表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/31

第二十七話 最推しの魂

 家に帰ると、姉さんがだらしなくソファーでくつろぎながらケーキを食べていた。


「おー、おはえりおほうほくん」


 お帰り弟くん。

 多分そう言ったんだろうな。


「ただいま。口の中に食べ物を入れたまましゃべるのはやめようね」


 俺は学校であんな体験をして浮ついた気分になっていたのに、姉さんは良くも悪くもいつも通りだ。

 おかげで、不思議と平常心が戻ってきた。


「ごくり。弟くんもケーキ食べる? 食べるよね?」

「じゃあ食べようかな」


 体を起こしてぐいぐいと尋ねられたら、俺に選択肢はない。


「コーヒーも飲むよね? よね?」

「……? じゃあ飲もうかな」


 小走りでキッチンの方に向かう姉さんは、少しテンションが高い。

 いつも通りだと思ったが、前言撤回だ。


「姉さん、何かいいことでもあった?」

「えー? どうかな。キッチンを見れば分かるかもねー」


 やっぱり機嫌がいい。

 手を洗うついでに、俺もキッチンに行く。


「あ、もしかしてこれ買ったの?」


 最近、姉さんがせっせと荷物をどかして空きスペースを作っていた一角に、真新しいコーヒーマシンが置かれていた。


「うん! すごいでしょ!」

「これ、高そうだけど……姉さんってそんなにコーヒー好きだったっけ」


 姉さんの買う家電は便利だが、たまに無駄遣いではないかと思ったりする。

 配信機材を俺に分け与えられるくらい余っていたのとか、その典型だ。


「ま、まあ野暮なことは言わずにさ。これで淹れたコーヒーは絶品だよー?」


 そう言えば、リビングに芳醇な香りが漂っている。

 姉さんがケーキを買ってきた理由が分かった気がする。


「なるほど。このコーヒーには、甘いお菓子が合いそうだね」

「そうなんだよー。ま、ケーキを買ってきたのはそれだけが理由じゃないけどね」


 そう言いつつ、姉さんは俺の分のコーヒーを準備してくれる。


「やっぱり、何かいいことでもあった?」

「もちろん、弟くんの配信がバズったことだよ! 本人なのに無自覚なんて、困った弟くんだなあ」


 姉さんにけらけらと笑われた。


「バズったのは主にニノンの配信と切り抜きで、俺はそのついでだったからなあ」

「それでも、コメント欄では今まで以上に弟くんの話題が増えてるよー」


 姉さんはスマホの画面を見せびらかしてきた。

 確かに、切り抜き動画には俺に関するコメントも多い。

『弟くんすごい』『ニノンの自慢の弟だね』『近い将来、ニノンはプロゲーマーの姉になる』など。


「でもやっぱり、あくまで「ニノンの弟くん」としての目立ち方だなあ」

「それはまあ、当然だよ」

「姉さんも俺を自分のバーター扱いか……」


 俺はわざとらしく、落ち込んだふりをしてみる。

 すると姉さんは焦り始めた。


「そ、そうじゃなくて! 弟くんはどれだけ出世しても弟くんで……」

「……つまり?」


 遠回しにお前には脈がないぞと言われているみたいだ。

 いや、相手は姉だぞ。

 期待する方が間違っている。


「ええっと……この先弟くんにどれだけファンが増えても、一番弟くんの活躍を推してるのはお姉ちゃんだぞ! ってこと!」

「……そうだね。姉さんの応援には、本当に感謝してるよ」 


 推しが推してくれる。

 その事実に、心の中だけで喜びを爆発させていると。


「へ、へへー。そうもド直球で感謝されると、照れちゃうなあ」


 姉さんは俺の気も知らずに、あからさまに喜んでいた。



 用意してもらったケーキとコーヒーをありがたくいただいていると。


「そう言えば、今度のライブなんだけど」


 姉さんがおもむろに発した言葉で、ケーキを運ぶ俺のフォークが止まる。


「あー……ライブか。ライブね」


 ライブと言えばさっき、王城さんと学校で。

 色々あった。


「どしたの弟くん?」

「気にせず続けていいよ」


 不思議がる姉さんに、俺は促した。


「弟くんは、私たちのライブに来てくれる?」

「うん。実は、王城さんからチケットをもらったんだ」


 姉さんの眉が一瞬、ぴくりと動いた気がした。


「へ、へー。ララちゃんから? そう言えばクラスメイトなんだっけ、仲良いんだねー……」

「仲が良いってほどかは分からないけど、委員会が同じだから話す機会があって」

「ふ、ふーん」


 何食わぬ様子……を装っているつもりで、ものすごく気にしている。


「……やっぱり弟くんは、同い年の方が好みなの?」

「好みとかそういう話じゃなくてさ。ライブに行きたいけどチケット代どうしようって考えてた時に、声をかけてもらったから」


 厳密には、声をかけられてチケットをもらう以上の会話をしたが、俺は伏せた。


「うーん……」


 姉さんは難しい顔をしていた。


「……弟くんの最推しは、ニノンだよね?」


 どこか、少しだけ不安そうな声。

 もし違ったらどうしよう。

 自分以外の誰かが最推しだったら。

 そんな気持ちが、伝わってきた。

 推しを不安がらせるなんて、俺はファンとして情けないな。


「うん。それは間違いなく」

 

 推しを安心させたい一心で、俺は即答する。

 そのおかげか、姉さんの表情が一気に明るくなった。


「じゃあ、問題なし! この際ララちゃんからもらったチケットでも問題ないから、当日は絶対ライブに来ること!」

「もちろん、行くよ」


 俺ははっきりとうなずく。

 

「よろしい! お姉ちゃんが最推しなんて、かわいい弟くんだなあ」


 姉さんもまた、満足そうにうなずいた。

 ついでにかわいがられた。

 少し餌を与えすぎたかもしれない。


「調子が良いなあ……」

「あ、まだ言うことがあった」

「何かな?」

「ライブに来たら脇目も振らず、私を応援すること! 私はあんなに弟くんを応援してるのに、他のVTuberに目移りするなんて、ダメだからね!」


 姉さんが、ずいっと顔を近づけてきた。

 いや、近すぎだろ。

 そんな感想を抱きつつ、俺が目を逸らそうとすると。


「目移りするつもりなんてないけど……!?」 


 頬に手を当てられて、強制的に視線を合わせられた。


「他の子によそ見する余裕なんてないくらいのパフォーマンスを見せてあげるから、覚悟してて?」


 大胆不敵な笑み。

 その瞳の奥では。

 VTuberニノンとしての魂と一緒に、別の何かが燃え上がっているような気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