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第1話 漁師になれない

 俺が十五歳の時に授かったジョブは【農夫】だった。これは農作業をやるには最適なジョブで、農村では一番歓迎されるらしい。しかし、俺が住んでいるのは漁村。完全にミスマッチ。


 俺のジョブが【農夫】と知った母親は暗い顔をし、父親は俺の肩をポンポンと叩いてこう言った。


「ウォルト。三か月経てば転職が可能になる。次はきっと【漁師】を授かる筈だから、そんなに落ち込むな」


 別に落ち込んでいたわけではなかったが、両親の期待に応えられなかったのは事実。転職するしかない。


 俺は長男だ。下に一人、年の近い弟はいるが、家業を継ぐのは俺の予定だ。俺は【漁師】のジョブを授からなければならないのだ。


 父の話によると、転職はカリア教の神官に頼めばやってくれるそうだ。勿論、お金はかかるがそれ程、高額ではないとのことだった。


 俺は三か月の間、淡々と家の仕事を手伝いながら【農夫】のジョブを堪能した。俺は【農夫】としての適性が高かったらしく、すぐに様々なスキルを覚えることが出来た。


 一番気に入っているスキルは【鍬術】。鍬を使えば硬い地面でも簡単に耕すことができ、しかも全然疲れない。農村で【農夫】が重宝される理由が分かる。


【鍬術】の他にも【豊穣の祈り】や【土壌改良】、【収穫術】のようなスキルを覚えた。もちろん、家業である漁業には全く関係ないスキルばかり。


 普通はスキルを覚えたら周囲に自慢するものらしいが、俺がそれをやると両親をさらに落胆させることになる。「ウォルトは【農夫】として生きていくつもりか?」と。


 俺は三か月、スキルを覚えても誰にも伝えることなく一人でその効果を楽しんでいた。転職すれば、前のジョブで覚えたスキルは「全て忘れてしまう」と聞いていたから、思う存分、【鍬術】や【豊穣の祈り】、【土壌改良】に【収穫術】を満喫した。スキルとの別れを惜しむように。


 そして三か月後。


 村にやってきたカリア教の神官を訪ね、俺は転職を申し出た。神官は「よろしい」とだけ言い、俺の額に手を当て、何か呪文を唱えた。


 その瞬間、頭がスッと軽くなり、次に何かが降ってきた。直観的にジョブを授かったことが分かる。


 神官は胸元から紙を取り出し、俺の顔を見ながらサラサラと何かを書いた。紙を受け取ると、「農夫→狩人」と書かれてある。俺の転職の履歴を表しているのだろう。


「俺のジョブ、【狩人】ってことですか?」

「そうだ」


 神官の冷酷な宣言。しかし、神官を責めることはできない。カリア神が俺に授けたジョブを、ただ読み上げただけなのだから。


 俺は落胆して神官の元を去り、そのまま海に行った。沖には漁船が幾つも並んでいる。その内の一隻は父が操るものだろう。


 父は村でも一番の漁師と言われ、当然【漁師】のジョブを持っている。なのに、俺は【狩人】なんてジョブを授かってしまった。矢を放って魚を取ることも出来るかもしれないが、【漁師】には敵わないだろう。


 また、転職だ。それまでの間、せいぜい【狩人】を楽しもう。そんなふうに気持ちを切り替えて、俺は三ヶ月を過ごすことにした。



#



【狩人】のジョブを授かってからすぐに、俺は異常に気が付いた。転職したら忘れる筈の前のジョブで覚えたスキルを、俺は忘れていなかったのだ。


【農夫】として覚えた【鍬術】や【豊穣の祈り】、【土壌改良】に【収穫術】をそのまま使うことが出来たのだ。今のジョブは【狩人】なのに。


 しかも、俺は【狩人】としての適性が高かったらしい。棒切れで弓を作って遊んでいると、必ず的に当たる【必中】や遠くの獲物も見逃さない【鷹の目】、気配を消す【隠遁術】なども簡単に覚えてしまった。


