第9話 ブラッドレイとの邂逅
氷の魔槍が、俺が飛び込んだ穴の周囲の岩盤を叩き、激しい爆発音がした。冷気が背後から迫り、俄かに身体が震える。
俺は【掘削】で開けた穴を、勢いに任せに滑り落ちていく。通路ではない、岩と岩の隙間を繋いだ天然の空洞だ。身体は何度も岩に打ち付けられたが、【鉄の皮膚】が衝撃を吸収してくれる。
ある程度、落下の勢いが緩んだところで、俺は岩肌に手を突けた。
「【地脈探知】」
頭の中に再び、ダンジョンの地盤図が映し出される。天然の空洞は、どうやら下の階層へと続く複雑な亀裂群に繋がっていたらしい。ここを進めば、フィオーナたちが辿る正規ルートから完全に外れて、さらに深部へ進める。
「追って来られると厄介だな。崩しておくか」
油断は禁物だ。「天空の盾」の奴らの気配は感じなかったが、相手はSランクギルドのメンバー。俺のルートを解析する手段を持ち合わせているかもしれない。
俺は鶴嘴を構え、先程滑り落ちてきた天然の通路の付け根を【掘削】で破壊した。
ドゴォン! と塵芥が舞う。
来た道は完全に瓦礫で塞がり、追跡不能なバリケードとなった。
「この下に穴を開けるとダンジョンの正規ルートだな……」
俺は【地脈探知】で、空洞の下の正規ルートに繋がる岩盤を見つけ、何度目かの【掘削】を使った。
岩盤に穴が開き、広い人工的な通路に出る。
「しかし、随分と下の階層まで来てしまったな。ブラッドレイさんを追い越してたら、どうしよう……」
思わず独り言が出た。
フィオーナたちから逃げるのに必死でとにかく距離を稼いだが、一気に三階層ぐらい下に来てしまったようだ。
進むべきか、戻るべきか、一瞬悩んだが、俺はすぐに答えを出した。
「時間が惜しい。蟲に頼るか」
【蟲師】時代の終盤に覚えたスキル【百蟲の耳】を発動する。
しばらくすると、ダンジョンの中に生息していた様々な蟲達が俺の傍に集まってきた。そして、声とも言えない声で様々な情報を俺に伝え始める。
雑多な情報の中から、人間に関するものを集める。蟲の声は曖昧だ。それを整理し、何度か蟲達に質問すると、大枠が見えてきた。
「……ブラッドレイさんはこの階層にいるな……」
俺は【地脈探知】と【百蟲の耳】で、ブラッドレイさん達の場所を特定した。
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「なんだ、この振動は? 『死者の揺篭』で何が起きている?」
「死者の揺篭」、第七階層の一室。宝箱が設置された安全地帯に三人の男の姿があった。一人は白髪交じりの偉丈夫。残りの二人は冒険者風の若者だ。
三人ともダンジョンを揺るがす振動に顔を蒼白にする。
「新たな刺客かもしれません」
若者の一人が険しい表情で告げる。
「ブラッドレイ伯爵だけは、何としてでもお守りします」
もう一人の若者が決意を改にした。しかし、その顔に余裕はない。
「私の命はどうでもいい。重要なのは私が集めた情報を『あの方』にお渡しすることだ」
ブラッドレイの言葉に若者二人は眉を寄せた。
「申し訳ございません。我々が力及ばず……」
「自らを責めることはない。あの牢屋に侵入し、私を外に出しただけで奇跡なのだ。いずれ、近衛兵達も諦める。そうすれば、お前達のどちらかが王都に戻って『あの方』に情報を渡してくれ」
二人の若者は深く頷いた。その時──。
部屋のドアノブがガチャガチャと回される。鍵が掛かっているようで、扉が開くことはない。
若者二人は短剣を構えて息を呑む。
ドアノブを回す音がなくなった。部屋の中に三人の呼吸音が響く。
ドゴォン! と音が鳴り、ダンジョンが震えた。壁に大穴が空いて塵芥が舞い、その奥に人影が浮かぶ。
若者二人が短剣を強く握り、鋭く構えた。呼吸を止め、斬りかかるタイミングを計る──。
「すみませーん。闇ギルドですが、お手紙を届けに参りました~」
部屋に飄々とした声が響いた。穴の向こうから現れたのは、赤茶けた髪に浅黒い肌をした男。まるで漁師のような風貌だ。
「あの~ブラッドレイさんですよね」
「あぁ……。そうだ。君は?」
「ウォルトっていいます」
ブラッドレイ伯爵は若者二人に目配せをする。二人は警戒しながらも、短剣を収めた。
