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第18話 森へ

 夥しい数のモンスターが森から草原へと流れていく。その多くはゴブリンやコボルトで一体一体は大した脅威ではないが、とにかく数が多い。


【隠遁術】で気配を消した俺に気付くことはなく、モンスター達は「鋼の牙」に向かって駆けていく。


 明らかに異常だった。


 憎悪で濁った赤い目をし、首には靄が纏わりついていた。


 リーナの首の紫の靄と同じだ。


 モンスターを凶暴化させ、人間は衰弱させる呪い。その元凶がこの森の奥にある。


 俺は悪意を辿りながら、モンスターを躱しながら、夜の森を進む。


「鋼の牙」に屠られたゴブリンやコボルト達の悲鳴が遠くなってきた頃、夜霧が濃くなってきた。悪意も。


 ──近い。多分もうすぐ、霧降りの祠に着く。


【夜目】も効かない霧の中、悪意辿って進んでいると急に辺りが静かになった。耳が痛いほど、何一つ物音がしない。


 空気も違う。


 どうやら、洞窟のような場所に入り込んでいたらしい。地面が硬く、伸ばした手に硬い岩が触れる。


 核心は近い。


 視界のない中、一歩一歩、慎重に進む。心臓が早鐘を打ち──。


 ブワッと音がして、霧が晴れた。目の前には円柱状の岩がある。


 岩には大きな亀裂が入っていて、そこからドロドロと液体が流れ出していた。まるで、岩自体が生きているようだ。


 これが悪意の元凶? いや、この岩とは別に強い悪意を感じる。どこだ……。下か……?


 俺は地面に手を突き、【地脈探知】を発動した。霧降りの祠の地下の構造が詳らかになる。


「空洞……。かなり大きいな……」


 祠の地下には不自然な空洞があった。間違いなく、呪いと関係あるだろう。


 俺は【収納空間】から鶴嘴を取り出し、【掘削】を意識して地面に叩きつけた。ドン! と鈍い音がなり、土埃が舞う。しかし構ってはいられない。


 何度か【掘削】を使うと、地面の一部は音を立てて崩れ、地下の空洞に向けて斜面が生まれた。


 鶴嘴を短剣に持ち替え、土砂で出来た斜面を慎重に降りる。一歩進むたびに肌が激しく粟立ち、髪の毛の一本一本が逆立つのを感じた。


 地下の空洞に降りる。


「はは、ははは。なんだこりゃ」


 霧降りの祠の地下にあったのは、巨大なワームの石像だった。体は複雑に分かれていて、幾つものワームが絡まっているようにも見える。


「地上の岩は、コイツを貫いている?」


 ワームの石像には天井から伸びた、太い杭のようなものが刺さっている。地上に出ていた円柱状の岩と、ワームを貫く杭は同じものと考えた方が自然だ。つまり──。


「霧降りの祠はコイツを封じていた……。封印が弱まったことで、呪いが溢れ出してきたということか──」

「その通りよ」


 背後から唐突な声。


 振り返ると、黒いローブを纏った女が立っていた。


「何者だ?」

「それはこちらのセリフよ。モンスターのスタンピードを搔い潜り、深い霧の中を迷うこともなく祠に辿り着き、硬い岩盤を割って封印の間に辿りついた。貴方は何者?」

「俺はただの【薬草師】だよ」


 女は笑い出す。


「こんな状況で冗談を言えるなんて、肝が据わっているわね」


 そう言って、女は杖を構えた。


「お前の目的は?」

「分かっているんでしょ?」


 全然分かっていないが……。どうする? 話を合わせてみるか。


「どの派閥だ? もし、大本が同じなら無駄な争いをすることになる」


 ローブの女は動きを止め、考え始める。【商人】のスキル【交渉術】がよい働きをしているらしい。


「貴方から先にいいなさい。派閥が違うなら、死んでもらうわ」


 先にって言われてもなぁ……。俺はリーナの呪いを解くために来ただけだし……。適当にそれっぽいことを言うか……。


「俺は、存在を証明しようとし、存在を否定しようとする、かの方に連なる者だ」


 女が目を見開く。


「まさか……。そうだったの?」

「あぁ……」


 なにが「そうだったの?」だろう。全く意味が分かりません。しかし、チャンスだ。女はスキだらけ。


 俺は女性には効果覿面のスキルを発動させる。


【蟲群使役】。


 空洞の天井を這っていた無数の蟲が、女に向かって降り注ぐ。


「きゃぁあああああ……!!」


 頭が蟲まみれになり、女は取り乱す。俺は一気に踏み込み、女の鳩尾に当て身を喰らわせた。


「うっ……」


 呆気なく力を失い、膝がガクリと落ちる。女は虫に集られたまま、地面に沈んだ。


「存在を証明しようとし、存在を否定しようとする、かの方ってなんだよ」


 女は当然答えない。


「さて、どうする?」


 まさか女は土ペロしに、霧降りの祠に来たとは思えない。この気味の悪いワームの封印が弱まっていることを知り、やってきた筈だ。


「なんか持ってたりしないのか?」


 俺は力なく地面に横たわる女の持ち物を物色する。腰にそれなりの大きさのポーチがある。何か入っているとすれば、ここだろう。


 女をロープで縛ったあと、物色を始める。


 中のモノを一つずつ地面に並べ、【鑑定師】のスキル【簡易鑑定】で名称を調べていく。


 一つ目は……魔力ポーション。

 二つ目は……手鏡。

 三つ目は……絹の下着。

 四つ目は……帝国軍証。

 五つ目は……邪神の器。


 邪神の器? 俺が手にしている禍々しい箱が、邪神の器? そして、帝国軍証ってつまり、この女は帝国軍人か。


「もしかして、邪神ってこのワームのことか?」


 俺は恐る恐る、禍々しいワームの石像に近付いた。そして、指先を触れて【簡易鑑定】で名称を調べる。


【邪神の欠片】


 想像通り。どう考えても、このワーム、邪悪だもんなぁ。もうさぁ、これってさぁ、そーいうことだよなぁ……。


 右手の【邪神の器】をワームに近付けると、ブルブルと震え出す。喜びに打ち震えるように。


 俺は正しいことをしているのだろうか? しかし、このまま【邪神の欠片】を放っておくと、リーナは苦しみ続けることになる……。


 俺は【邪神の器】を【邪神の欠片】に触れさせた。


 ジュルルルルとワームから液体が溢れ出し、【邪神の器】の中に入っていく。見ているだけで吐き気を催す光景だ。


 ジュジューッ! と最後に高い音が鳴り、全ての液体が【邪神の器】に収まった。【邪神の器】は満足そうに震えている。


「絶対にやばいことに関わってしまった……」


 俺は不安を言語化してから、【邪神の器】を【収納空間】にしまった。

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