表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/26

第19話 リーナの回復

 俺は霧降りの祠から脱出したあと、【隠遁術】を駆使して森を抜け、こっそりと「鋼の牙」の野営地に戻った。夜の空気は湿り気を帯び、木々の間を抜ける風が肌に冷たくまとわりつく。


「鋼の牙」はAランクギルドの力を遺憾なく発揮し、モンスターのスタンピードを鎮めつつあった。


 戦場には血の匂いと鉄の匂いが混じり合い、地面は踏み荒らされ、黒い影のような死骸が幾重にも横たわっている。


 俺が戦線に近付くとギルド長のシグルドが振り返り、落ち着いた声で「もうすぐ終わる」と言った。


 その言葉に応えるように、最前線にいたバランが長剣を横薙ぎにする。不可視の刃が闇を裂き、モンスター達の首を飛ばす。数多の首が宙を舞い、血が吹き出し、体は数歩前進したあと、主を失った操り人形のようにパタリと地面に転がった。


 俄かに静寂が訪れる。


「鋼の牙」のメンバー達が注意深く周囲を探り始めた。


 森からモンスターが出てくる気配は、もうない。だが、誰も剣を下ろさず、緊張の糸を張り詰めたままだ。


 最前線から下がってきたバランがシグルドと会話を始める。俺もそこに交ざるように近付いた。


「おぉ、ウォルト。無事だったか?」


 肌に汗を浮かせたバランが俺を気遣う。自分は数時間戦いっぱなしだったのに、人を気にする余裕があるとは、なかなかの男だ。


「天幕の奥に引っ込んでガタガタ震えていたよ。静かになってきたので、這い出てきたんだ」

「ハハハッ! ウォルトはそんなタマじゃないだろ?」

「いや、流石にモンスターのスタンピードに遭遇したら怯む。俺は戦闘職じゃないからな?」

「それはまぁ、そうか」


 バランとシグルドの周りに、周囲の警邏を終えた「鋼の牙」のメンバー達が集まってきた。怪我をしている者が数名いる。


「バラン。これをみんなで使ってくれ」


 俺はリュックを前に廻し、手製のポーションを取り出した。バランに渡す。


「助かる。ほら、みんな! 凄腕【薬草師】の上級ポーションだ! 腕が取れていてもくっつくぞ!」


 バランは怪我を負った仲間の身体に乱暴にポーションを振りかけていく。傷口に掛かったポーションは淡く光りながら、効果を発揮した。メンバーから歓声が上がる。


「おぉおお! もう傷が塞がった!」

「このポーション、怖いぐらい効くな!」

「本当に凄腕の【薬草師】だな!」


 賞賛の声に気恥ずかしさを感じる。頭を掻いていると、シグルドが目を細めた。


「今日はもう遅い。スタンピードの原因を探るのは明日にしよう」


 シグルドが号令をかけると、「鋼の牙」のメンバーさっと行動を開始する。見張りを二人残し、後は天幕へと引っ込んでいった。


「ウォルトも休んでくれ。森の薬草採取は明日でもいいだろ?」

「あぁ、そうだな」


 バランに促され、俺も天幕で休むことにした。霧降りの祠にロープで縛って残してきた帝国軍人のことを思い出しながら……。



#



 翌日、俺は「鋼の牙」について森の中に入り、薬草の採取を始めた。シグルド達は行方不明になった人達の遺品とスタンピードの原因を求めて、注意深く森を進んでいる。


【邪神の欠片】を回収したからだろうか。昨日は深く立ち込めていた霧が、すっかり晴れている。樹々の間からは光りが差し込み、視界もいい。


「ちっ……。酷いな」


 バランが見つけたのは女の遺体だった。衣服はボロボロに破け、手足が不自然に曲がり、身体には暴行の跡がある。街道まで出てきたモンスターの群れに襲われ、森で捨てられたのだろう。


