第6話 新たな依頼
暗い酒場「青い目」の奥にある一室。窓はなく、照明は灯りの魔道具の鈍い光だけだ。
サシャは革張りの椅子に座り、目の前に立つフードを深く被った人物を見上げていた。顔は見えないが、その身につけた装飾品と、周囲に漂う上品な香水の残り香から、市井の人ではないとわかる。
「早速ですが、依頼の内容を教えて頂けますか?」
サシャは丁寧で柔らかい口調で交渉を進める。その視線は相手を見定めるべく、鋭く抜かりがない。
フードの人物は小さく頷き、懐から羊皮紙でできた手紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
「この手紙を、ブラッドレイ伯爵に届けて。そして、伯爵から受け取ったものを私に届けて欲しい」
その声は女性のものだった。サシャは手紙には触れず、眉をひそめた。
「ブラッドレイ伯爵? 先日、王都の地下牢から脱走したという?」
フードの人物は再び、静かに頷いた。
「その通りよ。衛兵の手から逃れ、王都の東に行ったと言われているわ」
「国が探している人物への接触ですか。つまり、これは国への反逆行為。近衛兵や正規ギルドの連中とも鉢合わせる可能性が高い。成功した場合、報酬に関しては通常の――」
「倍の額をお支払いします」
サシャが言葉を言い終わる前に、フードの人物は強気の提示をする。
「それで結構です」
「前金も多めに払います。優秀な人を手配してください」
「勿論です」
サシャは頭の中で「トカゲの尻尾」に入り浸っている裏社会のならず者たちをリストアップした。そして、一人の青年の顔を思い浮かべる。
「正規ギルドにもなかなかいない凄腕を手配いたします」
「よろしく頼みます」
フードの人物は懐から小袋を出してテーブルに置く。金貨が崩れる音がして、サシャが口元を緩めた。手早く中身を確認すると、満面の笑みになる。
「必ずや、依頼を成功させてみせます」
「期待しています」
フードの人物は要件を終えると足早に「青い目」から去っていった。自分が場違いな酒場にいることを自覚しているように。部屋には腕組みをして思案に暮れるサシャと、高貴な香水の匂いだけが残った。
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俺は今、裏社会の斡旋所「トカゲの尻尾」の二階にある木賃宿で寝起きしている。
正規ギルドの裏側にあるこの界隈は、陰鬱で陰惨だ。宿ですれ違う奴等の瞳は希望を失って酷く濁っているか、ギラギラと異常に血走っているかの二択。普通の目をした奴なんていない。
部屋だって酷い。人が一人ギリギリ横になれるだけの空間に、薄い藁のマットレスが敷いてあるだけ。窓はなく、壁は薄くて隣の部屋のいびきやぼやきが筒抜けだ。
「くっそぉぉ……!! 次は絶対やってやる!」
隣の部屋の冒険者崩れが、壁を叩いて悔しがっている。
食堂ですれ違ったお隣さんの様子は悲惨だった。依頼に失敗したらしく、左腕を失っての「トカゲの尻尾」への帰還。ポーションで一応の止血はしていたものの、血の滲んだ包帯が痛々しかった。
今後、片腕で闇ギルドの依頼をこなせるのかは疑問だが、他に道もないのだろう。明日は我が身と思うと、背中が冷たくなる。
そんな時、乱暴なノックの音が響いた。
「 ウォルト! オヤジが呼んでるぞ!」
扉を開けると、丁稚の小僧が偉そう腕組みをしてこちらを睨んでいる。噂によると、「トカゲの尻尾」の店主の子供らしい。十歳に満たないうちからこんな界隈で暮らしていてよいのか? と思うが、「家業を継ぐ」という点では俺の子供の頃と変わらない気もする。
「なんだ? こんな夜遅くに」
「知らねえよ! いいからさっさと行ってくれ! オヤジの機嫌が悪くなる!」
丁稚小僧は俺の背中を押してせかす。早足で一階に降りると、「トカゲの尻尾」の店主である眼帯の男が、カウンターの奥で手招きしていた。
「なんだおっさん。また仕事か」
「おう、その通り。今回は楽な仕事だぜ」
トカゲのおっさんは薄汚れたテーブルを拭いてから、依頼書を置いた。手を伸ばす。
「詳細は依頼書を読んでくれ。依頼の内容や今後の進め方がのっている。サシャ、直々のご指名だ。しっかりやれよ」
「サシャ? あの女の?」
「あぁ。お前、随分と気に入られたらしい。やったのか?」
トカゲのおっさんが顔に下品な笑みを浮かべる。
「やってねーよ。馬鹿だろ」
「へへへ」
俺はおっさんの戯言を軽く流し依頼書にさっと目を通した。
依頼内容:ある人物へ手紙を届け、渡されたものを王都まで持ち帰ってほしい。ある人物については依頼を開始してから通知する。
集合場所:王都の東門近くの公園
集合日時:本日、深夜二時
成功報酬:金貨五枚
えええ。
「今日、これからやるのか?」
「どうやら、急いでいるらしい。ちなみにこの依頼を断ると、今後闇ギルドの依頼を受けられなくなるので、そのつもりで」
脅しじゃねえかよ……。
しかし、金貨五枚というのは魅力。強力なモンスターを倒すわけでもないし、美味しい依頼なのでは……!?
