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第二十八話 舞台裏のVTuberには夢がない

 迎えたライブイベント当日。

 今日の会場は都心のど真ん中の電気街にある。


 ライブは昼の部と夜の部の二部制で開催予定だ。

 昼の部の開始が十三時。

 関係者席を用意してもらっているとはいえ、俺は一観客だ。

 物販もあるらしいが、まあ昼前にゆっくり行けばいいかと思っていたところ。


「弟くん、明日は朝から来てね!」


 と姉さんから前日に告げられたので、当初の想定より数時間早く会場に到着していた。

 イベント会場の裏手で待つように言われたので、その通りにしていると。

 関係者用の出入り口から、女の人が出てきた。


「やあやあ弟くん」


 黒い帽子を被り、顔にはマスクとサングラス。

 怪しげな格好というか変装をして、姉さんは小声で話しかけてきた。

 身バレ防止は万全のようだ。


「姉さん、おはよう」

「おはよー。ささ、入って入ってー。例のアレ、持ってきてくれた?」


 ひょうひょい、と手招きされたので、俺は姉さんの後に続く。


「ああ。抜かりなくね」



 そうして俺は、楽屋に通された。


「みんなー、弟くんが来たよー!」

「葵君だ。おはよう」


 王城さん……いや、佐々城ララさんと。


「お久しぶりです」

 

 もう一人の共演者、ネリネさんだ。

 演者全員が控えている部屋に俺は当たり前のようにいるけど。


「VTuberって、本来なら顔バレ絶対NGなはずなのに……」


 実際、ここまで来る間も他の関係者と演者とでは導線が違っていて、うっかり鉢合わせない仕組みが用意されていた。

 もちろん、この三人だけでイベントを成立させるのは不可能だから、一部の関係者は顔を合わせる必要があるんだろうけど、最低限で済むよう工夫が施されている。

 ……はずなのに、俺は平然とこの場にいる。


「弟くんとは今更でしょう。ご自宅で一度会いましたし」

「私なんて葵君とはクラスメイトだし」


 ネリネさんとララさんは、気にしていなかった。

 まあ、既に顔見知りだったらそんなものか。

 

「にしても、こんな朝早くから全員集合って大変だな……」

「色々と準備とか、事前の確認があるからねえ。今はようやく一息つけたところなんだー」


 ニノンが「いかにも疲れていますよ」という感じでアピールしてくる。

 確かに朝から頑張ったら大変だろう。

 しかし緊張はあまり感じられず、楽屋の雰囲気は和やかだ。


「その割に、三人とも普通に私服なんだね」

「もしかして弟くんは、私たちが本番でVTuberのコスチュームと同じ衣装を着ると思っていますか?」


 俺の疑問に、ネリネさんが反応してくれる。

 

「違うんですか?」

「実際着るのは、モーションキャプチャー用のスーツです」

「あー、なんとなく分かるかもしれません」


 そういう技術が紹介されている動画を見たことがある気がする。


「ピチピチした全身タイツって感じで、ファンの皆が客席から目にするキラキラした私たちの3Dモデルと比べたら……まあ地味ではあるかな」


 ニノンは、たははと笑っている。

 VTuberのイベントではかわいらしい3Dモデルが歌って踊って、鮮やかなパフォーマンスを繰り広げる。

 しかしその裏でアバターを動かす演者の姿は、表舞台の姿とはかけ離れているってことだ。


「へー、大変なんだな」


 俺はなんとなく、三人が実際にその姿をしている光景を想像しようとして。


「そ、想像しないで! あと絶対舞台裏に見に来たりしないでね……!?」


 ララさんに止められた。


「ふふ。ララちゃんは恥ずかしがり屋だねえ」

「そうは言いますが……私だって弟くんが相手でも、舞台裏でモーションキャプチャー用のスーツを着ている姿はあまり見られたくありません」


 ニノンは笑っていたが、ネリネさんもララさんに同調する。


「そうかな?」

「あれは最新技術の塊という感じがして……すごい機材ではあるのですが、あまり夢がない姿と言いますか」

「そっかー。まあ確かに、私も弟くんには表舞台でのライブの様子をお届けしたいかも」

 

 やはりVTuberのライブは表から見るに限るらしい。

 とはいえ、今は裏側に通してもらっている状況だ。


「客席に行く前に、頼まれた役目を果たしておかないとね」


 俺は楽屋の真ん中にあるテーブルに、ランチバッグを置いた。

 と言っても、この中に入っているのは。


「おや。これはなんでしょう」

「姉さんに頼まれたので、朝ごはんの差し入れを持ってきました」


 ネリネさんの疑問に、俺は答える。


「わー、さすが弟くん! 朝から何も食べてなかったから助かるよー」

「葵君の、手料理……!?」

「手料理、ってほど大したものではないけどね」


 興味津々といった様子でバッグを見つめるララさんに、俺は補足する。


「何を作ってきてくれたのかなー……」


 姉さんは真っ先にバッグを開けた。


「お! おにぎりだ!」

「こちらの水筒はなんでしょう?」

「それは味噌汁ですね。何か温かいものもあった方がいいかと思って」

「まあ。それはお気遣いありがとうございます」


 ネリネさんの口元が、小さく緩んだ。


「弟くんの作るお味噌汁はおいしいんだよねえ」

「ニノンさんって、こんなに生活力抜群の葵君にいつもお世話されてるんですね……羨ましい」

「へへー、羨ましいでしょ?」


 ニノンはこんな時も弟自慢を欠かさなかった。

 本人からするとクラスメイトにそんなことをされたら恥ずかしいと感じる一方で、悪い気はしない。


「何はともあれ、腹が減っては戦ができぬなんて言いますし。本番前に、よかったら腹ごしらえしてください」

「はい。ありがとうございます」

「葵君、ありがとう!」


 ネリネさんとララさんからお礼を言われた。


「じゃあ、ずっといるわけにもいかないので、俺は一旦出ますね」

「えー、もう行っちゃうの?」


 ニノンが名残惜しそうにしている。


「本番前にはちゃんと客席にいるからさ」

「……分かった。その代わり、全力応援よろしくね?」

「了解」


 そうして俺は早めに綺麗上げて、本番前の三人に別れを告げた。


 関係者用の出入り口から外に出た。

 また一般客は開場前だ。

 しかし俺には行き先がある。

 どこかと言えば、ネカフェだ。

 それも、ゲーム用のハイスペックなマシンを取りそろえた店。


 大会の予選決勝が目前に迫る中、推しのライブにうつつを抜かしている。

 早起きしたのに何もしないのは、チームメイトに申し訳が立たない。

 というわけでライブまでの空き時間の間、俺は「Predators」のエイム練習に勤しむことにした。 



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