 森の静けさが、かえってその惨状を際立たせていた。


「こっちもだ……」


 他のメンバーも人間の遺体を見つけては、苦い表情を顔に浮かべる。


「可能な限り遺品を回収するぞ。家族に届けよう」


 シグルドの指示に従い、メンバー達は遺品を集めながら進む。


 俺は一人のメンバーに保護されながら、淡々と薬草を集め続けた。


 陽が高くなり、正午を知らせる。


 皆で休憩しつつ簡易な食事をとっていると、バランが話し掛けてきた。


「俺達はさらに森の奥に入る。ウォルトは野営地に戻ってくれ。そのまま領都に戻ってもらっても構わない」

「もう十分に薬草は集まったから、領都に戻ることにするよ。リーナの具合が心配だからな」

「頼む」


 本当はバランも領都に戻りたいのだろう。妹のことを心配する兄の顔をしている。長剣を振るっていた時の迫力はない。


「俺に任せておけ」

「なるべく早く戻る、と伝えてくれ」

「あぁ」


 俺は森を抜け、領都への帰路についた。



#



 空が茜色に染まる頃、俺は領都に着き、バランの家を訪ねていた。母屋の扉をノックすると、向こうからバタバタと足音がする。


「あっ、ウォルトさん!」


 出てきたのはリーナだった。弾けるような少女の笑顔が夕陽に照らされる。


「体調はいいのか?」


 俺は首元を見ながら尋ねた。リーナを苦しめていた紫の靄はすっかり消えてなくなっている。


「昨日の夜から、急に体調がよくなったんです! いままでウォルトさんにお薬をもらっていたお陰です!」


 俺は「霧降りの祠」から漏れ出していた【邪神の欠片】の悪意を思い出す。今は【邪神の器】に収まり、俺の【収納空間】の中にある。


 リーナに悪影響があったらどうしよう、と考えていたが問題はないらしい。俺が【邪神の器】を外に出さなければいいのだろう。


「今日は私が夕飯の準備をしているんです! ウォルトさん、食べていってください!」


 リーナは手をとり、半ば強引に俺を誘った。俺は引きずり込まれたような形で母屋に入り、そのままダイニングへ通される。


 台所に立つのはリーナ一人。鍋からは湯気が立ち上り、香ばしい匂いが部屋を満たしている。父親もバランの兄もまだ工房に籠っているのだろう。ふと気づけば、母親の姿を見たことがない。


「リーナが一人で夕飯を作っているのか?」


 椅子に座るのがなんとなく気まずく、所在なくダイニングテーブルの横に立ったまま尋ねる。


「ウチ、早くにお母さんが亡くなったので、私が料理をすることが多いんです」


 リーナは鍋をかき混ぜながら、少しだけ寂しげに笑った。


 バランがリーナを過保護なぐらいに大事にしている理由が分かった気がする。父親とバランの兄、バランでリーナを大切に育ててきたのだろう。一番歳の近いバランが、母親の分まで愛情を注いでいたのかもしれない。


「リーナが体調を崩していた間は?」

「バランお兄ちゃんが作ってましたけど、お兄ちゃんは料理が下手で……」

「そうだったか……」


 リーナはスープの味見をしながら、苦笑いをした。バランの料理の味を思い出していたのかもしれない。


「バランは、『なるべく早く戻る』と言っていたぞ」

「えっ? お兄ちゃんと会ったんですか?」

「森に薬草を取りに行ったときにな。『鋼の牙』の主力として活躍していたぞ」


 リーナは料理の手を止め、目を見開く。


「バランお兄ちゃん、家では絶対に仕事の話をしてくれないんです! あとで教えてくださいね!」

「あぁ。武勇伝を伝えよう」


 その後、俺はバラン父と兄、リーナと夕食をともにすることになった。


 木の器に盛られたリーナの料理は素朴ながら温かく、香りだけで心を満たす。


 俺は上機嫌になり、バランの活躍を誇張気味に語った。リーナは目を輝かせ、父と兄は静かに頷きながら耳を傾けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