第7話 死者の揺籠
「そろそろよ」
艶かしい肢体に黒髪を這わせた女。闇ギルドの幹部であるサシャが、馬車の客室の窓から外を覗きながら、落ち着いた声で言った。
「早かったな」
俺は肘掛けに寄りかかり、薄暗い客室から外の鬱蒼とした森を見やった。
「馬じゃないからね」
闇ギルドが手配した客室を引くのは、【テイマー】が操る地竜だ。その筋力とスタミナは普通の馬の比ではない。山道をまるで平坦な草原を駆けるように進み、通常の半分の時間で、今回のターゲットが潜んでいるというダンジョン「死者の揺籠」に到着しようとしている。
「ダンジョンの周辺には近衛兵がいると予想されるわ」
サシャは手帳を開きながら、何の感情も込めずに恐ろしい情報を口にした。
「えっ? 近衛兵?」
俺は思わず声を上げた。依頼書には、そんな記載はなかったはずだ。
「聞いてないのだが?」
「あら、そう? でも依頼は『手紙を届けて、荷物を受け取る』だけ。衛兵との戦闘が含まれるわけではないわ。近衛兵はただ、ターゲットの逃亡を阻止するために周囲を固めているだけよ」
「……そろそろ、今回のターゲットを教えて欲しいんだが……」
サシャは悪戯っぽい瞳をして唇に指を当て、少し考えてから答える。
「ブラッドレイさんよ」
「知らねーよ。誰だよ」
「だからブラッドレイさん。髭を生やしたナイスミドルよ。ほら、これが人相書き」
手帳に挟んでいた紙を長い指に挟んで俺に差し出す。受け取って開くと、なるほど。確かにナイスミドルの人相書きがあった。
「近衛兵に追われるほどの重犯罪を犯したのか。ブラッドレイさんは」
「そうね」
俺はふう、と息を吐いた。今さら怖気づくつもりはないが、話が違うことには腹が立つ。
「トカゲのおっさんからは、楽な仕事だって聞いていたのに……」
「上手くやれば、近衛兵との戦闘は発生しないわ。ダンジョンの入り口はいくつもあるから、なんとかなる」
「サシャは?」
「私達はこの辺りに潜んで、ウォルトが戻ってくるのを待っているわ」
俺は舌打ちし、窓の外を見た。竜車が森の奥へと続く、岩肌の割れたような場所に停車する。すでに周囲は、アンデッド特有のカビ臭く湿った空気に満たされていた。
「さあ、行ってらっしゃい。成功を祈るわ」
「やるしかねーな……」
サシャに背中を押され、俺は静かに客室を出た。
俺の狩人のスキル【隠遁術】を展開しつつ、「死者の揺籠」に近付く。
あちこちに険しい顔をした鎧姿の男が立っている。近衛兵だろう。
【隠遁術】を強く意識し、足音すら消し去る。
近衛兵の目を盗みながら、岩肌にいくつもある亀裂の一つに身体を滑り込ませた。カビと腐肉の臭いが強くなり、鼻孔をつく。
俺は初めてダンジョンという存在に足を踏み入れた。
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「死者の揺籠」の内部は、その名の通り、瘴気に満ちていた。【暗視】を発動し、周囲の光量を補正する。ゴツゴツとした岩肌の通路が視界にはっきりと浮かび上がった。
中に近衛兵の姿はない。ただし、動く者の気配はある。通路の先から微細な空気の振動を察知し、俺は短剣を構えた。しばらく待つ。
ガチャ、ガチャ……。
金属が擦れるような音と共に、通路の奥から三体のスケルトンが現れた。生意気にも鎧姿だ。錆びついた剣と盾まで持っている。
「手紙を届けるだけの仕事ねぇ」
スケルトンの一体が、俺の姿に気が付いて眼窩の奥の青白い光を強めた。残念だがアンデッドには【隠遁術】の効果が薄い。これは【狩人】時代に学んだことだ。アンデッドの奴等は生者を感知する力を持っているらしいのだ。
三体のスケルトンは錆びた剣を振り上げ、ガチャガチャと喧しく俺に迫ってくる。先頭の一体の剣が振り下ろされた。
脳天に迫る錆びた刃を短剣の腹で受けると、俺は左手をスケルトンの頭部に当てる。そして【錬金術師】のあるスキルを発動した。
「【分解】」
スケルトンの頭が一瞬、ブレる。そして粉々になって形が崩れた。すぐに体も地面に転がる。
【分解】は物質を構成要素に戻すスキルだ。生物に対しては実行できないが、「生命力」を持たないアンデッドには効果覿面だ。頭部を【分解】してしまえば、アンデッドは糸が切れた操り人形のように、沈む。
残りの二体も綺麗に頭部を【分解】し、俺は「死者の揺籠」の先を目指す。ナイスミドル、ブラッドレイさんを求めて。
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「『天空の盾』のフィオーナよ」
「『天空の盾』のクライドだ」
馬車から降りてきた男女二人組は近寄る近衛兵達に対し、堂々とした態度で言い放つ。
「まさか、『天空の盾』のフィオーナとクライドがやって来るとは。国王は奮発したらしい」
近衛兵の中でも一番ベテランに見える男が、二人と対峙して歓迎する。
「中の状況は?」
「ブラッドレイ伯爵は脱走の手引きをした輩と一緒に『死者の揺籠』に籠ったままだ。どうやら奴等はアンデッドに攻撃されないアイテムを持っているらしく、我々を振り切ってダンジョンの奥に行ってしまった」
フィオーナとクライドは顔を見合わせる。
「そんなアイテム聞いたことがないわ」
「悪名高きブラッドレイ伯爵だ。そんな忌まわしいアイテムを持っていたとしても不思議じゃないだろ?」
「そう言われると、そうかもね」
クライドは金糸のような髪をかき上げながら答える。フィオーナもクライドも碧眼の美男美女。そこだけ切り取れば、パーティー会場のように華やかな雰囲気がある。
「『死者の揺籠』にはいつから潜る?」
ベテラン近衛兵の問いに、フィオーナとクライドの表情が引き締まる。
「そんなにゆっくりとしていられないわよね? 今から早速潜るわ」
「近衛兵から二人ほど、サポートメンバーを募りたい」
「もちろんだ」
ベテラン近衛兵が大きく息を吸う。
「聖騎士フィオーナ、賢者クライドと一緒に、伯爵狩りに行きたいやつは手を挙げろ!」
生きの良い若い近衛兵が殺到する。
結局、腕の立つ二人が選ばれ、「天空の盾」の二人と「死者の揺籠」へ潜ることになった。




