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後日談
ループの件は、夜凪からカンシへ正式に報告された。
結果は、分かりきっていた。
怒鳴られた。珍しいことではないが、今回は少し長かった。
危険すぎる。介入するな。
放っておけ。夜凪が背負う案件じゃない。
どれも正論だった。夜凪は反論しなかった。ただ、「もう終わっている」とだけ告げて、通話を切った。
数日後、大学内で異変が起きる。
問題の非公式サークルと、彼らが使用していた研究棟一棟が、理由不明のまま封鎖された。掲示された張り紙は簡素で、「設備点検」。期間は未定。実際には、約一か月にわたり完全に人の出入りが遮断された。
表向きの説明はなく、噂だけが流れる。事故、違法実験、教授間の内紛。
その非公式サークルは、以前から学内では有名だった。通称は「僕たちの考えた最強の能力サークル」。正式名称はない。
アニメや漫画に登場する能力の再現、原理の解析、魔術や異能への応用検証。奇人、変人、凡人が入り混じった集団で、人数は百人前後。公式化されない理由は単純で、問題が多すぎたからだ。
人体実験まがいの研究。違法スレスレの魔術。施設破損、無許可試験、倫理的に黒に近いグレー。
それでも、これまで見逃されてきた。
理由は二つあった。
一つは、あくまで「大学内だけの変人集団」であること。もう一つは、過去に彼らが実際に有益な成果をいくつも出してきたことだ。
実用化された魔法道具。軍や研究機関に回された理論。論文にはならないが、確かに価値のある発見。
大学も、国も、それを知っていた。だから黙認されていた。危険だが使える。問題はあるが、切れない。
だが、今回は偶然とはいえループを起こしてしまった。時間に干渉する魔法、魔術の行使、研究は国の許可がない限り禁止となっている。世界では禁忌扱いだ。
棟の内部では、国によるループ現象の解析と調査が進められていた。魔術式、環境条件、魔力残滓、記録媒体。回収できるものはすべて回収され、再現可能性の検証が行われた。偶然で済ませるには、規模が大きすぎた。
非公式サークルには、非公式の処分が下った。公表はされない。記録にも残らない。だが、確実に首は締められる。
ループに関与した者たちは、選択を迫られた。
記憶を消すか。記憶を保持したまま、国の管理下に入るか。
ほとんどいなかったが希望者には、丁寧な記憶処理が施された。夢のような事故として上書きされ、日常へ戻される。
非希望者には、首輪がつけられた。比喩ではない。監視、制限、契約。魔術に基づき縛られ逃げ場のない形で、将来が固定される。
ただし、それを不幸だと感じた者ばかりではなかった。
偶然とはいえ、ループという大規模魔術を成立させた知識と技術を持つ人材は希少だ。研究職、解析班、裏方。国の一部として働く道は、ある種の人間にとっては理想に近い。
「どうせ一生、研究するつもりだった」
「表に出ないなら、その方が楽だ」
「安全な環境で魔術を触れるなら悪くない」
そんな声も、確かにあった。
夜凪は、その一連を報告書で知った。
棟が封鎖されている間も、彼女は大学に通い続けていた。講義を受け、レポートを出し、人混みを避けて歩く。
誰も、夜凪に説明を求めない。
誰も、感謝を口にしない。
誰も、責任を押し付けない。
それでいい。
夜凪は、国の判断に口を出さなかった。介入もしなかった。あれ以上関わる理由はない。
あのループは、日常に戻された。
それ以上の後始末は、彼女の役目ではない。
世界は何事もなかったように動いている。
大学も、研究も、学生生活も。
夜凪は今日も講義棟を歩き、人混みに紛れる。
知っている者は減り、知らない者が圧倒的に多い。それがこの世界の正しい比率だった。
ただ、記憶を保持した者たちは、約束通り夜凪の犬となり、必要な時だけこき使われた。




