第二十六話 クラスの美少女からライブに誘われた。
図書室のカウンターに座って、王城さんと話す。
他には誰もいないので、声量は憚らない。
「夢に向かって頑張る葵君たちを見ていると、私も負けていられないなー」
俺や瑠衣花が大会に全力を尽くす姿を見て、王城さんは刺激を受けたらしい。
「気合いが入ってるね」
「当然だよ。私たちのライブだって、本番が迫ってるからね!」
王城さんはVTuber佐々城ララとして、仲のいい同業者とライブイベントを実施する予定がある。
「聞いたよ。最近はスタジオを借りて練習しているんだって?」
誰から聞いたかと言えば、仲のいい同業者の一人、ニノン。
つまり俺の姉さんだ。
「スタジオのレンタル料とか、私だけ年下だからって出してもらっちゃってさ。罪悪感半分、ありがたさ半分だよ……」
「まあ、甘えておけばいいと思うよ。姉さんって、なんだかんだで羽振りはいいし」
「そうは言ってもさ。私だけ学生だから練習時間も少ないし……足引っ張らないようにしないと!」
確かもう一人の共演者、ネリネさんは専業だったな。
姉さんも普段はずっと家にいるし、その気になったらいくらでも練習に時間を充てられるだろう。
ただし。
「ちなみに姉さんも一応、大学生らしいけどね」
そこそこ高い偏差値の大学に在籍していると、通ってもいないのに自慢していた。
「あー、留年? 休学? してるんだっけ」
「まあ、今は配信業に専念している、ってことらしい」
「ニノンさんって、夢のためにいつも全力ですごいよね……」
「うん。そこは俺も尊敬してる」
家ではだらしない一面もあるが、配信中のニノンはプロフェッショナルだ。
「やっぱり葵君は、私たち三人の中だとニノン推しなの?」
「え、まあ……そうなるのかな」
同級生に対して、姉が推しだとは即答できなかった。
「他のVTuberは、どうかな?」
「え? どうって」
「例えば、私。佐々城ララは、興味ない?」
王城さんは胸元に手を当てながら、問いかけてくる。
「興味ないなんてことは」
「じゃあ、どれくらい興味ある?」
「どれくらいって、難しいな」
「難しくても、教えてほしい」
答えを言うまで逃すまいとする視線を、王城さんから感じた。
「……ニノンとコラボしてたら「おっ」ってなるくらい」
つまりそんなに熱量が高いわけじゃない。
「正直だなあ」
「ゴメン」
「いいよいいよ。私の頑張りが、まだまだ足りてないってだけだからね」
「そんなことは……」
「大丈夫。私、逆境こそ燃えるタイプだから」
確かに王城さんの両目は輝きを放っている。
「葵君」
その目で、まっすぐ見つめられた。
俺は改めて、王城さんの話に耳を傾ける。
「何かな」
「私たちのライブ、葵君にも観に来てほしいな」
「もちろん、観に行くよ」
最初からそのつもりだった。
何せ推しの初めてのライブイベントだ。
「ただし、ニノンの弟としてじゃなくて。私のゲストとして、来てくれないかな?」
「佐々城ララの、ゲストとして?」
「というよりは、王城愛乃のゲストとして」
「それって……どういう意味?」
理解できずにいる俺を前に、王城さんはくすりと笑った。
「私は葵君に、売り出し中のVTuberとしてじゃなくて……一人の女の子として、自分の活躍を見て欲しいと思ってる」
「それって……なんて言うか、俺の誤解じゃなければ——」
告白めいて聞こえる。
そう言おうとしたが。
「しっ」
と口元に指を当てられた。
「今は、まだ言わないで?」
王城さんが首を傾げると、茶色い髪が揺らめいた。
その仕草と。
女の子にデリケートな部分を触れられているという事実に。
俺は心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
「ライブで大活躍して、君の心を掴めたら……その時は、私の気持ちを聞いてほしい、です」
指が俺の唇から離れて。
王城さんはどこか緊張した声で、かしこまった言葉を口にした。
「……」
こんな時、どう返事をしたらいいんだろう。
呆然とする俺の前で、王城さんがスマホを取り出して、操作する。
俺のスマホから通知音が鳴った。
「それ、ライブの関係者席のチケットだから」
「えっと、ありがとう」
俺の口からようやく出てきたのは、そんな言葉だけ。
「ということで葵君。当日は私のチケットで、観に来てね?」
「……分かった」
俺は首を縦に振ることしかできなかった。
「そ、それじゃあ! 今日は用事があるから、先に帰るね!」
「え?」
俺の答えを聞いてすぐ。
王城さんは慌てて鞄を持って、図書室を出て行ってしまった。
「あ、もしかして今日は一人で当番をやらないといけないのか」
でも、まあ。
あんな話をした後に、この誰もいない図書室で二人、淡々と仕事をこなすなんて……あまり想像できない。
また、スマホが鳴る。
姉さんからの連絡だ。
『ケーキ買ってきたけど食べる!?』
画像付きで送られてきた、他愛のないメッセージ。
「はは、姉さんらしいな」
俺は思わず、笑みをこぼす。
さっきまでの緊張が、緩んでしまった。
「……どうせ誰も来ないし、俺もさっさと帰ろうかな」
そうして俺は、少し早い戸締まりを始めた。




