上に特別な記念日になるかもしれないので服装は気合をいれてきたし、ちょっと背伸びして失敗しない程度のメイクもしてきた。
どう、ランちゃん!? 私、カワイイ?
「うんっ!」
テーブルの上にはホールケーキを始めに様々なご馳走が並んでいて私の鼻孔をくすぐる。用意してくれたのは一条家の人達だけど、主役は私。私なんだよね。
「怜佳お姉ちゃんとおばさんは?」
「お姉ちゃん達は用事があるってどこかに出掛けちゃったよぉ」
「ええっ!?」
調理中とかじゃなくて、いないの!? どういうことですか怜佳お姉ちゃん!?
あ、でも……。これってランちゃんと二人っきりになれるように演出してくれったってことなのかな。もしや、怜佳お姉ちゃんはこのタイミングで私にコクれって言ってるのかなー……。えええええ、流石にそこまでは心の準備ができてないよ!?
「ケーキ切っちゃうよぉ。それとも蝋燭さして吹き消すやつやる?」
真っ白な生クリームでコーティングされたスポンジの上にイチゴが綺麗に並べられている。真ん中には「おたんじょうびおめでとう」のメッセージが入ったチョコレート。よくある市販のショートケーキだね。……どうしてカット済みケーキじゃないのかな?
「二人でホールケーキ1個って……? それに、二人だとこの料理多いよねー!?」
「全部造花みたいなものだから大丈夫だってお姉ちゃんが言ってた!!」
「全部ちゃんとした食べ物だよ。食品サンプルじゃないからね!!」
怜佳お姉ちゃんを信じていいんだよねっ!? 今までは無条件に信じようって思ってきたけど、大丈夫なんだよねっ!? ここまできて疑いの余地が出てくるなんて恐怖だよっ!
「切っていい?」
早くカットしたくてたまらないオーラが滲み出てるよランちゃん。GO、NOGO判断はGOで。「よーし!」と気合を入れるランちゃんは主役の私よりも楽しそうだね。
「このくらいでいいかなぁ」
わざわざお湯を用意してナイフを温め、フキンで水気を切ってからカッティング。ランちゃん何気に手際がいいけど、普段料理とかしてるのかな。
少なくとも私が知る限りだと洗濯くらいしか家事はできなかったはずなんだけど。調理実習の時はどうだったろう? 同じ班になれていれば分かったのに……。
「改めまして、まゆゆちゃんお誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
ランちゃんの手でカットされたケーキを一口パクリ。
うん、甘くて美味しい。他の料理には目もくれずにケーキを口に運んだ。いつものお店で買ったケーキなんだと思うけど、ランちゃんがカットしてくれたと思うだけで心臓の鼓動が加速する。
ちょっと落ち着こう私。これじゃあ上手くいくものも失敗しちゃうよ……。
「お待ちかねのプレゼントだよっ!」
「このタイミングなんだ」
「うん」
お互いがケーキ一つを食べ終えたところで、ランちゃんが近付いてきて赤い包装のプレゼントを手渡された。小さくて軽い。なんだろう? 開けてみるとそれは、白と青のリボン。
「わぁ、新しいリボン。ありがとうランちゃん」
「うん。えっと、それとね……」
「……どうしたの?」
私の目をじっとみて、うーんとうなって、そして再び私と目を合わせて、
「まゆゆちゃん、大好きだよぉ! だから、その……私の彼女になって!」
「ふぇ…?」
プレゼントを貰った直後にランちゃんが言った言葉。それの意味を一瞬理解できなかった。
だって、ランちゃんだよ? 不意打ちすぎたし、そんな言葉がランちゃんから出てくる可能性なんて一ミリだって考えてなかったよ。
「えええええええええええええ!?」
ランちゃんが、私に告白……!? 怜佳お姉ちゃんやりすぎ、どう考えても仕込みがおかしい!! 今までのあれこれは私が告白する舞台を整えるためのものだと思ってよ!!
ま、まさかランちゃんを意識改革して私にコクらせるなんて、とんでもないお人ですねーっ!! この瞬間怜佳お姉ちゃんは敵に回したくない人ランキングの一位に君臨した。
「まゆゆちゃん、私いっぱい考えたの。お姉ちゃんにも手伝ってもらっていっぱい考えたの。それで遅くなっちゃったけど、やっと気が付いたの。私はどうしようもなくまゆゆちゃんのことが好き。だから――」
「待って、ランちゃん」
ランちゃんを見上げながら、ランちゃんの目をしっかりと見ながら。
「ランちゃん椅子に座って私の目をしっかり見ながらもう一度言って」
しょうもないことで仕切りなおしした気がするけど、これは大事なことだから。……同じくらいの高さで目が合った。さあ、言って。私にランちゃんの言葉を頂戴!
