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人権なし異能者  作者: 緋鯉
大学 ループ
52/52

46

「夜凪さん」


夜凪は足を止め、振り返る。

人通りの多い通路の端。カンシはいつものように書類を片手に立っていた。顔色は変わらず。姿勢は真っ直ぐで綺麗に立っている。


「なに」


「バイト、しません?」


軽い言い方だった。軽すぎて、逆に中身が軽くないとしか思えない。


「今すぐ決めろ、って話じゃありませんよ。

ただ……貴方“相当”の人手が必要でして」


相当。つまりは特A級能力者相当。

とても面倒くさそうだ。


夜凪は表情を変えず、視線だけで続きを促す。


「内容はいくつかあります」


カンシは淡々と説明を始める。

1つ目、排他的経済水域ぎりぎりまで侵入してきた不法船舶の処理。


「……楽そう」


思わず零すと、カンシは小さく笑った。


「ええ。貴方ならそこそこ楽だと思いますよ。この対象の船には不慮の海難事故にあってもらいます。」


2つ目、ビル群の除去。

使われなくなった、都市再編の邪魔になる建物。

夜凪なら一瞬で粉塵にできる。周辺被害も最小限。


夜凪の頭の中では、すでに手順が組み上がっていた。

壊すだけなら、考えるまでもない。


「3つ目、国外案件ですね。」


その一言で、夜凪の意識が少しだけ現実に戻る。


「他国が自称特A級を出してきまして。こちらも対抗策が必要になりました。」


前線を押し戻す。短時間で確実に。戦場の光景が脳裏に浮かぶ。久しぶりの戦場だ。怖さはない。ただ、面倒くさそうな事後処理にうんざりする。


「この自称は公式に認めまれた特付きではありませんので殺しても構いません。」


「そして最後に」


カンシの声が、ほんの少しだけ変わる。

病院で要人の難易度の高い手術の補助。


「聖女は別案件で手が空いていませんし、慈悲王は拒否しました。」


夜凪は無意識に髪をクルクルと弄る。壊す仕事より、細かい仕事のほうが神経を使う。


「補助で構いません。血圧保持、止血、縫合、その程度です」


免許の話も出た。夜凪は医師でもなんでもない。ただの無関係者だ。本来ならばその場にいてはいけない。


「公式記録上、貴方ははいません。無関係者がいたことになると色々と厄介ですので。ただそこにいるだけで構いません。生かしてさえくれれば。」


「なんか、大人の世界って感じ。黒いね。」


夜凪の声は、皮肉でも嫌味でもなかった。ただの確認だ。


「グレーですよ。そういう立ち位置が、一番安全です」


一通り話し終えて、カンシは間を置く。


「全部やる必要はありません。気分が乗ったものだけでいいです」


「ちなみに、お給料は?」


夜凪がそう聞くと、カンシはニヤリと笑った。


「相応の金額を。国外と要人のバイトを行えば、さらにもう一つ。1度だけ要望を叶えます。叶えられる範囲で。」


夜凪は、わずかに眉を動かす。


「要望?」


「はい。内容は問いません。合法・非合法の境目はこちらで調整します」


「えっ、やった。内容はあとで決めていい?」


「ええ、いいですよ。期限も設けません。」



結局、夜凪は4つのアルバイトを全て完璧にこなした。いつも通り気怠げな雰囲気だが動きには妙にキレがあった。いつものゆったりとした動作が見られない。黄金の瞳は時折、何かを思い出したかのように輝いていた。



「むさい男、綺麗な空、見渡す限りの青い海。そして、目の前には無骨な船。最高の航海日和だね。白い砂浜が恋しい。」


誰も、夜凪の皮肉めいた言葉には反応しない。そんな夜凪がいる場所は船内だ。潮風が気持ちよく髪を揺らしている。夜凪は椅子に座り足を組みコーラとサンドイッチを食べている。

ジューッと水筒からストローを使いコーラを飲む。喉を通る炭酸が気持ちいい。


隣ではカンシが船員と何事か話している。


警告は、二十七回。日時、座標、通信記録。

すべて残っている。すべて無視された。


排他的経済水域への侵入。海上から、そして海中から。相手は現在交戦状態にある敵国艦。


ピリピリと船員たちから静かな苛立ちと呆れが感じられる。


「……これだけ繰り返せば」


カンシは資料を閉じながら言った。


「世界への説明は、事故で通ります。」


夜凪は、海を見ていた。凪いだ水面。何事も起きていない顔。


「やる?」


「ええ、お願いします。」


夜凪は軽く頷いた。領土侵犯している目の前の船を見つめた。そこには敵意も殺意もない。ただ、線を越え続けたものを処理するだけの事務的な色しかのらない。


えい


という軽い掛け声とともに夜凪は海上に浮かぶ船を指さした。


次の瞬間、海が崩落した。圧力が水と空気を同時に潰す。海上の艦は、通信を発する前に沈黙した。海中の艦影は、存在していた痕跡ごと圧壊する。ごぽり、と僅かな気泡だけが海上へと届く。


