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人権なし異能者  作者: 緋鯉
大学 ループ
49/52

43 if

何度目かのループ。成功したら。


衝撃は、音より先に来た。

爆ぜる、というより削ぎ落とされる感覚だった。

夜凪の視界がわずかに傾き、次の瞬間、床が近づく。


倒れたのではない。支えるものが、なくなった。右も左も、重さが消えている。

一拍遅れて、熱が来た。

両足から、焼けるような痛みが遅れて追いつく。だが、それは思ったよりも遠い。膜越しに伝わってくるみたいで、現実感がない。


床に零れる血が、じわじわと広がる。

赤い。やけに鮮やかだ。


夜凪は、自分の足を見る。そこにあるはずの物が、途中で途切れている。太もも半ばから消失している。


「……あ」


声は、拍子抜けするほど平坦だった。

魔力の流れが、完全に途切れているのが分かる。足を通っていた回路が、根こそぎ消えていた。


術式は崩壊している。特異点は消えている。成功だろう。


学生の誰かが悲鳴を上げた。

誰かが吐く音がした。

誰かが膝から崩れ落ちる。


夜凪は、それを全部、他人事みたいに見ていた。


試しに、魔力を動かそうとする。反応がない。


もう一度。

反応がない。


ようやく理解が追いつく。これは、治らないやつだ。

次に異能で止血を試みる。

異能力は上手く発動せず夜凪の足ごと地面を潰す結果になった。状態は更に悪化した。


まじか。


夜凪は仰向けに転がり、空を見あげた。太陽がやけに目に刺さる。


「……そっか」


呟いた声は、どこか軽かった。

学生の一人が近づこうとして、足を止める。血の海を見て、立ち尽くす。


夜凪は、そちらに首を向けた。


「……あー」


一度、息を吸って。


「今の私は、学生の夜凪じゃなくて…特A級能力者の、満月ね」


笑うしかないという感じではない。ただの事実確認みたいな笑いだ。


「……で」


夜凪は、血に濡れた床を見下ろして言う。


「お前たちはただの守られるべき弱者の国民。身の程、弁えろ。」


誰に向けた言葉かは、分からない。学生か。この実験か。それとも、自分自身か。


誰も返事をしない。夜凪は上着のポケットから携帯を取り出すとカンシへと連絡をかけた。


あーあ。これは、大変なことになった。


血は止まらなかった。

床に広がる赤が、もう広がるという速度ではない。流れ落ちている。体の中身が、順序を無視して外へ出ていく感覚だった。


視界が白く滲む。息を吸うと胸が痛い。吐くと、少しだけ楽になる。その差が、だんだん分からなくなる。


夜凪は空を見上げる。太陽が眩しい。さっきより、輪郭が曖昧だ。


両脚がない。理解はしている。だが、現実感は追いついてこない。痛みすらもう遅れている。


端末を握ろうとして、指に力が入らないことに気づく。落としそうになりながら、耳に当てる。


「……カンシ」


すぐに繋がった。


『夜凪』


それだけで、十分だった。夜凪は一度、短く息を吐く。


「迷惑かけて、ごめん」


それだけ言った。言い訳もしない。説明もしない。


一拍。


『……状況は』


「ループおわらせた」


声が少し掠れる。


「学生は無事」


それで、報告は終わりだった。


沈黙が続く。向こうで、何かが動く音がする。


夜凪は、端末を持ったまま目を閉じる。

意識を保つのが、だんだん面倒になってきた。


「……たぶん」


ほんの少しだけ、付け足す。


「結構、やばい」


『動くな』


「ごめん、カンシ」


それ以上、言葉は続かなかった。続ける必要がない。

端末が、手のひらから滑り落ちる。音は、ほとんど聞こえなかった。


視界が暗くなる。遠くで、誰かが名前を呼んでいる気がする。夜凪は、最後に一度だけ考える。


これは、さすがに死ぬかも。


そう思って、それ以上は、何も思わなかった。

もう、時間は戻らなかった。




ハッと目を覚ました。