「設楽繭花さん。嫌じゃなかったら……私と付き合ってください! 恋人になってください!」
答えなんて……ずっと昔から決まってる。
私の目の前に表示されている選択肢は「YES」と「はい」の二つだけ。「NO」も「いいえ」も「キャンセル」もない。そして今、私とランちゃんに背の高さという壁はない。
1メートルにも満たないその距離を近付いて、ランちゃんの唇にそっと私の唇を重ねた。
なんとなく読まれてたんだと思う。だってランちゃんってば驚きもせずに目を閉じるんだもん……。キスした私が恥ずかしいよ……。
「ふ、ふつつかものですがよろしくお願いします」
私のファーストキスは、クリーミーでとっても甘かったよ。でもね、ケーキを食べてなかったとしても、きっと甘かったんだとと私は信じてる。
ねえ、ランちゃん。私、ランちゃんのこと大好きだったんだよ。二年も前から大好きだったんだよ。私の想いに気づいてくれないランちゃんが私に抱きついてくる、その時どんな気持ちだったか分かる? ランちゃんが私を避けてる見たみたいだった時、私がどれだけ苦しかったか分かる?
ランちゃんランちゃんランちゃん!
でもね、全部許してあげる。許してあげるから……。ようやく想いが通じて、私。……嬉しくて涙が。
「リンゴみたいだよまゆゆちゃん。ところで、ふつつかものってなーに?」
もうランちゃんってば……。
「そこは涙につっこむところー」
嵐子ちゃんはやっぱり嵐子ちゃんのままだったよ……。でも、こんなに嬉しい誕生日を迎えられるなんて思ってなかった。誕生日が記念日なんだって、やっと思えるようになったよ。
ランちゃん、怜佳お姉ちゃん。ありがとう。
◇
どこかに出掛けたフリをして、実はお隣の設楽家にいたあたし達。
大人達に事前に話を持っていったりと結構面倒だったんだけど、その甲斐はあったんだと思う。おつかれさまあたし。よくがんばったわねあたし。みんな大好きハッピーエンドってね。あたしは無理矢理ハッピーエンドにするくらいなら、いっそそのままバッドエンドになれよって思う派だけど。不自然なご都合主義なんて認めないわ。奇跡も魔法もないのよこの世界には。
当日は予想通りにケーキも料理も大量に余ったらしく、全部冷蔵庫に放り込まれていた。あとで裏方担当のスタッフ(あたしやお母さん)が美味しく頂きました。シチュエーションを飾りつけるって意味じゃこの料理の価値なんて造花みたいなものでしょ。
あー見ているだけで砂糖吐きそう。なんだあの幸せオーラ全開の妹は……!
恋に溺れて堕落するかと思いきや、バレーボールは普段どおりだし。というかまゆゆちゃんが応援したりするせいか余計に張り切ってる感じだし?
なんかむかつくわね。カップル爆発しろっ! いや、爆発するのは嵐子だけでいいか。木端微塵に消し飛ぶがいいわ。まゆゆちゃんはあたしが貰ってあげるから。
「ふぇえええええええええええ!」
そんな鳴き声を撒き散らしながら少女は逃げているわ。青と白、違う色のリボンで結んだピッグテールを揺らしながら。どうやらその少女、50メートルを8秒で走るらしいのよね。
「逃げるなコラ! さあ白状しなさい。どうやって嵐子とラブラブしてるのか洗いざらい吐きなさい! フフフフフ……」
「ランちゃんに聞いてよー!!」
「ダメよ。あいつに聞くとスーパーノロケモードに入ってあたしをガッチリホールドして逃がさないようにしてくるんだからっ……! まさか付き合い始めた途端にあんなふうになるとは思わなかったわ! いや、嵐子だし考えて置くべきだったわね……。 やっぱり妹はちっちゃい方がイジメ甲斐もあっていいわ。さああんたの口から聞かせなさい。あんた達の恥ずかしい話をっ!」
「本音が漏れてるよーっ!!」
「もうキスはしたの? 給食であーんとかしてるの? それともあたしには言えないようなことまでもうやっちゃったのかな~?」
「凄く楽しそうだねっ、怜佳お姉ちゃーん!?」
「名実ともにあたしはあんたのお義姉ちゃんってわけよね! フッフッフッフ」
「あっ、ランちゃん助けて!! 怜佳お姉ちゃんが私をいじめるのっ!!」
「あっ、なんてことを!!」
デカイ妹がやってきた。壁と言っても過言ではないわ。
「まゆゆちゃんに手を出すならお姉ちゃんでも許さないよぉ!!」
「嵐子って給食であーんってやり取りしてるんでしょう?」
「まゆゆちゃんから聞いたの?」
「ちょっ――」
「ほほー」
「ふぇえええええ」とその場で頬を桜色に染める義妹。フッフッフ。
嵐子は単純でいいわ。今度はまゆゆちゃんとセットでいる時に嵐子を質問攻めにしましょう。まゆゆちゃんには直接攻撃じゃなくて、こういう間接攻撃の方が効果ありそうだし。
「ランちゃぁん……怜佳お姉ちゃんがいるところでそういう話はメッだよ!」
「怜佳お姉ちゃんにこれ以上余計なことされなくなる方法私知ってるよぉ」
「……なんですと? あたしを無力化するですって」
「うん、こうやって」
「えっ……!?」
嵐子は驚くまゆゆちゃんに一方的にキスをしていた。
あー、なるほどー。これはー、むかつくわー。見せ付けてくれちゃって!
