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第21話 サシャへの報告

 乗り合い馬車に乗ってカーディナル伯爵領から王都へ。荷台に幌をつけただけの粗末な客室で揺られながら、俺は今後の立ち振る舞いについて考えていた。


 帝国がカーディナル伯爵領を狙っている理由はおそらく、【邪神の欠片】だろう。


【邪神の欠片】を封じる祠を管理し、封印が弱まったタイミングで回収する。


【邪神の器】に全ての欠片を集めるのが、帝国の目的。


 帝国は邪神の力を欲しがっている。その力を使い、何か企んでいるのだろう。


 さて、問題はどのようにサシャに報告するかだ。


 報告内容に信憑性を持たせるなら、【邪神の器】を見せるのが手取り早い。しかし、俺が【邪神の器】を持っていることを誰かに知られるのはマズイ。話が漏れれば、俺は帝国に狙われることになる。


 ただでさえ「天空の盾」と対立しているというのに、これ以上敵を増やすのはどう考えても悪手。


 しかし、【邪神の器】なんてものを俺一人で抱えきれるだろうか……?


 一体どうすれば……。


「にいちゃん、随分と怖い顔をしてるな。見てるこっちが小便漏らしちまいそうだぞ?」


 不意に声を掛けられ、思考の迷路から引き戻される。声の主は、馬車の客室の向かいに座る老人だった。日焼けした肌に白い歯が妙に鮮やかで、粗末な麻布の衣服からは土の匂いが漂う。おそらく農夫だろう。


「そんな怖い顔してました?」

「あぁ、見てみろ。ちょっと湿ってるだろ」


 老人は自分の股間を指差す。確かにちょっと湿っている気がするが、それは高齢者特有の尿漏れではないだろうか? 


「俺の顔のせいではないと思いますが……」

「いや、にいちゃんの顔のせいだ。何か悩み事でもあるのか?」


 自分の尿漏れの件は棚にあげ、老人は相談に乗るモードになった。なんとなく、この人になら話してもいいような気分になる。


「ある秘密を人に話そうか、悩んでいるんです。その秘密はとても重大で、俺が一人では抱えきれそうにありません。でも、誰かに話してしまうと、俺の身が危険に晒される可能性もあるんです」


 老人は顔の皺をさらに深くして、しんみりと語り始めた。


「人を信じるのは恐ろしいことだ。しかし、人を信じられなくなるのは、もっと恐ろしいことなんだ。人間は一人では生きていけない。人を信じずにも生きていけない。裏切られたら、別の人を信じればいい。いつか、お互いに信じられる人に出会えるはずだ」


 皺から染み出したような言葉に、考え込んでしまう。


「なーに、若いんだから、何とでもなる! 裏切られてもいいから、秘密を打ち明けてみればいい! 相手はいるんだろ!?」

「……そうですね……」


 馬車は大きく揺れ、幌の隙間から差し込む光が一瞬強くなった。俺は拳を握りしめ、心の奥で決意を固める。


 サシャに全て報告しよう。揺れる幌の下で、俺はそう決意した。



#



「無事に戻ったか」


 王都のスラム。古びた煉瓦造りの建物の錆びついた扉を開けるなり、声を掛けられた。相手はそり頭に眼帯のいかつい男。宿屋兼、ヤバイ仕事の斡旋所である「トカゲの尻尾」の店主だった。


 受付カウンターまで進んで「当然だろう」と強気に返す。裏稼業の奴等に対して丁寧な対応はかえってよくない。ぶっきらぼうな態度ぐらいが丁度いい。

 

「明日の夜、ここへ行け」


 予め用意していたのか、トカゲのおっさんは受付カウンターの引き出しから小さなメモを取り出し、俺に渡した。何やら、地図と「言葉」が書かれてある。


「分かった」

「必ず、行けよ」


 トカゲのおっさんが鋭い眼つきをして念を押す。今回の依頼の重要度が伝わっているのだろう。


「おっ、ウォルト!? 戻ったのか!?」


 丁稚小僧──トカゲのおっさんの息子が食堂の方から出てきて、少し驚いた様子で声を上げた。俺がカーディナル伯爵領からなかなか戻ってこないので、死んだとでも思っていたのかもしれない。


