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第14話 カーディナル伯爵領、到着

 カーディナル伯爵領の領都、グランカルデアナ。


 俺の予想を遥かに超えて、その街は立派な城壁を持っていた。


 王都のそれには及ばないものの、灰色に硬く組まれた石積みの城壁は高さ十メートルはありそうで、北方でこの領地を維持してきた、領主の強い意志を感じさせる。


 帝国との間に険しい山脈があるとはいえ、国境を守る最前線だ。その危機感が、これだけの城壁を造らせたのだろう。


 馬車は並足で城壁の分厚い門を潜り抜け、ようやく領都の内部へと滑り込んだ。長い旅路の終着点だ。


 道中でバランに何度も急かされ、露骨に迷惑そうな顔をしていた御者。待合場に入って俺とバランを降ろすと、心底ホッとしたような溜息をついた。


 長旅で疲労が溜まっているうえ、腹が減っていた。まずは宿を探して飯を食い、明日に備えたいところだが、目の前の獣人にはそんな余裕はないらしい。


「ウォルト! 家までちょっと歩くが、大丈夫か?」


 バランは俺を気遣うように聞いてきたが、その足は既に速足になっている。本当に気を遣うなら、宿を紹介して欲しいところだが、妹のことで頭がいっぱいなのだろう。


「大丈夫だ。早速いこう」


 俺は疲労を表情に出すことなく頷き、大荷物のリュックを背負い直した。Aランクギルドのメンバーに恩を売る。この機会を逃すわけにはいかない。


 バランの父親は鍛治師らしく、家は領都の外れにあるという。


 グランカルデアナの街並みは、人族と獣人の文化が混じり合った独特なものだった。通りには人族の石造りの家屋と、獣人が好むであろう木材を多用した武骨な建物が混在し、街には活気があった。


 バランは街を案内しながら、速足で歩く。待合場から小一時間。領都の端、人が疎らになった区画に、彼らの家はあった。


 近づくにつれて、規則的な金属音が響いてくる。


 カン、カン、カン!


 ハンマーの音が幾つも響くその場所こそ、バランの父親が営む工房兼住居だった。工房と家屋は分かれており、工房からは炎と汗の匂いが立ち込めている。


 バランの兄も鍛治師で、父親から【鍛治師】のジョブを授かって受け継いでいるらしい。ちなみにバランは【剣士】だ。


「親父、兄貴! 【薬草師】を連れてきた! リーナを診てもらう!」


 バランは工房に顔を突っ込み、家族に声をかけると、すぐに俺を家屋の方へと促した。


 家屋に入ると、鍛治場の熱気がわずかに届くものの、ひんやりとした空気が流れていた。バランに急かされ、すぐに妹の部屋へ向かう。


 部屋には、細身の獣人の少女がベッドで布団を被り、苦しそうに横たわっていた。わずかに開いた口からは、荒い呼吸が漏れている。


「リーナ、ウォルトさんだ。南からわざわざ、お前の病気を診るために来てくれた」


 バランが優しく声をかけると、妹のリーナは無理をして、震えながら上半身を起こした。獣人らしいしっかりとした体躯を持つバランとは対照的に、妹は驚くほどに痩せ細っている。


 ベッドの横に立って屈み、俺はリーナの首に注目した。


 これは……病気じゃないぞ……。


 俺は【呪術師】時代に習得した【呪力感知】によって、呪いを感知することが出来る。


 バラン達には見えていないだろうが、リーナの細い首には紫色の靄が纏わりついていた。まるで、真綿で首を絞めるように。


「どうだ? こんな症状を見たことはあるか?」


 バランの視線はリーナと俺の顔を何度も往復する。ひどく忙しない。


「酷く体力が落ちているのは間違いない。先ずは『黄金樹のしずく』を飲ませてみよう。これなら即効性がある」


 それっぽい薬の名前をでっち上げつつ、俺はリュックからポーションを出した。そして蓋を開けて左手で持ち、リーナの口元へと近付ける。


 同時に右手をリーナの首元へ添えた。呪いに対抗するために。


「少し苦いけど、頑張って飲んでみて」

「……はい」


 リーナは恐る恐る、小瓶に口をつけた。と同時に、俺は【呪術師】のスキル【解呪】を発動した。リーナの首に掛かっていた紫の靄がスッと消えてなくなる。


「……えっ……」


 リーナが驚きの声を上げた。自分の手を開いたり閉じたりして、「信じられない」という顔をする。


「リーナ、どうした……?」

「身体に力が入る。今まで、全然思い通りに動けなかったのに」


 話している間にも、リーナの顔色はどんどん良くなる。青白かった肌に血が通い、瞳にも光が差した。


「凄い! 誰もリーナを治せなかったのに! ウォルト、お前は凄い【薬草師】だ! ありがとう! 心から礼を言う」


 バランは何度も頭を下げる。


「まだ治療を始めたところだ。快方に向かうとは思うが、喜ぶのは全快してからにしよう。とはいえ、これで命に別条はないだろうが」

「それで充分だ!! 幾らでも謝礼は払うから、しばらくは治療を続けてくれ!」

「あぁ、勿論そのつもりだ。しかしその前に──」


 バランは不思議そうな顔をする。何かあるのかと。


「──宿を取りたいのだが、案内してくれるか?」

「……すまん。宿がまだだったな」


 妹の命が繋がったことに安堵したバランは、すぐに宿を紹介してくれた。




 夜には、バランの家族に食事に招かれ、鍛治師の父親と兄、そして回復したばかりの妹リーナと共に、地元の酒を振る舞われた。


 バランは「お前は恩人だ」と何度も言い、酒を勧めてきた。俺は地酒をちびちびと飲みながら、リーナの様子を観察していた。


 ずっと寝たきりだったというのに、今はもう食卓に座れるぐらいに回復している。これは大変喜ばしいことだ。


 しかし──。


 リーナの首には、また薄く、紫の靄が現れ始めていた。

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