第17話 悪意
天幕の中ではバランと同じ狼の獣人が一人、椅子に座っていた。歴戦の雰囲気を醸す大男で、如何にも強者といった余裕がある。
「こいつはウォルト。南からやってきた【薬草師】だ。俺の妹の治療をしてもらっている。草原で薬草を探していて、ここまで来たらしい」
バランが俺を紹介すると、大男は表情を柔らかくした。
「おぉ。リーナちゃんの治療をしている【薬草師】さんか。話は聞いているぞ。俺はシグルド。【鋼の牙】のギルド長だ」
シグルドは立ち上がり、右手を差し出してきた。ゴツゴツとした巌のような手。見上げる程の長身。これがA級ギルドを束ねる男か……。
迫力に圧倒されながら、俺はシグルドの手を握った。グッと力が籠められる。
「【薬草師】というから柔な男かと思ったが、なかなかやるようだな」
シグルドが値踏みするように言った。俺の過去ジョブのことを見透かされたような気分になる。
「……田舎の出身で、毎日家業の手伝いや狩、モンスターの討伐までやってましたからね。一人旅出来るぐらいには鍛えているつもりです」
「たのもしい【薬草師】さんだ」
そう言った後、シグルドは俺に椅子を勧めた。バランと同じタイミングで腰を下ろす。
「聞いていいのか分からないですが……こんなところに野営地を構えて、何かあったんですか?」
俺はシグルドの顔色を窺いながら尋ねる。森から発せられる数多の悪意に関係があると感じたからだ。
「ここ数日、辺りの街道で人が消える事件が多発しているんだ。昨日から調査を始めた結果、あらゆる痕跡がこの森を指していた。明日から本格的に森の調査を始める予定だ」
森に潜む悪意が街道を行く人々に害を加えているのだろうと、容易に想像できた。
「野盗、もしくはモンスター……」
「あぁ、そうだ。今、森に入るのは非常に危険な状況だ」
シグルドは真剣な表情で語る。
「ウォルト。お前まさか、森に入って薬草採取をするつもりじゃないだろうな?」
バランが気遣うような、呆れたような声色で尋ねてきた。
「そのつもりだったが……」
「やめておけ。大人しく領都に戻るんだ」
「いや、それは出来ない。リーナに飲ませる薬の材料がもうないんだ。まだ完全に回復していない以上、薬草が必要だ」
「それは……」
バランが難しい顔をして、シグルドに視線を送る。判断に困っているのだろう。
「森に入るなら、俺達と一緒の方がいい。一人で行動されると、何かあった時に対応が難しくなる。幸い、【薬草師】さんはかなりやれそうだし、足手纏いはならないだろう」
シグルドの判断に、バランはゆっくり頷いた。
「それがいい。俺達が森に入るのは明日からになる。天幕には余裕があるから、適当に使ってくれ」
「いいのか? 部外者を入れて」
「問題ない。一般人を保護するのも、俺達『鋼の牙』の仕事だ」
バランの言葉に今度はシグルドが頷く。
「おっ、湯が沸いた」
バランが淹れた茶をご馳走になり、その後に別の天幕を案内された。俺は野営地の周りで【薬草師】として薬草を採取しつつ、【悪意感知】で森の状況を探り続けていた。
やがて陽は落ち、夜がやってきた。
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夜が深まり、「鋼の牙」のメンバーの多くが眠りについた頃、俺は天幕の隅で眠れないでいた。森から感じる悪意が膨れ上がっていたからだ。
夜になるといつもこうなのか? それとも今が特別なのか判断が付かない。
俺は足音を忍ばせながら天幕の入口の布を捲り、外に出た。篝火の近くで見張りをしていた二人の男が振り返る。一人はバランだった。
「ウォルトか。どうした? 眠れないのか?」
夜風が強く吹き、バランを照らす炎が激しく踊った。
「あぁ。胸騒ぎがするんだ。何も感じないか?」
「夜行性の動物やモンスターが活動を始めたから、騒がしく感じるんだろう。夜の森は大体、こんなもんだぞ?」
「そうか……」
俺だって夜の森の騒がしさは知っている。しかし、今回は違う。警告すべきか……。
迷いながら、篝火の近くに立って森の様子を窺う。
森の全体が一つの生き物のように、ドクンドクンと脈打っているような感覚を受けた。その度に、悪意が膨れ上がる。
森と草原の境界に赤い光が、一つ、二つと見え始めた。
「ん?」
「モンスターだな」
バランともう一人が異変に気付いて声を上げた。その間にも赤い光は増え続ける。
「おい、皆を起こせ!」
「はい!」
緊張感が増す。バランは背負っていた長剣を抜き、もう一人は天幕に声を掛けに行った。
「凄い数だぞ」
「なーに、心配するな。『鋼の牙』の力をみせてやるよ」
赤い光が数十になったが、バランは焦らない。それどころか、戦いに飢えていたかのように舌なめずりをする。
天幕からは『鋼の牙』のメンバーが出てきて、皆一様に剣を抜いた。総勢、十二名。全員が剣を構えている。『鋼の牙』の名前がしっくりと嵌る。
「俺からいく」
長剣を下段に構えたバランが森に向かって走り出す。それに呼応するように、赤い光が森から飛び出してきた。
【暗視】で見ると、数十体のゴブリンだ。バランめがけて群がるように駆けてくる。
バランとゴブリンの群れがぶつかる──。
「覇ッ……!!」
バランが地面を踏みつけながら、長剣を横なぎにした。刃の届かない範囲にまでその殺意は及び、ゴブリンの群れは一瞬にして首と胴体が泣き別れとなった。俺の知らないスキルの効果だろう。
途中で転んでいた一体のゴブリンだけが、絶命せずにいる。バランは軽い足取りで残った一体に近付き、無慈悲に長剣を落とした。グギャと絶命の声が響く。
「まだ来る……!」
シグルドの鋭い声。森と草原の境界に、更なる赤い光が現れた。先ほどの倍以上ある。
「二列になって野営地の前で迎え撃つぞ!!」
指示に従い、「鋼の牙」のメンバーは一斉に走り出した。
前列の中央にはバラン。後列の中央にはシグルドが位置し、迫りくるモンスターと対峙する。
乱戦が……始まった。
しかし、俺の意識は目の前の戦闘にはない。森の中から立ち昇る悪意。あれがきっと、リーナを苦しめる紫の靄の元だ。
俺は【隠遁術】を展開し、闇に溶けた。悪意の元凶を確認するために。