「あぁ、今着いたところだ」

「部屋に荷物を置いたら、食堂に来てくれ! みんな、ウォルトの料理を待ってるぞ!」


 丁稚小僧はそう言って、また食堂へと戻っていった。せわしない小僧だ。しかし、悪い気はしない。


 俺は自分の部屋に戻ってリュックを下ろすと、ランチの準備を始めようとしている食堂に入った。キッチンに立つ女格闘家《料理長》のカーラから鋭い視線が向けられる。


「ウォルトじゃないか。無事だったのかい?」


 カーラは肉厚な包丁を得体のしれない骨付き肉に落としながら、俺に声を掛けた。


「あぁ、お陰様で」

「ふん。さっさと帯を締めてキッチンに立ちな」


 いや、エプロンだろ。キッチンなんだから。


「はやく!」

「わかったよ!」


 俺はなんとなく懐かしい気分を味わいながら、キッチンに立ってランチの準備を始めた。夜の予定のことを考えながら。



#



 王都の裏通り。商会の倉庫が並び、夜は人影が少ない場所。トカゲのおっさんからもらった地図に描かれた建物の地下一階。


 何の看板もなく、ただ重厚な黒い扉がある。古いながらも磨き上げられたドアノブに手を伸ばし、中に入る。


「いらっしゃませ」


 カウンターしかないバー。


 客はおらず、マスターらしき白髪の男性が落ち着いた声で俺を迎えた。柔らかい笑顔の奥に、得体のしれない凄みを感じる。


「お待ち合わせですか?」

「はい。『黒い糸を編む方』と」


 マスターが少しだけ口角を緩める。


「奥へどうぞ」


 そう言って、白い手でカウンターの端。黒い壁を指し示す。どういうことだろう?


 不審に思ってマスターの顔を見つめるが、何も言わない。表情も変わらない。


 仕方なく黒壁の前まで歩く。振り返ると、マスターがこくりと頷いた。「行け」ということだろう。


 手を伸ばし、黒壁に指を触れた。スッと壁自体が動く。空間が現れた。隠し部屋だ。


 小さな丸テーブルが一つ。それを挟むように革張りのソファーが並んでいる。その一つには見知った黒髪の女が座っていた。サシャだ。


「座って」

「……」


 久しぶりに会ったからか。それとも会う場所が違うからか。妙な緊張を覚えながらソファに座り、サシャと対面する。背後で小さな音を立てて、黒壁が閉まった。


「何かを掴んで戻ってきた、と考えていいかしら?」

「あぁ、その通りだ」


 俺は予め準備していた簡単な報告書を丸テーブルに置いた。サシャは満足そうに頷き、静かに手を伸ばした。


 無言で報告書を読み始める。徐々に顔付きが真剣なものになる。


「カーディナル伯爵領に……そんな厄介なものが眠っていたなんて……」

「地元では『不吉な場所』として引き継がれていたそうだ」

「しかし、こんな内容を信じてもらえるかしら……」


 サシャは報告書を手に持ったまま、眉を寄せる。サシャからしても、突飛な内容に思えるらしい。


「証拠もある」


 俺は床に置いていたリュックに手を突っ込み、【収納空間】の中から今回の騒動の元を取り出し、丸テーブルに置いた。


「これが【邪神の器】だ」


 久しぶりに外に出した【邪神の器】には紫の靄が纏わりついている。サシャが目を見開いた。


「……信用するわ……。お願いだから、それをしまって」


 震える声。特別なスキルがなくとも、目の前にある大いなる【悪意】に当てられたのだろう。


「依頼主に報告してくれ」

「わかったわ」


【邪神の器】を【収納空間】へしまう。隠し部屋の空気がスッと晴れた。


「そんなもの持っていて、よく正気でいられるわね?」

「俺は鍛えているからな」

「そーいう問題かしら?」


 少し余裕の出てきたサシャは脚を組み換えながら、呆れて息を吐く。


「もし、こいつを封印できる人がいたら紹介してくれ。流石にずっとは持っていたくない。今のところ大丈夫だが、長く持つかは分からないし……」

「……探してみるわ……」


 その後、カーディナル伯爵領での他愛のない出来事について軽く話した。


 主な話題は食事についてでバランに紹介された酒場「マーカスの庭」を紹介すると、サシャは興味を示していた。


「カーディナル伯爵領に行く予定があるのか?」

「これから……出来るかもしれないでしょ?」


 確かに。これで終わりになるとは思えない。


 さらに雑談した後、俺は黒壁の奥の隠し部屋を後にした。

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