了解
慎一は、直人に連絡を入れる時、
用件を詳しく書いたことがなかった。
「今、少し話せる?」
それだけでいい。
理由を書かなくても、直人は聞かない。
それを、慎一はもう知っている。
その夜も、同じだった。
駅のロータリーに停まった車に乗り込むと、
直人は軽く顎を引いただけで、
「お疲れ」とも言わなかった。
エンジンがかかる。
ラジオはつけない。
沈黙は、いつの間にか二人の了解事項になっていた。
(助かるな……)
慎一は、シートに深く背中を預ける。
家に帰る前に、
何も求められない時間がある。
それだけで、息ができた。
「……悪いな」
慎一が言うと、直人は前を見たまま答える。
「別に」
それ以上、会話は続かない。
でもその「別に」が、
拒絶じゃないことを慎一は知っている。
街灯が、フロントガラスを流れていく。
慎一は、直人の横顔を盗み見る。
昔から変わらない。
感情を表に出さない顔。
でも、ハンドルを握る指先だけが、少し硬い。
(わかってくれてる)
慎一は、そう思う。
自分が直人を友達として必要としていること。
それ以上は、望んでいないこと。
言葉にしなくても、
行動で伝わっているはずだと。
「由紀がさ……」
慎一は、ぽつりと妻の名前を出す。
直人は、何も返さない。
でも、耳を塞がない。
「最近、ちょっと冷たくてさ」
慎一は苦笑する。
「まあ、俺が悪いんだけど」
直人は、少し間を置いて言った。
「……そう思ってるなら、いいんじゃない」
その言葉に、慎一は安心する。
責められない。
踏み込まれない。
ちょうどいい距離。
(やっぱり、友達だ)
慎一は、そう結論づける。
直人の中に、
自分への特別な感情があることを、
慎一は昔から知っている。
でも、直人は線を越えない。
迎えに来るだけ。
黙って、送り届けるだけ。
それが、
友達でいようという意思表示だと、
慎一は信じていた。
家の近くで車を降りる時、
慎一は振り返って言う。
「ありがとな。助かった」
直人は、軽く笑う。
「寝ろよ」
それだけだった。
慎一はドアを閉め、
車が去っていくのを見送る。
その背中を見ながら、
なぜか一瞬だけ、胸がちくりとする。
でも、すぐに打ち消す。
(考えすぎだ)
自分たちは、
ちゃんと大人だ。
ちゃんと、友達だ。
慎一はそう思いながら、
玄関の鍵を開けた。