数秒で終わる。


「おっけー」


その声は淡々としていた。カンシは一度だけ頷き、即座に端末へ指を走らせる。


「記録上は」


少しだけ、声が低くなる。


「悪天候下での操艦ミスによる、不運で不遇な海難事故です」


原因は不明。責任の所在も不明。生存者なし。警告の履歴は、公には参照されない。


夜凪は興味なさそうにサンドイッチを頬張る。


海も空も、何も変わらない。変わったのは、座標上の点が消えたことだけ。


「帰る?」


「ええ。お疲れさまでした」


そのやり取りに、感情はない。


夜凪はいつも通り気怠げな雰囲気のまま椅子にだらけている。黄金の瞳が、ふと光を反射する。何かを思い出したかのように、ほんの一瞬だけ光った。


夜凪にとっても国にとっても、これは戦いでも処罰でもない。ただの海難事故だった。



場面は変わり地上へと戻る。

対象区域は、すでに空っぽだった。立入規制、退去確認、インフラ遮断。あとは異能力で砕くだけ。


夜凪は、ビル群を見渡す。高層、中層、低層。コンクリート、鉄骨、ガラス、配線。構造も材質も、全部把握した。


「……よし、やるか〜」


力む様子はない。集中しているようにも見えない。


夜凪は、軽く両手を合わせた。


「せーの、」


パンッ


乾いた手拍子が、一拍。


その瞬間、空間が軋んだ。


音ではない。振動でもない。圧そのものが、建造物を圧し砕く。

ビル群は崩れない。倒れない。爆ぜない。ただ、同時に均等に圧砕された。


コンクリートは砂になる前に砕かれ、砂になる前に粒子にされ、粒子になる前に、さらに細かく割られるガラスは音を立てる権利すら与えられなかった。

鉄骨だけが、意図的に形を保たれたまま上空に集められている。


粉塵は舞い上がらない。夜凪が、上方向の圧を同時に抑え込んでいるからだ。


すべては下へ、下へ、下へ。


瞬きの間にビル群は粉塵以下にまで砕かれ、踏み固められて地面とほとんど区別のつかなくなった瓦礫の層だけだった。


「よし、おわり」


夜凪は、手を離す。


風が吹く。だが、舞うものはほとんどない。舞ったとしても、視認できないほど細かい。


隣で、カンシが端末を操作する。


「確認しました。構造物完全無力化。再利用不可。二次被害ゼロ」


「これどこ置く?」


そう言って指さすのは上空に集めた金属達だ


「そのまま地上に置いてください。後で回収するそうです。」


「おっけー」


夜凪は、靴先で地面を軽く踏む。もはや、そこに建物があったとは思えない。


「やっぱ、力はおっきく使う方がスッキリするね」



医療補助の案件は、特に語ることもなかった。

夜凪は手術室の隅に立ち、必要なところを支え、崩れそうな部分を保ち、致命的にならないよう流れを整えただけだ。触れていないし、名前も残らない。


記録上、そこに夜凪はいない。医師たちが腕を振るい、要人は助かり、手術は「成功」として処理された。


奇跡でも英雄譚でもない。異能による物理補助。それだけ。夜凪は終わったあと、特に感想も持たなかった。壊すより少し神経を使ったという程度だ。





対特A級能力者案件は、最初から妙な匂いがしていた。

公式には、どの国も特A級能力者を出していない。

それは暗黙の了解であり、最後の一線だった。

越えた瞬間、戦争の形が変わる。


だから相手国は、そうしなかった。


出てきたのは、自称特A級能力者。国籍不明、所属不明、責任の所在は曖昧。だが、使用された魔術と被害規模だけは、誰が見ても特A級相当だった。


魔法とは、魔力を消費して結果のみを引き起こす力だ。過程は存在しない。同じ魔力消費量でも、魔力変換効率、得手不得手、属性親和性によって、引き起こされる結果は大きく変わる。


