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妖刀を継ぐ少女ユイカの物語

異世界で出会った従兄が、ヒロインを秒で諦めた話

作者: *ほたる*
掲載日:2026/06/05

 朝。


 館裏の練習場で、結花は一人、桜を顕現させていた。

 淡い光を帯びた刃が、朝の空気を静かに裂く。


 踏み込み。

 振り下ろす。


 その瞬間――

 空気が、ぴしりと歪んだ。


 光が、弾ける。

 思わず振り返る。


 館の裏屋根の上。

 どん、と鈍い音が響いた。


 瓦を擦る音。

 人影が、屋根を滑り落ちてくる。


「危ない!」


 結花が駆け出す。

 影は体を捻り、受け身を取りながら地面に転がった。

 砂埃が舞う。


「……っ、いてぇ」


 ゆっくり顔を上げる。


「今度はどこだよ、ここ」


 茶色の髪。腰には刀。

 ふと、目が合う。

 黒い瞳――


 その瞬間。

 風が、ふわりと舞った。


 心臓が、強く跳ねる。


 目の前に立っていたのは、

 刀を携えた少女。


 黒髪が風に靡く。

 朱色の簪が、きらりと光った。


 驚いたまま、まっすぐこちらを見つめている。


 ……か、かわいい。


 思わず頬が熱くなる。


 言葉が出ないまま固まっていると、

 少女が気遣うように声をかけてきた。


「あの……怪我は、ありませんか?

 屋根から落ちてきたみたいですけど……」


 優しい。

 可愛い上に、優しいとか反則だろ。


 いつもは訳の分からない世界に放り込まれて、

 理不尽な目にしか遭わないのに――


 今回、当たりじゃないか?


「いや、大丈夫大丈夫。

 俺、慣れてるし。受け身もちゃんと取れたからさ」


 そう言って、すくりと立ち上がる。

 服についた砂埃を払う。


 少女は、ほっとしたように微笑んだ。

 その笑顔に、また胸が跳ねる。


「……俺、武藤飛葉。

 ショウハでいいよ。よろしくな」


 軽く手を差し出す。

 その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。


「……武藤?」


 動きが止まる。

 どうした?


「ああ、苗字。俺の。……君は?」


 首を傾げて問う。

 彼女は一瞬、躊躇い――それから口を開いた。


「結花。……武藤、結花」


 胸の奥が、わずかにざわつく。


「あなた、もしかして……分家の――」


「ユイカ!」


 若い男の声が、鋭く響いた。


 館の曲がり角から、必死な顔で駆けてくる。

 揺れる茶色の髪。

 真っ直ぐにこちらを射抜く、赤い瞳。


「……ユーリスさん」


 彼女の頬がわずかに染まる。

 青年は迷いなく間に入り、結花を庇うように前へ立つ。


「……今の光は?お前……何者だ?」


 低く、鋭い声。

 赤い視線が、まっすぐ飛葉を射抜く。


 その背で、結花の指先が、そっと青年の袖を掴んだ。


 ――ああ。

 そういうことか。


 飛葉は小さく息を吐いた。

 こりゃ、俺の出る幕ないな。


 結花が一歩前へ出る。


「ユーリスさん、大丈夫です。彼は――」


 視線を向けられ、飛葉は肩をすくめた。


「怪しいもんじゃないよ。

 多分……彼女の血縁だ」


 その言葉に、青年の目がわずかに見開かれた。



 縁側で、団子をつまみながら三人は並んで腰掛けていた。


「……従兄?」


 結花が首を傾げる。


「ああ。俺、ほとんど家に帰らないからさ。みんな忘れてると思うけど」


 飛葉は団子を一口かじり、自嘲気味に笑った。


「あ……」


 結花が、はっとしたように顔を上げる。


「そういえば、深兄が言ってました。従兄に、界渡りの能力を持つ人がいるって……それが、あなた?」


 飛葉は団子をもう一口かじった。


「勝手に飛ばされるんだよ。自分じゃ制御できない」


 少しだけ視線を遠くへ向ける。


「どれだけ異世界に行ったか、もう覚えてない」


 そう言って、また笑った。


「まさか異世界で身内に会うとは思わなかったけど……」


 飛葉は結花へ視線を向ける。


「君、妖刀継承者の結花ちゃんでしょ?

 俺の記憶じゃ、まだ五歳だったはずだけど」


「五歳?」


 結花が瞳を丸くする。


「……ああ。多分、時間軸がずれてるんだろうな。

 俺と、君が飛ばされた時期が違う」


 軽く言う。

 けれど、どこか他人事のようでもあった。


 湯呑みに口をつけようとして、空だと気づく。


「あ」


「おかわり、持ってきますね。待っててください」


 結花は自然に立ち上がる。


「悪いな」


 湯呑みを受け取るとき、指先が一瞬触れた。

 ほんのわずかな温もり。


 ――どくん。


 心臓が、跳ねる。

 結花は気づいた様子もなく、厨房へ向かっていった。


 飛葉はその背を、少しだけ長く見つめる。


 草花が、風に揺れる。

 一瞬の静寂。


「ショウハ」


 それまで黙っていたユーリスが、低く口を開いた。


「……身内でも、ユイカは譲らない」


 赤い瞳が、まっすぐ飛葉を射抜く。

 飛葉は一瞬目を見開き、やがて苦笑した。


「心配すんなって」


 視線を少しだけ逸らす。


「結花が誰を見てるかくらい、分かる」


 短く息を吐く。


「……諦めるのは、慣れてる」


 そう言って前を向く。

 その横顔を、ユーリスはわずかに瞬きしながら見つめた。

 それ以上は、何も言わなかった。


 一か月後――


「……行っちゃいましたね」


「ああ」


 それだけで、会話は終わった。


 飛葉は“客人”としてヴァルガスの館に滞在していたが、ある朝、ふいに立ち上がった。


「帰る準備が整った。そろそろ戻るよ。世話になった」


 軽い調子でそう告げる。


 裏の練習場――人目のない場所で、結花とユーリスは彼を見送った。


 別れは、あっさりしていた。

 光が弾け、飛葉の姿が消える。


 静寂。


「……飛葉さんか」


 結花は小さく呟く。


「日本にいるなら……もう、だいぶ大人なんですよね。なんだか、不思議」


 会えるかどうかも分からない。

 それでも、深兄に聞けば何か分かるかもしれない――


 そんなことを考えていると。

 不意に、肩を引き寄せられた。


「……!」


 ユーリスの腕。

 頬が、じわりと熱を帯びる。


「……ユーリスさん?」


 見上げると、ユーリスは飛葉が立っていた場所を見つめていた。


「……そのうち、また来る」


 低くつぶやく。


「血縁だ。……気になるのは当然だ」


 その言葉に、結花は目を見開いた。


 ……確かに。

 そのうちまた、ひょっこり現れるかもしれない。

 あの、困ったような笑みを浮かべて。


 結花は、そっとユーリスの肩に額を預けた。


 一瞬の間。


 抱く腕に、わずかに力がこもる。

 何も言わない。


 ただ、風だけが、二人を包むように静かに通り過ぎていった。



ここまでお読みいただきありがとうございました☘️


次回は来週金曜21時頃、「結花の小話集」を更新予定です。


未来息子シリーズも、夏に公開予定です。

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