第二話
僕がスクランブルエッグに醤油をかけたのを確認して、妻はデザートのヨーグルトを運んできた。キッチンに帰るとき、空いたパンの皿を決まりきった物々交換みたいに持ち去っていった。
早速妻は洗い物を始める。昨日僕が水道水に浸すのを忘れたカレーライスの皿を洗っているのか、わざとらしく音を立てていた。彼女は文句を言わない。言わないだけだ。
「歯磨きセットはどこだっけ」大体見当はついているが聞いてみた。
「洗面台の二番目の棚よ。昨日言わなかったかしら」
そういえば、昨夜寝室に入ろうとしている彼女が早口にそんな事を言っていた。
「そうだったね。忘れてた」
「下着はクローゼットの脇に置いておいたから。あのポロシャツも出しておいたわ」
「ありがとう」
「招待状はカバンに入れた?」
「入れた」
会話の間も妻は洗い物を続けていた。ほんの数年前まで、彼女は何かをしながら別の何かをできる女性ではなかったはずだ。それは僕の思い違いなのかもしれないし、それは彼女が良き専業主婦になった事なのかもしれなかった。どちらにしろ彼女は彼女と言うより、妻に近くなっていた。たった十年余りの歳月でも、それくらいの変化をもたらす事はできた。
目の端に掛け時計がチラついたのでスクランブルエッグをかき込んだ。九時半までに家を出ないと間に合わないらしい。妻が「おはよう」と言った直後、そう教えてくれた。彼女は実に手際がいいのだ。僕が先に死んだら、きっと彼女は帰りのホームルームの高校教師みたいに喪主を務めてくれるだろう。
それなりに穏やかな朝だった。千切りとった雲の上に、絵の具のように青い空が被さっていた。
時折、窓から見える道路を車が走り去っていった。そのたびに青色がわずかに白ばんだ。
故郷の空は、青いままだろうか。