「……わかった。やるよ」
「そうこなくっちゃな! 頼むぞ、期待の新人!」
トカゲのおっさんは瞳をギラつかせる。俺が依頼を受けると、おっさんにも実入りがあるのだろう。
冒険者崩れに宿と食事、仕事を提供して仲介料をとる。正規の冒険者ギルドがあるにもかかわらず、闇ギルドの仕事はひっきりなしにある。
漁村にいた頃にはこんな世界があるなんて全く想像していなかった。世の中は、俺の想像より遥かに複雑らしい。
「おら、さっさと準備しろよ」
「分かってるよ」
俺は自室に帰って短剣とリュックを拾い、そのままトカゲの尻尾を出た。
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天空の盾、本部。
小奇麗な宿舎の前にある広場で、細剣が空気を突く音がする。
フィオーナは、昨日提出した報告書を副ギルド長に受理された後も、ウォルトへの怒りが収まらず、剣の稽古に打ち込んでいた。
「あの男……! 許せない……!!」
虚空にウォルトの姿を描き、それを目にも止まらぬ剣技で突いて散らす。
フィオーナの額に薄っすらと汗が浮かぶ。金糸のような髪が肌に張り付く。その様子に惹かれるように、羽虫が飛んできた。
「破ッ!」
細剣の先端が羽虫を貫き、羽ばたきが止まる。冴えわたる剣に広場の空気がピンと張り詰めた。
「随分と根を詰めているな。そんなに先日の件が悔しかったのか?」
広場に現れたのは、でっぷりと太った男。天空の盾の副ギルド長だった。フィオーナは細剣を鞘に納める。
「当然です。どこのギルドにも所属できないような底辺に、天空の盾がコケにされたのです。それに、自分の未熟さにも腹を立てています。たとえ、どんな卑劣な手段を使われたとしても、我々に敗北は許されません」
フィオーナは汗を拭いながら、副ギルド長に宣言してみせる。
「その通り。もし、今回の件が王都に出回りでもすれば、他の冒険者ギルドはこぞって『天空の盾』を馬鹿にするだろう。今は拡大期。今後も積極的にメンバーを増やす予定だ。より一層、気を引き締めて行動せねばならない」
副ギルド長の言葉に、フィオーナは深く頷く。
「何か、御用が?」
フィオーナの視線は副ギルド長の右手に向けられていた。折り畳まれた紙がある。
「国から緊急の連絡が入った。ブラッドレイ伯爵が近衛の追跡から逃れるために東のダンジョン『死者の揺り籠』に潜ったそうだ。アンデッドとの戦いに長けている聖騎士フィオーナに、ブラッドレイ伯爵の捕獲を依頼をしたいと」
「ブラッドレイ伯爵が『死者の揺り籠』に……」
副ギルド長はフィオーナに近付き、書簡を渡した。
「詳細は依頼書を確認してくれ。メンバーの選定はフィオーナに任せるが、事態は急を要する。最小単位の精鋭で迅速な行動を求む」
「承知しました」
失態後、早々に与えられた挽回の機会。
フィオーナは足早に宿舎に入ると早速、遠征の計画を立て始めた。




