第4話 依頼達成後
王都の南西、スラムと呼ばれる地域の裏路地。目立たない建物の地下に、「青の目」と呼ばれる秘密のバーがあった。
店内は薄暗く、カウンターの奥には、影が二つ。一人は眼帯の男。もう一人は艶めかしい身体に黒髪を這わせる若い女。
若い女はカウンター小袋を置く。ガチャリと金の音がした。眼帯の男は小袋を受け取り、中を覗く。
「ほぅ、随分と多いな。まさかあの新人が……?」
「そうよ。一人でターゲットを始末したわ。『騒ぎになる前に討伐出来た』と依頼主も大層喜んでいたわ。トカゲの、あの男をどこで仕入れてきたの?」
「トカゲの」と呼ばれた眼帯の男は、一つしかない瞳を大きく見開いた。
「どこで仕入れたって、勝手に向こうからやってきただけだ。しかし、サシャにそこまで言わしめるとは、そうとう優秀な【剣士】だったらしいな。ウォルトは」
サシャは首を振る。
「あれは【剣士】なんかじゃないわ。得体のしれない、もっと別のジョブよ」
「【剣士】じゃない?」
「ええ。巨大な蛇のモンスターの噛み付きを素手で受けて、傷一つ負っていなかったわ。【格闘家】の上級スキル【鉄の皮膚】と同じようなスキルを持っているんでしょうね」
眼帯の男は首を捻る。
「【鉄の皮膚】なんて才能のある奴が十年【格闘家】をやって習得するスキルじゃないか。まだ二十歳にもなっていないような若造に扱えるスキルじゃねえ。サシャの見間違いじゃねえのか?」
「そんなわけないでしょ? しっかりと確認したわ。それに、ウォルトは信じられない威力の爆薬をもっていたの。【剣士】が爆薬を投擲してモンスターを倒すなんて聞いたことがないわ。とにかく、無茶苦茶な戦い方だったの」
興奮した様子で話すサシャ。眼帯の男はいまだ納得していない様子だ。
「まぁ、何か事情があって冒険者ギルドに所属出来ず、闇に流れてきたのは間違いなさそうだな。今度から優先的にウォルトに依頼を流すようにする」
「お願いね。ウォルトがいれば、難しい依頼でもスムーズにこなせる可能性があるわ」
「大した熱の入れようだな」
眼帯の男は顔をにやけさせる。
「馬鹿な想像をしないで。私は仕事の話をしているの」
「はいはい」
カウンターの小袋をしまうと、眼帯の男はグラスの酒を飲み干して「青の目」を後にする。残されたサシャは酒精のせいか、随分と熱っぽい瞳をして、虚空を見つめながら思案に暮れるのだった。
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数日後。
俺は「トカゲの尻尾」の仕事で得た報酬、金貨一枚を手にし、王都の酒場に繰り出していた。
故郷の漁村で働いていた頃は、一日の労働で俺が得られるのは銀貨一枚程度。それを考えれば、たった一晩で手に入れた金貨一枚は、途方もない大金だ。贅沢をしなければ、当面は暮らしていけるだろう。
本当は酒場に来るかも迷ったけれど、初仕事に成功したお祝いだと思い、自分を労わるために奮発した。
二人掛けの丸テーブルに一人。テーブルの上には名物だという煮込み料理とサラダ、そしてよく冷えたエール。
冒険者ギルドの面接にことごとく落ちた時は絶望したが、今は食事と酒にありつけている。コロコロと変わる状況に翻弄されつつも、なんとかなるのでは? という希望が見えてきた。
「ふぅ……」
エールをグイと一口のみ、周囲を見渡す。腰にナイフを付けていたり、椅子に剣帯を掛けていたりするので、冒険者の溜まり場なのかもしれない。
冒険者ギルドは一体、どのような所なのだろう? 俺は一人食事をしながら、耳を澄ます。ガヤガヤとした雑踏の中から、会話を拾い上げる。
