第15話 呪いの原因
朝、宿を出た俺は、ようやく慣れてきた道を歩き、バランの家へ向かった。
獣人の住む木造の家からは肉を焼く匂いがする。朝からガッツリ食べるのだろう。
朝食はパンとスープぐらいで軽く済ます人族とは食習慣が違うようだ。
家々から流れてくる匂いから朝食のメニューを予想しながら歩いていると、いつの間にかバランの家が近づいていた。
もう工房の炉には火が入っているらしく、煙突からは煙が上がっている。
風が強いので、煙は直ぐに空に消えてしまう。
リーナの呪いもあんな感じであっさりなくなれば良いのだが……。
そんなことを考えながら、バランの家の母屋の扉をノックした。すぐに足音がする。勢いよく、扉が開かれた。
「いつも悪いな、ウォルト。入ってくれ」
バランの家に着くと、すぐに妹のリーナの部屋に通された。ベッドの上のリーナはすでに体調を崩し始めていた。顔色は青ざめ、荒い呼吸を繰り返している。
「ウォルト……」
狼狽するバランを手で制し、俺はベッドの横の丸椅子に座る。少し悩むフリをしてから、リュックを漁り、【収納空間】からポーションの小瓶を取り出した。今までリーナに飲ませていたものより、少し上等なやつだ。
「大丈夫だ」
薬を飲ませつつ、俺は彼女の首元に微かに触れ、【解呪】を強く発動させる。
リーナの首から紫色の靄が立ち上り、すぐに霧散してゆく。紫の靄が消えるのと同時に、リーナは嘘のように顔色を取り戻し、深く安堵の息を吐いた。
「ありがとうございます。楽になりました……」
「今回は少し強めの薬にした」
「通りで。もう身体もピンピンしてます!」
バランを安心させる為だろう。リーナは力こぶを作ってみせた。
「ウォルト、ありがとう」
「俺は【薬草師】だからな。当然のことをしたまでだ」
俺はリーナの顔色を確認する。
【解呪】自体は、確かに効果がある。
しかし、問題はその持続性だった。以前、田舎の漁村で出会った老呪術師のババアは「強い呪いは何度も解呪を要する」と言っていたが、それにしても限度がある。
リーナにはもう十日連続で、欠かさず【解呪】を施している。それでも呪いは完全に解けないどころか、一日でも解呪を怠れば体調が悪化し始めるのだ。
一体、リーナは誰からどんな呪いを受けたというのか……。
俺が考え込んでいると、バランがそわそわし始めた。
「どうした?」
「実は、ギルドから招集が掛かっているんだ」
「何かあったのか?」
「ここ数日。カーディナル領内で不審な失踪事件が立て続けに起きているらしい。俺たち『鋼の牙』に原因の調査依頼が入ったんだ」
なるほど。「鋼の牙」はカーディナル領では一番、力のあるギルドだ。声が掛かるのは当然だろう。
「俺はもう少しリーナの様子を診ている。バランはギルドに行ってくれ」
「すまない……」
バランは妹に一度振り返り、心配そうな顔で俺に後を任せ、急いで家を出て行った。
部屋には俺とリーナだけが残る。リーナは一時的な健康を得てベッドから立ち上がり、俺と同じように丸椅子に座った。
「リーナ。少し、聞きたいことがあるんだ」
リーナは動きを止め、不思議そうに頭を傾げた。
「何でしょう?」
「体調が悪くなったのって、いつ頃なんだ?」
顎に手を当て、リーナは少し困ったように考え込む。
「……ええと、一カ月と少し前だと思います。急に倦怠感が酷くなって……」
「その頃、何か原因とか思い当たることはあるか? 何か特別なものを食べたとか。誰かに会ったとか。あるいは、どこかに行ったとか」
俺の最後の言葉を聞いた瞬間、リーナの顔が曇った。その狼の耳がピクリと動き、瞳が泳ぐ。
明らかに隠し事をしている顔だ。俺はあえて視線を外さず、冷静な声音で続けた。
「体調を崩す原因は様々だ。人や動物、モンスターから病気をもらうことが多いがな。リーナの病気にも何かしらの原因がある筈だ。薬を飲み続けるにしても、その原因が分かっていた方が、より効果的な治療ができる。何か、思い当たることはないのか?」
「はい……」
リーナは観念したように、顔を伏せて話始めた。
「ごめんなさい……。実は、病気になる少し前、好奇心で、立ち入りを禁止されている場所に入ってしまったの……」
立ち入り禁止区域?
「どこだ?」
「街の外にある、『霧降りの祠』よ。友達と怖いもの見たさにふざけて入ってしまった……。中には何もなかったけど、あの時、すごく嫌な、冷たい空気に触れた気がするの」
祠に入ったことを白状したリーナは、家族に隠していた罪悪感からか、涙目で俺を見つめた。
「一緒に行った友達は元気なのか?」
「はい。体調を崩したのは私だけ。だから、『霧降りの祠』は関係がないと思っていたの……」
呪いを受けたのが、リーナだけだったということだろうか? 何にせよ、「霧降りの祠」に行って調査するしかない。
「話してくれてありがとう」
「ごめんなさい……」
【解呪】によって楽になった筈だが、リーナは背中を丸めて涙目で俺を見つめている。なんとかしてやりたい、という気持ちがグッと首をもたげた。
本来の俺の任務は「カーディナル伯爵領の調査。帝国がこの地を狙う理由を明らかにする」だ。「霧降りの祠」は関係ない。
しかし、寄り道を禁じられているわけでもない。
「リーナはきっと良くなる」
「はい……」
俺は丸椅子から立ち上がり、リーナの部屋を後にした。