まゆゆちゃんの方も驚いていたのは一瞬で、顔を赤くしながらもそのキスを堪能していた。
お二人とも随分と幸せそうなことで。
はぁ、もういいわ。こんな光景見せ付けられた後じゃまゆゆちゃんの話なんて聞いても「威力」に欠ける。というか寧ろ精神ダメージになりかねないわね……。
嵐子はちらりと視線をあたしに向ける。
その眼は何よ! え? 悔しかったらキスできる相手をさっさと見つけてみせろですって!? 嵐子の分際で! 嵐子の分際でええ!!
「おぼえてなさいよおおおおおお!!」
初めてのれいかダッシュ。50メートル9秒3です。あたしもそろそろ新しい恋、……さがしてみようかな。
◇
「あんたのそれには明確なる解がある。もう間違いないわ。このあたしを手こずらせてくれた妹にはオシオキが必要よね」
「ええーっ!?」
そしてお姉ちゃんに思いっきり頬を叩かれましたああぁぁぁ……!! バシィィィンってバレーボールにアタックしたみたいないい音が私の顔から!!
「いい加減気づけ! 自覚しなさい! そんな無自覚無意識のままでどうしていられるのよっ!!」
「そ、そんなこと言われてもぉ……」
ぐはっ……! 容赦のないお姉ちゃんのパンチがお腹に! もう、やだよぉ……。
「立て。そんなふうに崩れ落ちてないで立ちなさい」
お姉ちゃんに、相談なんて、しようと思わなければ……よかった。でも、するって決めちゃったもん……。私じゃ解決できないって思っちゃったもん……。立てば、お姉ちゃんは。協力してくれるんだよねっ!! 立てば、答えを教えてくれるんだよねっ!! そうなんだよね!! おねえちゃああああああん!!
やけくそになって立ち上がった。
「うあああああああああああ!!」
そしてそのままお姉ちゃんに飛び掛った。椅子から転げ落ち、私と一緒に床の上を転がりました! 痛いけど、痛いけど!! さらには今の衝撃でチョコレートの粒が大量に飛び散りました!
「あんたはっ!! 何してくれんよっ!」
馬乗りになってお姉ちゃんを睨みつけた。こんなことしにきたんじゃないって心では分かってるのに感情が暴走してる。
「いった……ぁ」
お姉ちゃんの目に僅かながら涙が浮かんだ。私は、まゆゆちゃんだけじゃなくてお姉ちゃんまで泣かせちゃったんだね……。
「そんだけ動けるんだったら……その分のエネルギーを頭にまわせええええええええ!!」
「うわわっ!?」
有り得ないよっ!? 私の方が体だって大きいのに無理矢理押しのけるなんてっ!! バランスが崩れて今度は私の方が倒れました。
「はぁ、はぁ……。あんたみたいなバカには……」
お姉ちゃんが怖い顔で私を見てる……。このまま踏みつけられても文句言えないことをした自覚はあります。でもお姉ちゃんはしませんでした。
「単刀直入にシンプルにだっけ……」
「何よっ、お姉ちゃん!!」
ありったけの勇気を振り絞って叫んだ。それに意味なんてないけど。どうせ最初から私の行動に意味なんてな――
「まゆゆちゃんのことが好きなんでしょう!!」
まゆゆちゃんカワイイ。まゆゆちゃん大好き。それは鋭い刃で胸を突き刺されたような衝撃でした。
「認めなさいよ!! 変な言い訳なんかいらないから好きだっていってみなさいよ!!」
「好きだよ、凄く好きだよ!! 大好きだよぉ!!」
「あんたが抱えてる爆弾みたいなその気持ち! 友情じゃないでしょう! それはもうどう考えても恋じゃない!」
「……恋? これが恋なの」
「それがどうして分からないのよ!! このバカ!」
「だ、だって……私。恋なんてしたことないもぉぉぉん!!」
ぽろぽろと涙が零れ落ちました。
これが恋なの……? 恋ってこんなに苦しいの? こんなにおかしくなっちゃうの?
