第13話 道中
カーディナル伯爵領。イムリス王国の北方に位置し、強大な帝国との国境の一部を担う、寒冷な地域。
ただし、伯爵領と帝国の間には、軍事的な緩衝帯となる険しい山脈が横たわっており、正規の往来は困難な場所だという。
住人の半分は人族だが、残りの半分は獣人らしい。元々、山岳地帯に独自の文化を持つ獣人の集落があり、そこと混じり合って今のカーディナル伯爵領が形成されたそうだ。
王都を出発する前に得られた情報はこれが全てだった。
帝国がこの地を欲しがる理由については分からない。勿論、表から探れる情報で答えが出るなら、闇ギルドへ依頼が来ることはなかっただろう。
前金の額が多かった理由は、カーディナル領までの旅費を想定してのことだったのだ。結局、足で情報を集め、持ち帰るしかないということだ。
俺は今、王都から北方地域へと向かう乗り合い馬車の客室にいた。
客室と言っても荷台に幌があるだけで、一応雨風は防げるものの、北方の寒さは防げない。王都を出て十日ほど。気温は徐々に低下し、吐く息が白く、幌の内部にはうっすらと霜が降りるようになってきた。
王都を出発した乗り合い馬車の客は、短い区間を移動する者が多く、常に入れ替わる。王都からずっと乗っているのは俺一人。
皆、途中から乗ってきて、途中で降りていった。それぐらい、王都からカーディナル領は遠いのだ。
そして、ある街の待合所。
「邪魔するぞ」
カーディナル領が大分近くなった頃、若い男が馬車に乗ってきた。男は狼系獣人で恰好からすると、冒険者のようだ。
「冒険者の方ですか?」
俺が静かに問うと、獣人の男はふん、と鼻を鳴らした。
「あぁ」
短く返事して、獣人の男は胸元から牙をモチーフとしたペンダントを出し、俺に見せた。そのペンダントは、無骨ながらも力強い光を放っている。
獣人の男はとても得意げだ。「俺はこーいうもんだ」と見せびらかしている気配がある。
しかし、俺にはそのペンダントが何を意味するのか、皆目見当がつかない。
「カッコイイですね」とでも言った方が良いのだろうか?
獣人の男は俺の反応待ちらしく、ずっとペンダントを取り出したままだ。そろそろ、何か言った方がよさそうだ。
「そのペンダントは──」
「おぉ! よく気が付いたな!」
全然気が付いてません。だが、ここで相手を不機嫌にさせるのは得策ではない。話を合わせる。
「ですよね~」
「その通り! これはAランクギルド『鋼の牙』のメンバーのみが持つことを許されるものだ。つまり、俺は『鋼の牙』に所属している冒険者ってことだ。『鋼の牙』のバランって、聞いたことないか?」
「鋼の牙」? 王都では聞いたことのないギルドだ。Aランクギルドらしいし、北方では有名なのだろう。そしてこの男はバラン、と。当然だが、知らない。
「すまない。俺は南の方から来たんだ。バランの名前まではしらない」
「……そうか……。俺の名声も、王国の南にまでは届いてなかったか……」
バランは分かりやすく、しょげる。しばらく黙り込んだあと、バランはようやく口を開いた。
「……お前も冒険者なのか?」
俺の格好を見てそう判断したのだろう。
「いや、違う」
「そうなのか? てっきり冒険者かと思ったが……」
まぁ、そうだよな。革鎧を着て短剣を腰に下げてる時点で冒険者だよな。しかし、俺は正規ギルドには未所属。説明が面倒だ。
「俺はウォルト。【薬草師】なんだ。まだ見ぬ薬草を探しに、カーディナル領を目指している」
バランは目を見開く。
「おぉぉぉお!? 【薬草師】なのか? 本当か?」
あれ。なんか【薬草師】ってまずかった?
「……本当だが」
俺は腹に抱えていたリュックから、琥珀色に輝く上質なポーションの入った小瓶を取り出して見せる。
「ウォルトは色んな薬を作れるのか?」
「あぁ。こう見えて、【薬草師】で習得できるといわれているスキルは全て覚えている」
バランの顔に光りが差す。
「ウォルト! 頼む! 俺の家まで来てくれないか?」
急に立ち上がり、バランは俺の肩を掴んで懇願を始めた。一体、何事だろう。
「バラン。落ち着いてくれ。お前の家に何かあったのか?」
「俺の妹が一か月ほど前から、原因不明の病気で寝たきりなんだ! ポーションを飲ませても、ギルドメンバーに頼んで回復魔法をかけても駄目で……。でも、この辺で出回っていない薬なら、妹に効くかもしれない! ウォルト、頼む!」
さっきまでAランクギルドを鼻にかけていたバランが、必死な表情を俺に向ける。闇ギルドの依頼の途中ではあるが、目的地はカーディナル領で同じ。
Aランクギルドのメンバーに恩を売っておいた方が、動きやすくなるかもしれない。【薬草師】と紹介されれば、怪しむ人も少ないだろう。
「わかった。力になれるかは分からないが、バランの妹を診てみよう」
「助かる!! おっさん!! 馬車を飛ばしてくれ!!」
妹想いのバランは御者席に向かって大声を張り上げた。御者は振り返り、迷惑そうな顔を見せた。