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うわ~。めちゃくちゃ警戒されちゃってる~。やっぱり壁をぶち抜いたのが悪かった……。でも、ドアの鍵閉ってるし、仕方ないよね。
さっさと仕事を終えて帰ろう。
俺は背負っていたリュックを前に廻し、中から荷物を取り出すフリをして【収納空間】を発動。サシャから渡された手紙を手に取る。そして、壁際に腰を下ろすブラッドレイさんに近付いた。
お付きの若者二人が眉間に皺を寄せて警戒している。
「これ、お手紙です」
「あぁ。ありがとう」
ブラッドレイさんは手を震わせながら、手紙を受け取った。中を透視するようにじっと睨む。そして観念したように封を開き、手紙を読み始めた。
読み進めるうちに、ブラッドレイさんの目尻から大粒の涙が溢れ出した。
「ああ……もったいないお言葉、私はもう……」
ブラッドレイさんは泣き崩れながら、手紙を胸に抱きしめた。その姿は、近衛兵に追われる重罪人という雰囲気はない。
しばらく余韻に浸った後、ブラッドレイさんは涙を拭い俺に向き直る。
「受け取った手紙への返事を書かせてもらう。待っていてくれ」
ブラッドレイさんはお付きの若者から紙とペンを受け取り、丁寧に一文一文を書き記した。また、瞳に涙が滲み始める。
そして、全てを書き終えると、しっかりと封をした。涙はすっかり乾いている。
「もう一つ。これを依頼主へ届けて欲しい」
そう言って、ブラッドレイさんは自分の口に右手を突っ込んだ。
ええぇぇ……!! 何が始まるの!? 完全に想定外なんですけど……!? お付きの若者二人に視線を送ると、二人も目を丸くしている。
「おぉぉおお……」
ブラッドレイさんが苦しそうにしている。なんだかこちらが悪いことをしているような気分になる。
「おぉぉおおおお……!!」
ガバッ! っと音を立てて出てきたのは掌サイズの水晶だった。ブラッドレイさん、こんなものを口の中にいれていたのか? どうやって会話していたんだ?
「ハハハ! 驚かせて済まなかったな。実は私の奥歯には【収納空間】が仕込まれているんだ。貴重品は全てそこに仕舞っているのだよ」
ブラッドレイさんは水晶を布で拭いながら、俺に笑顔を向けた。苦笑いを返す。
「この水晶と手紙を頼む」
一瞬、躊躇ったが、これは仕事だ。慎重に水晶と手紙を受け取り、さっと【収納空間】へしまった。
その様子を見て、ブラッドレイさんは立ち上がった。
「これで、心置きなく戦って死ねる」
ブラッドレイさんの言葉に若者二人も頷いた。しかし、俺には理解できない。
「なんで死ぬ必要がある?」
「近衛兵がこの『死者の揺篭』を封鎖しているんだ。ウォルト君は特殊な能力でここまで辿り着いたのだろうが、我々はそうはいかない。飢え死にするぐらいなら、戦って死ぬまで」
ブラッドレイさんは諦めたように、ダンジョンの天井を見上げた。その顔は酷く寂しそうだ。
なんだろう。凄く違和感がある。確かに俺の受けた依頼は「手紙を届けて、荷物を受け取る」だ。しかし、それ以上のことをやって駄目ということでもない。
俺はどうやら、人の諦め顔を見るのが好きではないらしい。
「……俺なら、全員を『死者の揺篭』の外に逃がすことが出来る。勿論、追加で報酬を貰えれば、の話だが」
肩に担いでいた鶴嘴の頭部を、カツン、と岩の床に叩きつけた。
ブラッドレイさんは驚いて俺の鶴嘴を見る。その鶴嘴が、壁を破壊して現れた原因であることを理解したのだろう。
「我々は足手纏いになるのでは? 確実に水晶と手紙を届けてもらうことを優先したい」
「ダンジョンの正規ルートを行くなら、確かに三人は足手纏いになる。しかし、俺が行くのは誰も知らない裏ルートだ。近衛兵の目が及ぶようなところではない」
ブラッドレイさんの瞳に光りが戻る。若者二人の目にも。
「……本当にいいのか?」
「もちろんだ。闇ギルドは正規ギルドより融通が利くんだよ」
「どうやら、そのようだな」
俺は地面に手をつき【地脈探知】を発動。地上へと繋がるルートを入念にチェックする。
「よし、行こう」
壁に空いた穴を出て、俺達は地中を這う最短距離の脱出ルートを掘り進み始めた。