「恋でしょ。ずっとまゆゆちゃんといたいんでしょう、抱きしめたいんでしょう、キスだってしたいんでしょう!!」
「したいよっ、全部したいよっ!!」
そうすれば私は満たされるって、心がぽかぽかになるって分かっちゃったもん。
「私は、どうすればいいのお姉ちゃん!」
「しょうがないわね……もう。あたしがシチュエーションを整えてあげるから、あとは好きにしなさい。だから絶対に釣り上げるのよ。いいわね!?」
そんなことがあって、まゆゆちゃんのバーステーパーティ大作戦が実行されました。お姉ちゃんの裏方仕事っぷりに感激すら覚えます! ありがとうお姉ちゃん!
「設楽繭花さん。嫌じゃなかったら……私と付き合ってください! 恋人になってください!」
ありったけの勇気を振り絞りつつ、私はついにまゆゆちゃんに告白しました。「失敗することなんて考えずに全力で当たって砕けてきなさい」ってお姉ちゃんにも言われたので後のことは考えてません!
だから、
まゆゆちゃんが顔を近づけてきていると認識した時、私はすごいビックリしました。それで目を閉じちゃったもん…。結果的に正解だったみたいだけど。「キスする時は目を閉じろ」ってアドバイスも貰ってたから。
目を瞑らないと、目の前に大好きなまゆゆちゃんの顔があるってことだから……。は、恥ずかしいよぅ……。
とにかくこれが私とまゆゆちゃんのファーストキス。私が意識しないで求めてたもの。私が意識してから絶対に欲しいと思ったもの。
まゆゆちゃんの心。……キスしてくれたんだし、返答はオッケーってことだよね? ……嬉しい!
「ふ、ふつつかものですがよろしくお願いします」
真っ赤な顔で下を向きながらそんなことを言う。ああもう、まゆゆちゃんカワイイなぁ! カワイイなぁ! と思っていたら、まゆゆちゃんの瞳からポロリと落ちる雫が見えました。もしかして、まゆゆちゃんも私のことをずっと想っていてくれたのかなぁ。だとしたら凄く嬉しいなぁ。
「リンゴみたいだよまゆゆちゃん。ところで、ふつつかものってなーに?」
「そこは涙につっこむところー」
不束者の意味は知ってたけど、それは内心の舞い上がりたい気持ちと、恥ずかしさを隠すための犠牲になってもらいました。もう、何も思い残すことはありません! 死んでもいいですぅ!! ヤッホー!! まゆゆちゃんを思いっきり抱きしめました。プレゼントは私だよーっ!
「最高のプレゼントだよ、ランちゃん」
そして楽しい嬉しいハッピーな日々が始まって数日後のある日。
なんやかんやでお姉ちゃんにキスシーンを見せ付けてあげたら、テレビの悪党みたいなセリフを叫びながらどこかに走っていきました。
お姉ちゃんっていう最終ボスをやっつけた今、春の柔らかな日差しがまるで私達を祝福してくれてるみたい。
これはお姫様をつれて家に帰ればいいんだよね! 続きはお家で!
「まゆゆちゃん今、幸せ?」
「勿論だよ。でもね、夏休みにはもっと幸せになってる予定」
「夏休みなんだぁ」
「二人でいろんなところに行けるといいね。それと、インターミドル。私のために勝ってね!」
「うん、任せて! どんな相手でも容赦しないでボコボコにして全一になるもん!」
「私は頑張ってるランちゃんが大好き!」
「私はどんなまゆゆちゃんでも大好きだよぉ!」
そして、私達は再び一つになった。
学校ではまゆゆちゃんが凄く恥ずかしがるからキスしたことはないけど、インターミドルで一番になったら……。
その時は、公にやっちゃってもいいよねっ! 私頑張るよぉぉ!!