第3話 初仕事
俺は冒険者になることを諦めたわけではない。しかし、生きていくにはとにかく、金が必要だ。宿泊費はもちろん、腹を満たすための食費もいる。今はとにかく、何でもいいから仕事を掴む必要があった。
おっさんは俺の履歴書のことを知っているはずもない。だが、ギルドに所属できない、金のない若者だということは一目で理解したのだろう。
「そこの椅子に座れ」
言われるがままにカウンター脇の古びた丸椅子に腰を下ろす。
「まず、宿だが、今日の仕事を受けるならタダだ。だが、断れば銀貨三枚。ちなみに、仕事の内容を聞くともう断ることは出来ない。どうする?」
脅し文句を聞いて少し迷うが、俺の数多あるスキルを駆使すれば、なんとかなるだろう。ここは勇気を出して受けるべき。
「……仕事を受けてやる……」
俺は舐められないように、あえて偉そうに返した。
「いいだろう。今夜の仕事はモンスターの討伐。場所は王都の地下水路だ」
地下水路? 王都にはそんなものがあるのか……。しかし、モンスター討伐といえば冒険者ギルドの範疇では? 何故、こんな木賃宿で斡旋しているのだろう?
「ここは、冒険者ギルドなのか?」
眼帯のおっさんは鼻で笑ってみせる。
「冒険者ギルドなわけねーだろ。ここは『トカゲの尻尾』。どん底の奴等を集めて、表に出せない仕事を斡旋する場所だよ。一切、素性は問われないから安心しな」
つまり、闇ギルドってことか……。王都初日にしてとんでもないところに足を踏み入れてしまったな……。
「さて、報酬についてだがな」
おっさんはカウンターの下から、汚れた羊皮紙を取り出し、指先で叩いた。
「この仕事に参加したら、銀貨三枚分の宿泊費がタダ。明日の夜まで24時間、部屋を貸してやる。魔物の血肉を持ち帰るなど貢献したら小金貨一枚。そして、ターゲットを討伐できたら金貨一枚を出す。無論、死んだら一文も出ねぇがな」
金貨一枚と聞いて、俄かに血流が速くなった。
金貨一枚あれば、しばらく糊口を凌ぐことが出来る。王都での生活の基盤を築くことができる。
「問題ない」
おっさんは片方の目をギラリと光らせた。
「いまから地図を渡す。時間厳守だ。十二時に、そこにいけ」
おっさんはカウンターの奥に消え、数秒後、一枚の汚れた地図を手に戻ってきた。
「わかった」
俺は地図を受け取り、入ってきたばかりの「トカゲの尻尾」を後にした。
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言われた通り、王都の時計塔の鐘が十二時を告げるのと同時に、俺は待ち合わせ場所に到着した。
場所は、王都の城壁ギリギリの外れにある、誰も寄り付かない寂れた公園の隅。そこには煉瓦造りの小さな建物があり、その地下へ続く石造りの扉が開け放たれていた。中から、湿った土と、僅かながら汚水の臭いが立ち上っている。
扉の前には、すでに四人の男と一人の女性が集まっていた。
俺以外は皆、黒や灰色を基調としたマントを身に纏っている。男たちは見るからに荒くれ者といった風貌で、大きな剣や斧、棍棒といった武骨な武器を装備していた。
その中で一際目を引いたのが、リーダーらしき女だ。
黒い革鎧をぴったりと体に沿わせ、細身ながら鍛え抜かれたスタイルを強調している。腰には通常の剣よりも短い、刺突用の直剣を下げていた。
目が合うと、女性は品定めするような冷たい視線を向けてきた。
「アンタが『尻尾』から派遣された新人?」
「あぁ」
「名前とジョブは?」
「ウォルト。【剣士】だ」
女は鼻で笑う。
「私はサシャ。【剣士】だなんて、随分とお行儀のいいジョブじゃないか。普通は冒険者ギルドに所属するもんだよ? 何か訳アリ?」
「まぁ、そんなところだ。詮索はするな。過去のことはどうでもいいだろ?」
サシャに合わせるように、口調を荒くする。
「ふん。生意気だね」
「悪かったな」
「まあ、いいわ。素性を知られたくないのは、お互い様だものね。じゃ、全員揃ったところで、今回のターゲットを説明するよ。狙いは地下水路に現れると言われる『三つ首の蛇』」
男たちからどよめきが起こる。
「ヒュドラ系かよ……」
「やべえ依頼を受けちまったぜ……」
反応を見る限り、かなり危ない相手らしい。しかし、ここで降りるわけにはいかない。闇ギルドの依頼だろうと、一度受けたものを反故にするつもりはない。
「じゃ、さっそくいくよ。新人、アンタは一番後ろで、背後からの襲撃に備えて頂戴」
ん? 最後尾って実は一番危ない位置なんじゃないか? こいつら、俺を背面の盾にしようとしているのか?
「ぐずぐずしない。いくよ」
サシャが重厚な鉄扉を開け、先頭に立つ。俺は言われた通り最後尾についた。【夜目】を発動させながら。
扉の先は、石畳の階段を下る薄暗い通路だ。すぐに地下水路特有の、カビと汚泥と下水の臭いが混ざった悪臭が鼻をつく。
水路に入ると、途端に闇が深くなる。
サシャと男たちは、腰につけたポーチから魔石を取り出し、小型の灯りの魔道具を起動させた。オレンジ色の光が周囲を照らすが、水路の幅は広く、光はすぐに闇に飲み込まれてしまう。
俺は「魔石がない」とサシャに伝え、灯りの魔道具を使わずに進んでいた。
実際は、【暗視】が発動しているため、周囲は昼間のように鮮明に見えている。水路の壁の苔の生え方、溜まった水の深さまでがハッキリと認識できた。
先を行く男達が灯りに頼り、視界の外の闇を恐れているのが分かる。唯一、サシャだけが先ほどまでと変わらない表情をしていた。サシャは何のジョブなのだろうか?
