第24話 毒の沼に住む少女
サシャが言った「提案」とは王都から離れた場所で、もうしばらくほとぼりを覚ますことだった。これには二つの狙いがある。
一つはしつこく俺を的にし続けている「天空の盾」の熱を冷ますことだ。サシャによると現在、「天空の盾」は急拡大の最中で、内部がバラバラらしい。
そのバラバラな連中をまとめるために、【狂戦士】ウォルト――つまり俺を“共通の敵”に仕立て上げ、ギルドの士気維持に利用しているのだとか。
とても腹立たしく、絶対に許せない。が、他勢に無勢。俺はただ一人で裏稼業に手を染める者。相手は国を代表するSランク冒険者ギルドだ。喧嘩を売って敵う相手ではない。
『余りにも成果がなければ、天空の盾も諦めて、次の的を探す筈よ』とは、サシャの言葉だ。
もう一つの狙い。それは俺の【収納空間】の中にある厄介な存在に関係している。どうやらサシャは【邪神の器】の中にいる【邪神の欠片】を封印出来る可能性のある人物を見つけたらしいのだ。
俺は今、その人が住むという場所へ向かっている。
「しかし遠いなぁ……。道、あってんのかな……」
王都の西へ乗り合い馬車で五日。それから徒歩で三日。もう、とっくに街道からは外れている。永遠に続くかのように広がっていた草原は徐々に緑が少なくなり、土の色が目につくようになってきた。
乾燥していた大地が段々と水気を帯び、足が重くなる。ブーツに泥が付着するようになる。数歩歩いては、ブーツの踵を路傍の石にぶつけ、泥を払う。
一向に進まない。こんなところで野宿は勘弁なのだが……。そろそろ目的地が見えてきてほしい。
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一歩歩く度に足元から「ぬちゃ」と音がするようになった頃、やっと目的地が見えてきた。
ダスクホロウ湿地。通称「毒の沼」。
ここに【邪神の欠片】を封印できる可能性のある人物が暮らしているらしい。
しばらく足元を「ぬちゃぬちゃ」させていると、なるほど。人が住めるような家が見えてきた。
その家は地面に打たれた杭のようなものの上に立っていて、それなりに大きい。家のすぐ側には本格的な沼が広がっている。
本格的な沼とはなんだ? と言われそうだが、そうとしか表現できない。空気は重く、湿り気は肌にまとわりつき、それ自体が生きていると感じるほど、沼そのものが濃密なのだ。非常に沼ぬましいのだ。
足許の緩さに辟易しながら進む。ようやく、家の前まできた。
さて、一体どんな人物が暮らしているの──。
「爺や! 侵入者よ! 殺害する!?」
静寂を切り裂くような、鋭く、しかし鈴の音のように澄んだ声。二階の窓が開くや否な、物騒な言葉が聞こえてきた。その声の主は銀色の髪に白い肌、赤い瞳をした少女だった。年齢は十五歳ぐらいに見える。
「爺や! 早く! アレよ、アレ!」
「アレ」呼ばわりされているのは俺だ。少女は窓から身を乗り出す勢いで、俺を指差している。
「爺や! 殺るの!? 殺らないの!? どっち!?」
少女は赤い瞳で俺を睨みつけながら、「爺や」と呼ばれる人物の登場を待つ。窓の奥に、白髪の草臥れた老人が現れた。眼鏡の位置を直しながら、こちらを見る。
「こんなところに人が来るとは珍しい。どんな要件ですかな?」
見た目よりもずっと力強い声で問いかけられた。俺は予め用意していた作り話を語り始める。
「私は【薬草師】のウォルト。この辺りに珍しい草が生えていると聞いて、やって来た。新しい薬の研究が目的だ」
少女と老人の表情が少し柔らかなものに変わる。俺は知っていた。人々が【薬草師】というジョブに好意的であることを。
「うーん、よく見たら、いい人そうね。私の【鋭い直感】がそう言っているわ! 爺や。取り敢えず、殺害はなしの方向で!」
「はい」
窓の向こうで、俺の命が保証されたようだ。
「客人ウォルト。我が家へ足を踏み入れることを許可する!」
少女はそう言うと、窓から離れて姿が見えなくなる。きっと、玄関に回っているのだろう。
俺は足元をぬちゃぬちゃさせながら歩き、玄関の前に立つ。扉の向こう側でバタバタと忙しない足音が聞こえる。勢いよく、扉が開かれた。
「ウォルト、けっこう背が高い! 肌が浅黒い!」
いきなり身体的特徴を叫ぶとはどういう礼儀だ? 俺の目の前に立つ少女は俺より頭二ついぐらい背が低く、粗末な恰好をして、ひどく華奢だ。ちゃんと食事を摂っているのか心配になるぐらいに。
「お嬢様。いきなり見た目のことを言うのは失礼にあたりますぞ」
そう言いながら、少女の背後に老人が立った。俺より少し背が低く、少し背中が曲がっている。少女と同じように、粗末な服装だ。
「私はネネヴァ」
「私はグレイモンドと申します」
ネネヴァは薄い胸を張り、グレイモンドは背中を更に丸めた。
さて、この二人の内のどちらが【邪神の欠片】を封印する力を持つ者なのだろうか? 見た目からは、どちらもそのような存在には見えない。
「どうぞ、お入りください」
グレイモンドは身振りで俺を中へと誘う。
「応接間を使うの、いつぶりかしら! 楽しくなってきたわ!」
ネネヴァはそう言って、さっと家の奥へ消えていった。きっと久しぶりに使うという応接間に向かっているのだろう。
「ささ、どうぞ」
俺はブーツについた泥をしっかり落としてから、ネネヴァとグレイモンドが住む家に足を踏み入れた。




