第12話 混沌のイムリス王国
イムリス王国王都の北側は、整然と区画整理された貴族街が広がる。王都を象徴する華やかな通りは、金と銀の装飾に彩られた馬車が往来し、その中心には白亜の王城がそびえ立つ。王と王族の住処であり、政治の中心である。
表向きは華やかで威厳に満ちた王城。しかし、その内部は権力闘争の炎に包まれ、混沌を極めていた。
病気がちの国王アルデウスの力が弱まるにつれ、有力貴族たちは三人の王子をそれぞれ担ぎ、自らの陣営に王位を継承させようと躍起になっている。未熟な王子たちは、もはや彼らを推す貴族たちの傀儡に等しい。
その現状を一番深く憂いていたのは、第一王女セレーネだった。
有力貴族の全員が国のためを思っているならまだ良いが、私腹を肥やすことにしか興味がない者も多い。中には、国土を外国に渡してでも国内での地位を盤石にしようとする売国奴までいた。
セレーネはそのような動きを探り、牽制を繰り返し、なんとかイムリス王国を守ろうとしていた。
そんなセレーネの一番の悩みの種は第二王子ガイウスの派閥だった。
ガイウスを強く推すのは、王国北方の領地を持つ貴族たち。彼らは大陸北部にある帝国との繋がりが噂されていた。表向きは「北の盾」を謳い、帝国への抑止力として振る舞っていたが、実際は帝国の莫大な資金力によってたらしこまれていたのだ。
「国土の一部割譲を条件に、ガイウスに王位継承の推薦と資金援助を行う」
この密約を、セレーネ王女はブラッドレイ伯爵から託された水晶に込められた映像によって確信した。
しかし、セレーネが動くことは難しい。もう彼女と共に戦ってくれていたブラッドレイ伯爵は王国にいない……。
王城の自室、夜。セレーネは侍女を下げさせると、執務机につく。紙を取り出し、ペンで何かを綴り始めた。
依頼内容:
カーディナル伯爵領の調査。帝国がこの地を狙う理由を明らかにする。
第二王子ガイウスの派閥に気付かれないように、帝国の意図を探って欲しい。※第二王子は帝国と繋がっている。
成功報酬:金貨百枚
とても、正規ギルドには依頼出来ない内容が記されていた。
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カーラとの死闘に勝利し、俺は「トカゲの尻尾」のキッチンに立つ資格を得た。依頼のない日の夜はカーラからキッチンを引き継ぎ、王都の闇に生きるならず者達に料理を振る舞う日々を送っていた。
「トカゲの尻尾」界隈では俺は【料理人】ウォルトと呼ばれつつあった。本当のジョブは【剣士】なのに、誰も信じようとしない。
昨日は簡単な依頼、「商人の娘を強姦した貴族の息子に鉄槌を喰らわせる」を成功させ、今日は完全なオフだ。
夕方からフードを被って食材を仕入れ、皆が飲み始める頃から「トカゲの尻尾」のキッチンに立った。
メニューは「本日のオススメ」のみ。
それでも俺がキッチンに立つ日の食堂は多くのならず者達で賑わった。カーラが「やるわね……」と悔しがる程度に。
オーダーが落ち着き、一息ついたころ、キッチンを覗く視線を感じた。
豊かな黒髪を揺らす妖艶な女。サシャだった。「トカゲの尻尾」に顔を出すなんて珍しい。
「ウォルト。貴方、本当にキッチンに立っているのね」
「あぁ。カーラに認められたからな」
サシャは目を丸くしながら、キッチンと対になったカウンターに座る。
「今日のオススメを貰えるかしら」
「はいよ」
俺は細かく刻んだ青魚を皿に盛り、ゴマとネギ、おろしニンニクをまぶし、魚醤を入れた小皿と一緒にカウンターに置いた。
「なに、この料理」
「漁師料理だ。壺焼きも出すからちょっと待ってくれ」
刻んだ貝とカニの内臓を貝殻に入れ、焜炉の魔道具にかける。そろそろ腹が減ってきたので、自分の分も用意する。
「美味しい! エールに合いそうね」
サシャがそう言うと、食堂のホールにいた丁稚小僧が反応し、すぐさまエールが注がれたジョッキを持ってくる。サシャは受け取り、豪快にグイとあおった。
「ぷはぁー。これは最高ね」
「よかった」
ぐつぐつと吹き始めた壺焼きを見ながら答える。
「ウォルト、本当のジョブは【料理人】でしょ?」
「【剣士】だって。何度も言っているだろ?」
「食堂のキッチンに立つ【剣士】なんて聞いたことないけど」
「カーラは食堂のキッチンに立つ【格闘家】だぞ?」
サシャが笑って吹き出したところで、壺焼きが出来上がる。薄切りのバケットを添えてサシャの前に置くと、「わぁ」と声があがった。
自分用の壺焼きを摘まみながら、サシャに話し掛ける。
「今日は何か用があってきたのか?」
「そうよ。『トカゲの店主』に依頼書を届けにきたの。あなた宛ての依頼よ」
サシャはカウンター越しにジッと俺を見つめた。嫌な予感がする。
「その依頼、断ることは出来るのか?」
「いいえ。出来ないわ」
それは依頼ではなく、命令というのでは? 一度、闇ギルドに関わってしまうと縁を切ることは難しい。一生、命を突け狙われる覚悟があれば別だが。
「あぁ~、ウォルトの手料理がしばらく食べられなくなると思うと、残念だわ~」
サシャはわざとらしく言う。どうやら、長期間にわたる依頼らしい。
「ふぅ。お腹いっぱい。お金はここに置いていくわね」
カウンターに小銀貨を数枚置き、サシャは食堂から去っていく。その背中を見送りながら、俺は次の依頼について考える。厄介事でなければいいが……。
「おい、ウォルト! オヤジが呼んでるぞ!」
俺の思考を破るように、丁稚小僧が声を上げた。俺はエプロンを外し、「トカゲの尻尾」の受付へと向かう。
トカゲのおっさんは俺の顔を見ると、「ちょっと来い」と事務室へと招きいれた。
「……ウォルト。お前宛にとんでもない依頼が来ているぞ」
おっさんはバタリと扉を閉めると、さっそく依頼書を差し出した。有無を言わさない圧力を感じる。
仕方なく受け取り、依頼書を開き、目を通す。
「この依頼……」
「生きて帰ってこいよ」
トカゲのおっさんは珍しく心配そうな表情をして、俺を送り出した。