才能の差は、そのまま結果の差になる。


つまり、あの魔法使いは確かに当たりだった。その国では。ただ夜凪の前では小枝と変わらなかった。相手が悪かったのだ。


「随分、卑怯だね」


夜凪は、簡易司令室の端でそう呟いた。

地図上では、既に赤いマーカーが点滅している。


「公式にできないからこそ、こちらを試しているのでしょう」


隣でカンシが淡々と答える。


「民間人被害を出し、こちらが動けば『自国民が一方的に殺された』と抗議する。そのための人員です」


「へー」


夜凪は興味なさそうに端末の映像を見る。破壊された街区。逃げ惑う人々。その中心に立つ魔法使い。魔法使いを中心に地面はマグマと化し周囲を焼き尽くしている。


魔力出力も高い。属性親和性も良好だ。


「動画、全部残ってる?」


「ええ。警告なしの先制攻撃。完全に向こうが悪い」


それで話は終わった。

命令書は簡潔だった。自称特A級能力者の無力化。


討伐でも、殲滅でもない。無力化。だが、結果は問われない。


夜凪は、現地に降り立つ。現地と言っても国外の自国の植民地だ。


相手は魔法使いだった。魔力を消費し、破壊したという結果を連続して成立させてくる。


だが、夜凪の異能は魔法ではない。


魔力を消費して結果を呼び出す力ではなく、現象そのものを直接掴み、潰す力だ。


詠唱も、属性も、親和性も関係ない。魔力変換効率という概念すら存在しない。


魔法使いが現象を成立させる前に、夜凪は全てを圧し潰す。


戦闘は、短かった。


夜凪は敵意も殺意も持たなかった。ただ、魔力の流れを見て歪みを掴み潰した。


魔法使いは、自分の魔法がなぜ成立しないのか理解できないまま、首を折られて死んだ。


「おわった。魔法より私の異能が強くて良かったー」


本当にそう思っているのかどうかわからないほど抑揚のない声だった。通越しに、カンシの声が聞こえる。


「はい。確認しました。対象、完全停止」


夜凪は一歩引き、倒れた相手を見る。身体は、ほぼ無傷だった。


「死体どうする?」


「回収します」


即答だった。


「向こうに返さないの?」


「理由がありませんね。」


淡々とだが迷いなく。


「公式戦闘員ではありません。つまり、テロリストみたいなものです。また、こちらには自国民が一方的に蹂躙される映像と記録があります」


夜凪は、ほんの少しだけ口角を上げる。


「実験台?」


「ええ。日本国の管理下に置きます」


遺体は丁寧に梱包され、回収された。尊厳のためではない。魔力構造と変換効率を解析する価値があるからだ。


数日後、相手国から抗議文が届くも証拠を提出すると沈黙した。夜凪は、その一連を報告書で知った。


「ふーん」


夜凪は、いつも通り気怠げな表情で次の予定を見る。


「……次、なに?」


「以上で、全案件終了です」


作戦終了後。


日本帰国後、簡易ブリーフィングルームの隅で、夜凪は椅子に深く座り込んでいた。

背もたれに体重を預け、脚を投げ出し、やる気という概念だけがどこかに置き忘れられている。


目の前には、宙に浮いたコーヒーカップとケーキ。


机は使っていない。夜凪の異能力で、ちょうど胸の高さに二つを固定している。


「……ふぅ」


夜凪は、カップに口をつけない。

コーヒーをほんの少しだけ揺らし、表面張力を壊さない程度に傾ける。

それから、唇に触れる直前で止めて、一口分だけを空中から引き剥がす。


液体が、形を保ったまま宙に残る。


それを、ちゅ、と吸う。


「にが」


次はケーキ。フォークは使わない。白いクリームのついたケーキの端を、指で触れることもなく、力だけで千切る。


一口分。ほんの一欠片。


それを、もそ、と口に入れる。


「うっま。カンシ食べる?」


感想は、それだけ。ケーキは相変わらず宙に浮いたまま、断面だけが少しずつ減っていく。まるで見えない誰かに、つまみ食いされているみたいだ。


向かいの席で、カンシが端末を操作している。

報告書、抗議文、国際連絡。

全部が「済み」のフォルダに放り込まれていく。


「では、一口だけ。…相手国からの追加抗議ですが」


「んー」


夜凪は返事をしない。代わりに、コーヒーをもう一口だけ吸った。


「…これ、美味しいですね。また買ってきます。んん、あっちの反応は想定通りですね。文面も、ほぼテンプレート通りです」


「そー」


ケーキが、また一口減る。


「遺体の解析も順調です。魔力変換効率は高めですが、属性親和性にかなり偏りがありました」


「へぇ」


興味はなさそうだ。ただ、口を動かすための返事。


「やっぱり、結果だけ出すタイプだったみたいですね」


「うん」


夜凪は、コーヒーカップを少しだけ遠ざける。

浮かんだまま、微動だにしない。


「ふっ、可哀想。私が弱かったら、それかもっと有用性示してたら生きてたかもしれないのにねぇ。」


もう一度、ケーキを千切る。今度は、さっきより少し大きめ。


もぐ、もぐ。


「やだなー」


ようやく、本音らしい言葉が落ちた。


「お疲れさまでした」


「ん」


夜凪は、返事の代わりに目を伏せる。

黄金の瞳が閉じられる。


宙に浮いたコーヒーとケーキだけが、静かに浮いてる。落ちることも、冷めることもなく。


世界はまた平和に回り続ける。抗議は紙の上で踊り遺体は研究施設で分解され、正当防衛という言葉がすべてを覆う。


その中心にいた本人は、カンシにケーキとコーヒーを押し付けて眠りに落ちた。

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