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第20話 カーディナル伯爵領の秘密

 バランの家でリーナの手料理をご馳走になった翌々日。俺は食堂として利用している酒場「マーカスの庭」で遅めの昼食をとっていた。昼下がりの店内は、まだ客の少ない時間帯で、木の床板に差し込む陽光が斜めに伸びている。


 リーナの家庭の味とは違い、マーカスのおっさんの料理は「如何にも酒のつまみ」という味付けの濃いもので、昼からでもエールが欲しくなる。


「一杯どうだ?」


 煮込み料理を食べていると、カウンター越しにマーカスさんが冷やかすように声を掛けてきた。まるで俺の心を読んだようなタイミングだ。


「昼から飲まないよ。仕事があるんだ」

「そう言えばウォルトにもらった二日酔いの薬、めちゃくちゃ効くな! あの薬があれば、いくら飲んでも大丈夫だ!」

「いや、酒を減らせよ」


 俺に突っ込まれ、マーカスさんはガハハハッと笑って誤魔化した。笑い声が梁に反響し、妙に大きく聞こえた。


「『霧降りの祠』には行ったのか?」

「あぁ。いろいろと大変な目にあったが、なんとか薬草を集めることができたよ」

「そりゃ、よかった。その薬草で、もっと二日酔いに効く薬を作ってくれ」

「酒を不味く感じる薬を作ってやるよ」


「勘弁してくれ! 商売上がったりだ!」と言ってから、マーカスさんは料理に集中し始めた。


 俺が煮込み料理の皿を半分ほど平らげたころ、カランとドアベルが鳴り、冷たい外気が一瞬流れ込んだ。ちらり見ると、狼の獣人──バランだった。


 この「マーカスの庭」はバランに教えてもらった店なので、不思議でもない。


 俺を見付けたバランは一直線にカウンターに向かってくる。


「おっ、やはりここにいたか」

「なんだ、俺を探していたのか?」


 バランは俺の横に座ると、なんの躊躇いもなくエールを頼んだ。今日の仕事は終わっているらしい。


「ウォルト、本当にありがとう。リーナが回復したのはウォルトのお陰だ」


 エールが置かれても口を付けず、バランは話し続ける。


「ウォルトが根気強く治療を続けてくれたお陰で、リーナはすっかり良くなった」

「もう少し様子をみる必要はあるが、今のところ回復したように思える」

「さっき家に帰ってリーナに会ったが、今までとは明らかに顔色が違った。本当に以前のリーナに戻っていた。どれだけ感謝しても、感謝しきれない……」


 バランはここ一か月ほどを振り返り、瞳に涙を浮かべている。


「飲めよ、バラン。エールがぬるくなるぞ」

「あぁ」


 木製のジョッキをあおり、バランはエールを流し込んだ。「ぷはぁ」と息を吐き、俄かに頬を紅くした。


「森の調査はもういいのか?」

「粗方、原因は分かったから引き上げてきたんだ」

「スタンピードの原因が分かったのか?」


 俺は声を潜めて尋ねる。バランも少しトーンを落として答えた。


「『霧降りの祠』が荒らされていた。祠の近くに穴があけられ、中が暴かれていた」


 すまない……。それをやったのは俺だ。【鉱夫】のスキルで穴をあけました。


「一体……誰がそんなことを……」

「犯人と思われる女が祠の地下で息絶えていた。祠で封じられていた異形にやられたのか、別のモンスターにやられたのかはわからない」


【邪神の欠片】は俺の【収納空間】の中だ。ということは、あの女は別のモンスターにやられたのだろう。


 バランの話を聞きながら、頭の中を整理する。


 帝国の狙いは祠の地下に封じられていた【邪神の欠片】。しかし『霧降りの祠』を狙うだけなら、領土なんて必要ない。こっそり人を送り込めばいいし、実際に今回もそうしていた。


 となると、帝国の狙いは【邪神の欠片】の他にあるのか? いや──。


「カーディナル伯爵領には『霧降りの祠』みたいな祠が、他にもあるのか?」

「あぁ、あと五か所ある。そのうちの一つはこの領都の地下だ」


 ……なるほど。そんなにあちこちに【邪神の欠片】が散らばっているならカーディナル伯爵領をまるっともらったほうが確実か。領都の祠に忍び込むのは大変だろうし、いつ【邪神の欠片】に対する封印が弱まるのかも分からない。


 長い目で見て、【邪神の欠片】を集めるのなら、カーディナル伯爵領自体を統治した方が間違いない。


 もっとも、その【邪神の欠片】の一つを俺が持っているのだが……。もしかして俺、とんでもないことに巻き込まれてないか……?


「おい、どうしたウォルト。急に顔が青白くなったぞ」

「ちょっと腹が痛くなってきた」

「大丈夫か? マーカスのおっさんに変なもの食わされたのか?」

「そんなわけないだろ!!」


 カウンターの向こうから、大声でマーカスさんが突っ込む。確かに今回の腹痛、マーカスさんは無関係。これから先のことを考えて、俺が身体が敏感に反応しただけだ。


「そういえば、ウォルトはいつまでもこの領都にいるんだ? 目的の薬草は手に入ったようだが……」


 バランが探るように、尋ねてきた。


「目当ての薬草は手に入ったから、少し観光したら王都に戻るつもりだ」

「もし、ウォルトがよければ、俺達『鋼の牙』のメンバーにならないか? 特に家族を待たせているような雰囲気もなかったし、カーディナル領は他の土地に比べて薬草が豊富なんだろ? 【薬草師】にとっては理想の環境だと思うんだが……」


 真剣な眼差し。まさか、Aランクギルドからお誘いを受けるとは……。少し前なら考えられなかったことだ。しかし──。


「誘ってくれてありがとう。でも『鋼の牙』に所属することはできない。俺は一人で気楽にやる方が向いているんだ」

「そうか……。なんとなく、断られる気はしていたんだ」

「すまない」


 バランは木製のジョッキをあおり、エールの残りを飲み干す。俺も丁度、料理を食べ終えていた。


「領都を出るときは、ウチによってくれよ! 報酬も渡すから」

「あぁ。皆に挨拶しに行くよ」


 その二日後、俺は約束通りバランの家を訪れ、リーナや家族に挨拶を済ませた。リーナは明るい笑顔を見せ、家の中には温かな空気が満ちていた。


 バランは報酬を手渡しながら「また必ず戻ってきてくれ」と言った。俺は曖昧に笑って頷いたが、心の奥では別の重みを抱えていた。

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