7
夜凪がふわりとカンシの隣へ現れた瞬間、ロビーは2人の王によって奪われたざわめきを取り戻す。
「状況説明。」
夜凪の声が落ち着きいている。落ち着きすぎて逆に怖い。気怠げな黄金の瞳が不快げにに瞬き、眉間にキュッと力が入る。
カンシが答える前に、専属監視官たちが揃って口を開く。理由ではなく、弁明しなければ処分されるという職務上の本能からだ。初めに遮那王側の監視官が早口に吐き出す。
「僕は制止は行いました。しかし遮那王様は判断に必要なしと…。力づくで止めれば負傷者に負荷がかかり死傷者が増えると判断しました。」
声は震えていない。全て事実だからだ。慈悲王側の2人の監視官は対照的に冷徹で、皮肉を含んだ声。
「慈悲王様は自由を重んじられます。治療はいつでもできるとのことで。……こちらが介入すれば逆効果だと判断しました。」
周囲がどよめく。逆効果つまり死者が増える、という意味を全員理解したから。三人目の監視官は夜凪をまっすぐ見て言う。
「規定上、特A級の移動を物理的に阻止する権限はありません。」
規定上のルールを淡々と告げる。
カンシはというと
「私は貴方の専属監視官です。また他専属監視官へは特付きをどうにかするように声掛けしました。その結果がこの状況です。それに、後で上に怒られるのと管轄外の特付きを止めてその場で死ぬのでは選ぶまでもありません。私は止めずに怒られる方を選びます。怒られるのは全く気にしませんよ。始末書10枚でも20枚でも書きましょう。ですが死ぬのは無理です。私にも妻子がいますから。」
なんとも馬鹿のように馬鹿正直に言い訳を口にした。 ロビーの端で避難民の誰かが吹き出した。遮那王の監視官はニヤニヤと愉快げに笑みを浮かべている。
夜凪は首を傾げる
「なるほど、ね。お前クビね。カンシ記録しといて。」
数瞬の沈黙。夜凪は慈悲王の2人目の専属監視官を指さして言った。遮那王の専属監視官はニヤニヤと笑いもう1人の慈悲王の専属監視官はため息をついた。クビを宣言された慈悲王の専属監視官は吠える
「…は?こいつならまだしも!何故わたしが!?そんな権限、貴方にはありません!」
夜凪は感情の籠らない瞳で告げる。夜凪の美しさと宙に浮かぶ様子からそれはまるで天使からの死刑宣告のようだと、こいつ呼ばわりされたカンシは思う。
「いいよね、慈悲王。」
「もちろんです。満月ちゃんの好きにしてください。」
慈悲王は少しも表情や態度が変わることなく柔らかいまま答える。その答えに慈悲王にも専属監視官は反論する。
「何故ですか!?慈悲王様!こんな女のこと───「カンシ説明。」 「はい。」
「貴方は誤解しているようですけど、私達専属監視官には特A級能力者の任務を円滑に進める為にサポートする義務があります。また、その為なら剣にも矛にもなりますし、物理的に足止めする肉の壁にだってなります。そして、基本的に特A級能力者は専属監視官の言うことを聞く義務があります。なので、貴方の何もしないという行動は職務放棄ということになります。私は満月様の専属監視官なので今回は該当しません。理解しましたか?」
慈悲王の専属監視官は顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。
遮那王が階段下で立ち止まり、肩越しに振り向く。
視線だけで床が沈むほどの圧。
「自分の監視官くらいしっかり教育とけ。」
苛ついたような声と圧で、避難民の数人が膝をついた。鼓膜に圧がかかって音として聞こえないレベル。それに慈悲王は片手を頬に当てて楽しげに言う。
「まぁまぁ。監視官って大変ですよねぇ。なにもなくても僕らに媚びて、なにかあれば国に責任とらされて。」
笑顔なのに、周囲の温度が数度下がったように感じる。夜凪の声が、真横から静かに落ちる。
「……で、治療は?」
慈悲王が口元をゆるめる。笑顔は柔らかいのに、口からはごく自然に言い訳が出る
「遮那王が怒ってる間は動けないんです、僕。周りが潰れますから。」
遮那王のまなじりがわずかに引き攣る。
「俺のせいにするな。」
「事実を言っただけです。ねえ、満月ちゃん?」
夜凪は黙って慈悲王を見た。胡乱げな目で慈悲王を見つめる。それだけで慈悲王が肩をすくめる。
遮那王の監視官が慈悲王の監視官をにらむ。
「貴方は、死者増やす気か?」
「生き返せるから問題ないでしょう?君とは持っている札が違うので。だいたい、新月さんの方が口の利き方に気をつけたらどうた?」
「遮那王のお言葉を借りるようですけど教育って大切ですよね」
監視官達は互いに牽制に抜かりがない。特A級能力者の強さや監視官の能力により特A級能力者同士の中で序列が決まるからだ。
特A級能力者の、三者がそこにいるだけで、ロビーの空気は重圧を増す。避難民は息を潜め、B級能力者は立ってられず、監視官たちは互いを牽制したまま微動だにしない。
夜凪が口を開く。
「……治療、始めれば?」
慈悲王がぱん、と手を叩く。
「はいはい。じゃあ今から本気でやりましょうか。」
遮那王は夜凪へ向き直り、慈悲王は死傷者へ歩き出し、監視官たちは同時に深く息を吸う。
ここからが地獄の始まりだと全員理解していた。特A級能力者は1箇所に集まると厄介事しかおこらない。




