第三十話 誰が俺の最推しか
俺は昼の部は観たが、夜の部は行かなかった。
「Predators」の大会に向けたチーム練習があったからだ。
夜の部を観に行きたい気持ちもあったが、ライブ中にあそこまで盛大に応援された以上、応えたい気持ちが勝った。
そうして、ライブが終わった頃。
俺はなかなか高級そうな焼肉店の個室に呼び出されていた。
ライブの打ち上げだ。
メンバーはライブの主役三人と、俺。
「いやー、大成功だったねえ」
乾杯を終えて、霜の入ったカルビを焼きながら。
姉さんはここ最近で一番上機嫌だった。
「ええ。ファンのみなさんの前で最高のパフォーマンスを披露できて、気持ちよかったです」
ネリネさんはビールを片手に、恍惚とした表情を浮かべている。
「本当に、楽しかったなー……」
王城さんはライブの興奮冷めやらぬ様子で、余韻に浸っていた。
「三人ともお疲れ様。すごく良いライブだったよ」
「ありがとー、弟くん」
姉さんが隣から、うりうりと肩をぶつけてくる。
グラスが空になっていて、かなりハイペースだ。
タッチパネルを操作して、もう二杯目を注文している。
「葵君も、楽しんでくれた?」
「ああ。最高だった」
「良かったー……!」
王城さんは顔をほころばせていた。
「ただ、名指しで俺のことを触れてきたのは、驚いたというか……」
「あれは私も驚きました」
「ニノンさん、夜の部でも弟くんの話してたよね……」
二人は呆れていた。
というか、夜の部でも俺の話が出ていたのか。
「でも、弟くんを応援するって約束したからね!」
「それは……ありがとう」
純粋な厚意に、感謝するしかない。
「ところで、今日のライブで最推しは誰でしたか?」
ネリネさんがおもむろに、そんな問いを投げかけてきた。
明らかに、何か面白がっている。
一方で、個室の中で何か張り詰めた空気を感じた。
「最推しって……」
「例えばほら、弟くんがライブ中に誰を一番見ていたか……なんて気になるなあ」
届いたピーチサワーを飲みながら、姉さんが横目で見てくる。
「葵君から見て、誰が一番活躍しているように見えた?」
向かいに座る王城さんは、箸を止めて尋ねてきた。
なるほど。
ネリネさんはこうなることが分かっていて、聞いたらしい。
三人がいる前で、たった一人の一番を決める。
なかなか言いにくい話ではあるが……俺の答えは決まっていた。
「俺は……やっぱりニノンが一番の推しかな」
「やった! さすが私の弟くんだー! ご褒美に私が育てたこのカルビをあげよう」
姉さんが俺の取り皿に肉を一枚置いた。
ずいぶんウェルダンな仕上がりだ。
「これ、酔っ払って焦がしたやつじゃ……」
「細かいことは気にしない気にしない!」
「姉さんは気にしなさすぎだと思う」
俺たちきょうだいが、そんなやり取りを交わす向かい側で。
「やっぱり勝てないか……私も頑張ったんだけどなあ」
王城さんは、ため息をついていた。
「今は勝てなくてもいつかはチャンスがありますよ」
ネリネさんが、王城さんの肩に手を置く。
「な、何のことですか!?」
「さあ、なんのことでしょうね。弟くんはどう思いますか?」
「え? お、俺は……」
ここで俺の方に話題を振ってくるとか、この状況を楽しみすぎだろネリネさんは。
困っていたら、王城さんと目が合ってしまった。
「葵君! こ、この前言っていた話なんだけど」
王城さんは意を決した様子で、話し始めた。
「この前って……」
「ほら、ライブで大活躍したら……って話」
「ああ、うん。覚えてるよ」
ライブで大活躍して、君の心を掴めたら気持ちを聞いてほしい。
王城さんがそう言っていたことは、忘れていない。
「あの話、なんだけど……」
まさかこの場で。
王城さんの気持ちを伝えられるのか?
他にも人がいるのに。
ネリネさんは「おやおや」と笑みを隠すことなく様子を見守っている。
姉さんは「みんなー、おにくもおさけもおいしいよー」と体を前後左右にゆらゆらさせていた。
まだ二杯しか飲んでいないのに、酔いすぎじゃないか?
揺れる姉さんを片手で軽く支えていると、王城さんは言葉を続けた。
「あの話は、保留でお願い! どうやらまだ、私には早かったみたいだから」
王城さんは両手を合わせて、小さく頭を下げた。
「別に頭を下げるような話じゃないと思うけど……分かった」
「でも、諦めたわけじゃないから!」
王城さんは顔を上げる。
「うん。俺もこれからは、佐々城ララの配信も追おうと思うよ。実は今日、グッズも買ったし」
俺の最推しはニノンだ。
だけど他のVTuberにも魅力を感じた一日だった。
「ほ、本当!?」
「おや。私の配信とグッズはどうなんですか?」
「もちろん、ネリネさんのグッズも買いましたし、配信も見ます」
「ふふ。殊勝な弟くんですね」
ネリネさんは満足そうだった。
「あー、だめだよみんなー……弟くんの最推しは私なんだから、横取りきんしー」
姉さんはいつの間にか三杯目を飲み干して机に肘を突いていた。
「すみませんがニノンさんが相手でも、ここは譲れません」
酔っ払ってふにゃふにゃした姉さんに、王城さんは堂々と宣言した。
「えっ、やだー」
姉さんはだだをこねていた。
酔っ払うと幼児退行するタイプなのか、この人。




