第二十七話 最推しの魂
家に帰ると、姉さんがだらしなくソファーでくつろぎながらケーキを食べていた。
「おー、おはえりおほうほくん」
お帰り弟くん。
多分そう言ったんだろうな。
「ただいま。口の中に食べ物を入れたまましゃべるのはやめようね」
俺は学校であんな体験をして浮ついた気分になっていたのに、姉さんは良くも悪くもいつも通りだ。
おかげで、不思議と平常心が戻ってきた。
「ごくり。弟くんもケーキ食べる? 食べるよね?」
「じゃあ食べようかな」
体を起こしてぐいぐいと尋ねられたら、俺に選択肢はない。
「コーヒーも飲むよね? よね?」
「……? じゃあ飲もうかな」
小走りでキッチンの方に向かう姉さんは、少しテンションが高い。
いつも通りだと思ったが、前言撤回だ。
「姉さん、何かいいことでもあった?」
「えー? どうかな。キッチンを見れば分かるかもねー」
やっぱり機嫌がいい。
手を洗うついでに、俺もキッチンに行く。
「あ、もしかしてこれ買ったの?」
最近、姉さんがせっせと荷物をどかして空きスペースを作っていた一角に、真新しいコーヒーマシンが置かれていた。
「うん! すごいでしょ!」
「これ、高そうだけど……姉さんってそんなにコーヒー好きだったっけ」
姉さんの買う家電は便利だが、たまに無駄遣いではないかと思ったりする。
配信機材を俺に分け与えられるくらい余っていたのとか、その典型だ。
「ま、まあ野暮なことは言わずにさ。これで淹れたコーヒーは絶品だよー?」
そう言えば、リビングに芳醇な香りが漂っている。
姉さんがケーキを買ってきた理由が分かった気がする。
「なるほど。このコーヒーには、甘いお菓子が合いそうだね」
「そうなんだよー。ま、ケーキを買ってきたのはそれだけが理由じゃないけどね」
そう言いつつ、姉さんは俺の分のコーヒーを準備してくれる。
「やっぱり、何かいいことでもあった?」
「もちろん、弟くんの配信がバズったことだよ! 本人なのに無自覚なんて、困った弟くんだなあ」
姉さんにけらけらと笑われた。
「バズったのは主にニノンの配信と切り抜きで、俺はそのついでだったからなあ」
「それでも、コメント欄では今まで以上に弟くんの話題が増えてるよー」
姉さんはスマホの画面を見せびらかしてきた。
確かに、切り抜き動画には俺に関するコメントも多い。
『弟くんすごい』『ニノンの自慢の弟だね』『近い将来、ニノンはプロゲーマーの姉になる』など。
「でもやっぱり、あくまで「ニノンの弟くん」としての目立ち方だなあ」
「それはまあ、当然だよ」
「姉さんも俺を自分のバーター扱いか……」
俺はわざとらしく、落ち込んだふりをしてみる。
すると姉さんは焦り始めた。
「そ、そうじゃなくて! 弟くんはどれだけ出世しても弟くんで……」
「……つまり?」
遠回しにお前には脈がないぞと言われているみたいだ。
いや、相手は姉だぞ。
期待する方が間違っている。
「ええっと……この先弟くんにどれだけファンが増えても、一番弟くんの活躍を推してるのはお姉ちゃんだぞ! ってこと!」
「……そうだね。姉さんの応援には、本当に感謝してるよ」
推しが推してくれる。
その事実に、心の中だけで喜びを爆発させていると。
「へ、へへー。そうもド直球で感謝されると、照れちゃうなあ」
姉さんは俺の気も知らずに、あからさまに喜んでいた。
○
用意してもらったケーキとコーヒーをありがたくいただいていると。
「そう言えば、今度のライブなんだけど」
姉さんがおもむろに発した言葉で、ケーキを運ぶ俺のフォークが止まる。
「あー……ライブか。ライブね」
ライブと言えばさっき、王城さんと学校で。
色々あった。
「どしたの弟くん?」
「気にせず続けていいよ」
不思議がる姉さんに、俺は促した。
「弟くんは、私たちのライブに来てくれる?」
「うん。実は、王城さんからチケットをもらったんだ」
姉さんの眉が一瞬、ぴくりと動いた気がした。
「へ、へー。ララちゃんから? そう言えばクラスメイトなんだっけ、仲良いんだねー……」
「仲が良いってほどかは分からないけど、委員会が同じだから話す機会があって」
「ふ、ふーん」
何食わぬ様子……を装っているつもりで、ものすごく気にしている。
「……やっぱり弟くんは、同い年の方が好みなの?」
「好みとかそういう話じゃなくてさ。ライブに行きたいけどチケット代どうしようって考えてた時に、声をかけてもらったから」
厳密には、声をかけられてチケットをもらう以上の会話をしたが、俺は伏せた。
「うーん……」
姉さんは難しい顔をしていた。
「……弟くんの最推しは、ニノンだよね?」
どこか、少しだけ不安そうな声。
もし違ったらどうしよう。
自分以外の誰かが最推しだったら。
そんな気持ちが、伝わってきた。
推しを不安がらせるなんて、俺はファンとして情けないな。
「うん。それは間違いなく」
推しを安心させたい一心で、俺は即答する。
そのおかげか、姉さんの表情が一気に明るくなった。
「じゃあ、問題なし! この際ララちゃんからもらったチケットでも問題ないから、当日は絶対ライブに来ること!」
「もちろん、行くよ」
俺ははっきりとうなずく。
「よろしい! お姉ちゃんが最推しなんて、かわいい弟くんだなあ」
姉さんもまた、満足そうにうなずいた。
ついでにかわいがられた。
少し餌を与えすぎたかもしれない。
「調子が良いなあ……」
「あ、まだ言うことがあった」
「何かな?」
「ライブに来たら脇目も振らず、私を応援すること! 私はあんなに弟くんを応援してるのに、他のVTuberに目移りするなんて、ダメだからね!」
姉さんが、ずいっと顔を近づけてきた。
いや、近すぎだろ。
そんな感想を抱きつつ、俺が目を逸らそうとすると。
「目移りするつもりなんてないけど……!?」
頬に手を当てられて、強制的に視線を合わせられた。
「他の子によそ見する余裕なんてないくらいのパフォーマンスを見せてあげるから、覚悟してて?」
大胆不敵な笑み。
その瞳の奥では。
VTuberニノンとしての魂と一緒に、別の何かが燃え上がっているような気がした。




