第16話 霧降りの祠
「霧降りの祠」の情報は比較的簡単に得ることが出来た。最近食堂として利用している酒場「マーカスの庭」の店主、マーカスのおっさんに聞いたところ、領都グランカルデアナの北東に「霧降りの祠」はあるらしい。
マーカスのおっさんは俺の話を聞くと料理の仕込みを中断し、カウンターの奥で紙に何かを書き始める。
「ほらよ! これが地図だ!」
マーカスがくれた地図には、「マーカスの庭」の名物であるアナウサギのシチューが飛び散っていて、茶色く汚れていた。指先で摘まんで受け取る。
「途中まで街道沿いに行って、二股に別れるところで、森を目指す感じか」
「おう! その通りだ! 二時間もかからない! しかし、あんな所に何の用があるんだ? 不吉な場所だって、地元民は近づかないぞ?」
12歳のリーナが友達と遊びでいける範囲だ。それほど遠くはないのだろう。
「霧降りの祠の近くで珍しい薬草があるらしいんだ。俺のジョブは【薬草師】でね、新たな薬草を求めているんだ」
「ほうほう。ウォルトは【薬草師】だったのか。二日酔いに聞く薬ねえか? 朝飲むと効くやつ」
マーカスは真剣な顔をして尋ねてきた。ここで恩を売っておくのもいいだろう。
俺はリュックに手を入れて【収納空間】から二日酔いに効く丸薬の入った瓶を取り出した。漁村の男達はよく酒を飲む。そして二日酔いになる。
それを和らげるために俺が【調合術】で作ったのがこの丸薬だ。マーカスの前に瓶ごと置く。
「これを二錠飲むといい」
「おぉおお! 早速飲んでいいか? 実は胃がムカムカして頭も痛いんだ」
「瓶ごと受け取ってくれ。俺は二日酔いにならない体質だから、使い道がないんだ」
「へへ。悪いな」
マーカスのおっさんは瓶を手に取り、さっそく丸薬を飲んだ。
「おぉおお! 胃がスッとする!」
「大事に飲んでくれよ。作るの大変なんだからな」
「ウォルト、ありがとうな! 今日の分は払わなくていいからな!」
「助かる」
俺はアナウサギのシチューを食べ終え、マーカスの地図を持って店を出た。
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マーカスに地図をもらった翌日早朝、俺はリーナに【解呪】を施してから、霧の祠を目指して領都を出た。
北に向かう街道を進みながら、マーカスの地図を見る。
相変わらず、アナウサギのシチューの香りがする。二日酔いで死んだような顔つきをしたマーカスが脳裏に浮かんだ。きっと今頃、丸薬を飲んでいるだろう。
しばらく行くと、地図の通りに街道は二股に別れていた。
「あの森か」
遠くに緑の塊が見える。あれが「霧降りの祠」のある森だろう。
街道から、森に向かうために草原に入る。踏み固められた街道とは違い、草原の土は柔らかい。当然平坦ではなく、所々に穴もある。アナウサギの巣だろうか?
俺は興味本位に【地脈探知】を使い、草原の地下の構造を探った。予想通り、アナウサギの巣と思われる空洞が無数に広がっている。
「マーカスのおっさんへの土産にするか」
【収納空間】から短弓と矢筒を取り出し、狩をしながら俺は森を目指した。
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「霧降りの祠」のある森に近付くにつれて、俺の身体の中に「嫌な感じ」が広がっていた。一歩一歩進むだけで、胃が重くなる。もちろん、二日酔いではない。
【呪術師】時代に得たスキル【悪意感知】が警告を鳴らしているのだ。「この先には大いなる悪意があるぞ」と。
さらに森に近付くと、肌が粟立ち始めた。
多いのだ。悪意の数が。近付者者を害してやろうとする意志が森全体に溢れている。地元民が「近付くな」というのも頷ける。【悪意感知】のスキルがなかったとしても、敏感な人であれば「嫌な感じ」に気が付いていてもおかしくない。
何もなければ、くるりと踵を返して領都に戻っていただろう。「マーカスの庭」のカウンターでアナウサギのシチューを啜りたい。
しかし、リーナの涙ぐんだ顔が俺の脳裏に浮かぶ。首の周りに浮かんだ紫の靄。あれの原因はきっとこの先にある。悪意の元を辿っていけば……。
森の少し手前に来ると、悪意とは別の気配を感じた。小高くなった丘の麓に隠れるようにして幾つも天幕が張られている。地元民は近付かない筈なのに、一体何事だろう?
俺は天幕を遠巻きにして様子を窺う。見張り番のような男が俺に気が付き、分かりやすく警戒を強めた。
どうする? 無視して森に入ってもいいが、向こうは俺を認知している。誰も近付かない筈の「霧降りの祠」に向かう男を不審に思うのは道理。邪魔などされたら堪らない。軽く、挨拶がてら牽制しておくべきか……。
俺は天幕に向かってゆっくりと進む。わざとらしく笑顔をつくり、善良な地元民を装って。
しかし、見張りの男は警戒をしたままだ。男は革鎧姿で、腰には短剣をぶら下げている。どうやら、冒険者のようだ。もう、表情を判別できるぐらいの距離だ。
「こんにちは」
「貴様、何者だ? こんなところで何をしている!?」
見張りの男は短剣の柄頭に触りながら、鋭い声で詰問してきた。少々、野蛮な印象だ。
「俺ははただの【薬草師】だ。この先の森に珍しい薬草があると聞いて、探しにきた」
感情を乗せず、抑揚のない声で答える。顔には笑顔を張り付けて。
「怪しいな。本当は野盗ではないのか?」
えぇぇえ。野盗が一人でのこのこ歩いているわけないだろ……。この見張り、話しが通じなさそう……。
「こんな善良な野盗がいるわけないだろ?」
「野盗はみんなそう言うんだ!」
こいつ、野盗に何されたんだよ! 目が座ってて怖い! 話し掛けるんじゃなかった……。どうしよう……。
天幕の中から人が出てくる気配がある。騒ぎを聞いて、加勢に来たのだろう。どうする──。
「おい、なんの騒ぎだ──ってウォルトじゃないか!? なんでこんなところにいるんだ?」
出てきたのは狼の獣人、バランだった。見張りの男が俺の顔とバランの顔を交互に見て、混乱している。
「薬草を探しにきたら、そこの見張りの男に『野盗』扱いされて困っていたんだ」
バランは見張りの男をギロリと睨んだ。
「こいつはウォルト。俺の妹の治療をしてくれている【薬草師】だ。間違っても野盗呼ばわりしていい人じゃない。今すぐ謝罪しろ!」
バランに叱責され、見張りの男は勢いよく頭を下げ始める。なんだか、とても悪いことをした気分だ。
「やめてくれ。勝手に天幕に近付いた俺が悪かったんだ」
「ウォルトがそう言うならいいが……」
見張りの男はしょんぼりしたまま小さくなっている。
「立ち話もなんだ。ウォルト、天幕にきてくれ。【鋼の牙】のメンバーに紹介する。茶でも飲もう」
あまりゆっくりするつもりはないが、断るのも忍びない。
「ありがとう。頂くよ」
バランに連れられ、俺は天幕へ入った。