 ただし、漁師として使うにはどれも微妙。「スキルを覚えたよ」なんて得意げに言う気分にはなれなかった。


 それに【農夫】で覚えたスキルを使えることがバレたらどんな扱いを受けるか分からない。実際にジョブやスキル絡みで、人生を棒に振ることだってある。


 うちの漁村には「ジョブなしエリック」と呼ばれる老人がいる。


 普通の人は十五歳でカリア神からジョブを授かる。しかし、エリック爺さんはジョブを授かることはなかった。神から見放された男として、村人からは遠ざけられ、今は外れに一人で住んでいる。


 もし、俺が過去ジョブのスキルを忘れていないことがバレたらどんな扱いを受けるだろう。神の摂理に背く者として、糾弾されるかもしれない。いや、間違いない。


 それは【漁師】のジョブを授かれないよりも、ずっと恐ろしいことだ。過去のスキルを扱えることは絶対に秘密にしなければならない。


 だからなるべく、スキルの件は話題にしない方がいい。どこでボロが出るか分からない。


 俺は【狩人】のジョブを満喫しつつも、慎重に三か月を過ごした。



#



 三か月後。


 俺はカリア教の神官の前に立っていた。既に転職は完了し、今は神官が転職歴を書き終えるのを待っている。


「これを」

「ありがとうございます」


 俺は履歴書と呼ばれる紙を受け取る。そこには「農夫→狩人→商人」とある。


「俺のジョブは商人ですか?」

「そうだ」


 また【漁師】のジョブを授かることは出来なかった……。しかも今度は【商人】だなんて。どんどん、【漁師】から遠ざかっている気がする。これは流石に凹む……。


 神官は項垂れる俺の肩に軽く手を触れ、「また三か月後」と言った。そして、去っていく。


「よし、切り替えよう」


 うだうだ悩んでも仕方がない。三か月の間、全力で【商人】を楽しみ、転職する。俺に出来るのは、それだけ。


 俺は漁村唯一の【商人】として、しばらくの間過ごすことになった。



#



 十八歳の誕生日。


 俺は十二回目の転職を行っていた。カリア教の神官は「またお前か」という顔をしている。


 神官の気持ちは分かる。何度も何度も転職の申請をする俺に呆れてしまっているのだろう。しかし、俺は【漁師】のジョブを授かり、家業を継がなければならない。【漁師】を授かるまで、諦めることは出来ないのだ。


 神官は「では」とだけ言い、俺の額に手を当て、何か呪文を唱えた。


 その瞬間、頭がスッと軽くなり、次に何かが降ってきた。直観的にジョブを授かったことが分かる。もう、慣れたものだ。


 神官は胸元から神を取り出し、俺の顔を見ながらサラサラと履歴書を書き始めた。転職回数が多いので、神官も大変そうだ。


「ふう……。これを」


 神官から履歴書を受け取る。その一番下に書かれていたジョブは……。


「【剣士】ですか……」

「そうですね」


 神官は感情のない声で返す。


 身体から力が抜け、ふらふらとした足取りで、神官の前から立ち去る。あぁ、また駄目だった。俺はいつ【漁師】になれるのだろう……。


 両親への報告を考えると、心臓がキュウと音を立てて痛む。


 足を引き摺るようにして、家に向かった。何度か深呼吸をしてから、玄関の扉を開ける。潮風で痛んだ蝶番が、軋んだ音を立てた。


 扉を開けると、すぐそこに両親が立っていた。まるで、待ち構えていたように……。


「どうだった?」


 父が言葉短く、尋ねる。母親はただ、息を呑んでいる。


「【剣士】を授かった」

「そうか」


 両親が下を向いた。


「次は【漁師】を授かってみせ──」

「もういい。家業はお前の弟に継いでもらう」

「いや、だって……」

「ウォルト、もういいんだ。弟のリックは十五歳で【漁師】を授かった。俺もそうだった。【漁師】の適性がある奴は、最初に【漁師】を授かる。残念だが、お前には【漁師】の適性がないんだよ」


 分かっていた。そんなことは分かっていた。


「俺は、どうすれば……」

「【剣士】を授かったんだ。騎士団を目指すもよし。冒険者にだってなれる。お前の人生だ。自分で考えなさい」

「はい……」


 翌日、俺は村を出た。父から餞別として渡された小袋には、わずかな金が入っていた。弟の顔を見ることは出来なかった。

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