「いや~俺達は本当に幸運だったな。『天空の盾』に所属出来るなんて」
「あぁ。Sランクギルドに入ったら、もう安泰だよ」
耳についたのは、すぐ斜め前のテーブルに座る男二人の会話だった。一人は非常に大柄で、もう一人はスラっとして眼つきが鋭い。
二人の肩には「盾」のエンブレムが見える。『天空の盾』の面接官がしていたものと同じ。どうやら、『天空の盾』に所属する冒険者らしい。会話の内容からすると、最近入ったばかりのようだ。
「Cランク以下のギルドに所属してる奴等って、どんな生活を送っているんだろうな?」
「報酬が低い割に危ない依頼ばっかり来るから、直ぐに怪我をしたりするらしい。教育制度も整ってないから、ずっとスキルも習得できなくて、底辺を抜け出せないって話だぜ?」
『天空の盾』の二人の会話に、酒場の何人かが反応して眉間に皺を寄せた。きっと、Cランク以下の冒険者ギルドに所属しているのだろう。
「まぁ、俺達はギルド所属前からスキルを覚えているからその辺の雑魚とはレベルが違うけどな。だから、『天空の盾』に入れたわけだし」
「違いない」
二人は笑いながら酒を飲みかわす。周囲の視線はますます険しくなったが、二人はお構いなし。酒精の影響で気が大きくなっているのだろう。
睨んできた相手に対し、鼻を鳴らして見下している。
「お前ら、いい加減にしろよ。ここが冒険者の溜まり場だって分かっているんだろ?」
近くにいた中年の男が立ち上がり、『天空の盾』の二人に苦言を呈する。
「へっ。俺達が酒を飲んで何を語ろうが勝手だろ? 底辺が人の会話を盗み聞きしてひがむんじゃねーよ」
「そうだよ。うだつの上がらない人生を送っているのは、俺達のせいじゃなくて、自分のせいだろ? みっともないオッサンだな」
天空の盾の二人の言葉に、中年の男は顔を紅くした。そして詰め寄ろうとする。誰も止める気配はない。中年の拳が握られる。
「はっ!」
天空の盾の一人、大柄な男が素早く立ち上がり、中年の男に拳撃を見舞った。中年の背中が、ゆっくりと俺の視界を覆うように近付いてくる。
あっ、やばい。これはぶつかりそう。
素早く立ち上がって身を引くが、料理まではケア出来ない。中年の男は俺の丸テーブルにぶつかり、まだ温かい煮込みと飲みかけのエールが派手に床に転がった。
「……うぅ……」
拳撃を受け、中年の男は腹を押さえながら床に蹲る。
「ふん。底辺が……」
天空の盾の一人は侮蔑の言葉を吐き、自分の席に戻った。
いやいやいやいや。俺の料理とエールに対する謝罪はどこへ行った。俺の初仕事の報酬でありつけた夕食。それを台無しにして、一言もないってどういうことだ? こいつ等、頭おかしくないか? 流石にこれはないぞ。
俺は天空の盾の二人が食事をする丸テーブルに近付く。
「おい。俺の料理が台無しなんだが?」
「知らねえよ。ぶつかったのはそのオッサンだろ」
大柄な男が、いまだに床に蹲る中年の男を指差す。
「お前は自分が投げた石が人に当たっても、『石が悪い。俺のせいじゃない』って言うのか?」
「訳の分からないたとえをするんじゃねえ! お前も殴られたいのか?」
あぁ、無理。もう我慢できない。
「お前ら二人、外に出ろ」
「おいおい。俺達は『天空の盾』だぞ? それを分かって言っているのか?」
眼つきの鋭い男が凄む。
「いいから外に出ろ」
「ふん。紋なしが偉そうに。後悔させてやる」
俺が歩き出すと、客が身を引いて、さっと道が出来た。そのまま三人、店を出て暗闇に身を溶かした。