水路を数十分進んだ頃、先頭のサシャが手を上げて停止を指示した。
「止まれ。何かいる」
周囲の男たちは魔道具の光を向け、緊張で剣を握りしめる。
俺はすかさず【狩人】時代に習得したスキル、【鷹の目】を発動させた。視界の奥、光が届かない先の闇の中を凝視する。
いた。距離、およそ二十メートル。ジャイアントバットが三匹。近付かれると厄介だ。
サシャ達は気配を探るように、前方を凝視している。
さて、どうする? ならず者達に任せ、傍観することも出来る。しかし、ここはそれとなく力をアピールする場面なのではないだろうか? 正規ギルドに所属出来ない以上、俺は裏稼業で稼ぐしかない。力を示さなければ、仕事を得ることは出来ないだろう。
よし、決めた。俺は素早く行動に移る。
背負っていたリュックに手を突っ込み、【商人】時代に得た【収納空間】から、小石を取り出した。この小石には【薬草師】時代に得た【調合術】で生成した即効性のある猛毒が塗られてある。
俺はジャイアントバッドに向かって、小石を投擲する。小石は光の届かない闇の中へ一直線に突き進む。
【狩人】のスキル【必中】が発動した。
ピシャ、ピシャ、ピシャと三つの小さな水音が奥の闇から響いた。ジャイアントバッドの断末魔は一切聞こえない。沈黙が訪れた。
「……何、今の音?」
「誰か何かしたか?」
「いや、分からない」
男たちが困惑していると、サシャは警戒を解かずに進み、魔道具の光を前方へ向けた。
水路の水にジャイアントバッドが三匹、浮かんでいる。
「……誰がやったの……」
サシャは俺の方を振り返った。
「新人……何かやった?」
「石を投げただけだ。当たったのはたまたまだろう」
「たまたま……ねぇ……。あんた、【剣士】ってのは嘘だね?」
「いや、俺は【剣士】だ」
「言わないつもりね」
サシャの俺を見る目が、少しだけ変わった。そして、また地下水路を進む。
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警戒を一段階上げたサシャを先頭に、一行はさらに水路の奥へと進む。
約一時間後、水路は巨大な空間に繋がった。地下に作られた人工的な広場、そこには悪臭の中心地とも言うべき、巨大な汚泥の溜まりがあった。
そして、その汚泥の中心でとぐろを巻く巨大な蛇。今回のターゲットだ。
灯りの魔道具に照らされた全身は黒い鱗に覆われており、不気味な光沢がある。そしてなによりも目を引くのは、三つに分かれた首だ。それぞれの首の先端には、人間を丸呑みできそうな大きな口がある。
「うげっ、デカすぎだろ……!」
「あれを倒すのかよ!」
荒くれ者たちも、その異様な姿に腰が引けている。サシャの表情も強張った。
「あんた達の出番だよ! やっちまいな」
サシャが発破をかけるが、男達は一向に動かない。このままでは埒が明かない。俺には金が必要だし、一刻も早くこんな地下水路からおさらばして、ベッドで寝たい。
どんなスキルを使ったところで、闇の仕事では追及はされない筈。トカゲのおっさんも「一切、素性は問われないから安心しな」と言っていた。
「俺がやる」
腰に下げた短剣を抜き、一歩前に出る。
「一人でやるつもり? ちょっと待──」
サシャが制止する声を聞く前に、俺は走り出していた。
三つ首の蛇は反応し、赤く光る瞳が俺に向けられる。
対峙すると、その大きさが分かる。なんでこんなモンスターが王都の地下に放置されているんだ?
俺の疑問に反応するように、三つ首の一つが大きく頭を振り、牙を向けて俺に迫った。
チャンス。
【格闘家】のスキル【鉄の皮膚】を発動させ、左腕で受け止める。
ガッ! という不快な音と共に、左腕は蛇の唾液まみれになったが、鉄を超える硬度になった皮膚には傷一つつかない。即座に【剣士】のスキル【斬鉄】を発動しながら、短剣を振り下ろす。
「一撃……!?」
あっさりと落ちた蛇の首を見て、サシャが驚愕する。
残りの二つの首は痛みで狂ったように暴れ始めた。俺はバックステップで距離を取り、リュックを漁るフリをして【収納空間】からあるものを取り出した。
それは筒の中にある物質を仕込んだもの。【薬草師】のスキル【調合術】と【錬金術師】のスキル【錬金術】の合わせ技で作った爆薬だ。
「みんな、離れろ!」
俺は導火線に火を点けると、暴れ狂う蛇に向かって爆薬を投げた。【必中】が発動し、外れることはない。そして──。
ドバンッ……!! と破裂音が空間に響き、耳を傷めつける。三つ首の蛇だった肉片が物凄い速度で拡散し、辺りに散らばった。
サシャが俺の傍に寄って来る。
「……アンタ、名前はウォルトだったわね」
サシャは初めて、俺の目を見て真剣な声をかける。
「もう一度聞くけど、何者?」
俺は顔についた肉片を払いながら答えた。
「冒険者ギルドに入れなかった【剣士】だよ」と。