肺が勝手に空気を取り込む。吸おうとしたわけじゃない。生きろと、身体が命じてきた。


視界が白い。遅れて世界の輪郭がはっきりとしてくる。天井。照明。窓。


あ。


夜凪は、理解するまでに少し時間がかかった。一度、死んだのだ。確かに、途切れていた。蘇生に成功したのか。


心臓が動いている。拍動ががやけに主張してくる。


生きている。


体を動かそうとして違和感に気づく。いや、違和感ですらない。何もない。脚がない。


体の奥は無遠慮に触られたかのようにざらついている。無理やり繋ぎ直された感覚。縫い合わせたというより、押し込められた感じだ。


「……あ、起きました?」


柔らかい声だった。必要以上に穏やかで、必要以上に丁寧。


夜凪は、首だけ動かす。白衣の男が立っている。水色の瞳。表情は、いつも通り穏やかだ。


慈悲王。


「心停止と脳活動停止を確認しましたので、一度死亡扱いですね。正確には二時間二分四十七秒ほどでしょうか」


淡々と、事実だけを並べる。奇跡でも、賛美でもない。慈悲王の異能力だ。


夜凪は天井を見たまま口を開く。


「……蘇生した?」


「はい。成功しましたよ」


にこやかだった。成功した手技を褒められた医師みたいな笑み。


「ただし、いくつか戻らないものはあります」


夜凪は、少しだけ間を置く。


「脚と…」


「はい」


「魔力回路と」


「ええ。かなり致命的に」


「異能?」


「出力不安定ですね。制御不能に近い」


確認作業だった。慈悲王は一つも否定しない。


「ですが、ご安心ください」


慈悲王は柔らかく微笑む。


「生命活動は安定しています。脳機能も正常です。意思疎通も問題ありません」


夜凪は、視線だけを慈悲王に向ける。


「……つまり?」


「兵器としては、ほぼ使用不能です」


言い切りだった。残念そうでも、申し訳なさそうでもない。ただの事実。


「でも生きていることに価値はありますよ」


その言葉に、重みはない。倫理観のない慈悲王に言われても何も響かない。


夜凪は小さく息を吐く。


「そっか」


それだけだった。


慈悲王はカルテに何かを書き込みながら続ける。


「ちなみに、今回は倫理審査を通していません。緊急蘇生ですので」


さらりと言う。


「もし通していたら、蘇生しない判断も十分あり得ました」


穏やかな声。内容は、冷酷そのもの。夜凪は天井に視線を戻す。


「…なんで蘇生したの」


「貴方の専属監視官さんに頼まれましたので。」


にこやかに言葉を返す。


「私としては、とても有意義でした。特A級の死後状態のデータは貴重ですから。いやー、たまたま国内にいて良かったですねぇ。」


夜凪は瞬きを一度する。


「…最悪。」


それは、痛みにも失った物に対してでもない。これから扱われる立場への一言だった。


慈悲王は、にこやかなまま頷く。


「ええ、私は最高でした。それで、ですね。今後は満月ちゃんの管理と処遇が問題になります。どうなりたいですか?」


最後の言葉ともに慈悲王は瞳を細めニタリと口角を上げる。その瞳 には愉悦の色が見え隠れしている。


夜凪は慈悲王の顔を一瞥すると枕を投げた。


「うざい」


生きている。殺す理由も生かす理由もきれいに揃ってしまった。


枕は、慈悲王の肩に当たって床に落ちる。力を込めたはずなのだが勢いはない。


慈悲王は一瞬だけ目を瞬かせ、それから楽しそうに笑った。


「これはこれは。暴力反対ですよ、満月ちゃん」


「…うるさい」


声は低かった。力がない。それでも、慈悲王は満足そうだった。


「でも、元気そうで安心しました。反射的に物を投げられるなら、精神状態は問題ありません」


「ヤブ医者が」


「失礼な、国1番の名医で貴方の主治医ですよ?」


慈悲王は枕を拾わない。床に転がしたまま、ベッド脇に腰掛ける。距離が近い。夜凪が嫌がると知っていて距離を詰めている。


「さて、改めて整理しましょうか。特A級能力者とは何か」


夜凪は答えない。慈悲王は気にしない。


「国家財産で軍事力で抑止力です。で、制御不能なら?」


一拍。


「…ただの核」


「正解です」


にこやかに肯定する。


「ですので、エンディング候補は七つあります」


夜凪は瞳を閉じた


「多いね」


「国は選択肢が好きなんです」


慈悲王は一本目の指を立てる。


「一、殺処分。最も分かりやすい。安全で後腐れもありません。」


「即バッドエンド」


「ええ。スキップ可能ですよ」


二本目。


「二、実験動物。生きたいだけならとてもオススメですよ。データは無限大。夢がありますねぇ」


「慈悲にとってはね」


「人類にとっても、夢で溢れてます。」


三本目。


「三、孕袋」


間髪入れずに否定する。


「嫌」


「まだ説明してませんよ?」


「必要ない」


慈悲王は笑った。笑顔の底が、ぬるっと動く。


「公式文書では“継承用生体容器”です。一応掛け合わせとしては国内優先。ある程度、実績が揃えば、国外にも回せます。希少種は需要がありますから、ねぇ?」


慈悲王はねっとりとした視線を夜凪へ向ける。


「この世界の倫理観どうしたの?」


「定義されていないものは、失われもしませんよ」


この時、夜凪は思い出した。特A級能力者には人権など存在しないのだと。


「次は?」


四本目。


「四、敵地への投下型爆弾」


「……人間を?」


「異能持ちでしょう?」


「ここで爆発したい」


「どうぞお好きに」


五本目。


「五、ドナー。臓器、回路、血液。必要なところだけ切り出します。」


「それもう半分殺処分」


「再生と摘出の繰り返しになります。」


六本目。


「六、完全管理。地下での隔離。まあ、存在してるだけですかね」


夜凪は天井を見たまま言う。


「置物じゃん」


「はい。生きてる置物です。いつでも色んなことに使えるようにですね。」


七本目。


そして、少しだけ間を取る。


「七、死ぬ気で異能力を鍛え直して、特A級として復活」


夜凪は、ゆっくり慈悲王を見る。


「……できると思う?」


「理論上は成立しますよ」


その言い方が、いやに丁寧だった。


「魔力回路が壊死していても、代替経路の仮説は存在します。異能出力が不安定でも、段階的再構築の可能性はゼロではありません」


夜凪は黙って聞く。慈悲王は、数字を添える。


「成功率は……そうですね。0.3%くらいでしょうか」


ゼロではない。それだけで、空気が変わる。


「前例は?」


「ありません」


即答だった。


「ですが、前例がないという点では、非常に魅力的です」


慈悲王は上半身を夜凪へ近づける。


「壊れた特A級が、もう一度特A級になる。成功すれば英雄。失敗しても、過程が全部データになります」


ニヤニヤと口元が歪んでいる。


「大衆受けもいいですし、研究的価値も高い。国としては、どちらに転んでも損がありません」


夜凪は鼻で笑う。


「……人体実験込み?」


「当然です」


間も置かない。


「途中で人格が崩れても、治療対象には含まれません。再生不能な損傷が出ても、実験は継続します」


淡々と、優しく。


「ただし」


慈悲王は夜凪の髪をひと房手に取りするりと撫でる。


「やるかどうかは、満月ちゃんが決められます。……私は反対ですよ。安全ではありませんし、苦しいですし、たぶん報われません」


慈悲王は心底心配そうな声と表情を作る。だが、つぎの瞬間にはにこやかな表情に戻っている。


「でも、挑戦したいなら止めません。ええ、とても残念ですけれど。私は貴方を応援します。貴方が無駄になる事なんて万に一つもありませんよ。」


「触んなよ。どれも地獄だね」


「地獄は地獄でも明るい地獄です。」


慈悲王は声を潜め甘い声で囁く。


「大丈夫です。安心して下さい。満月ちゃんの主治医として、貴方の命尽きるその時まで私がお傍に仕えますから。ね?」


慈悲王は、ゆっくりと笑った。

穏やかな笑顔だった。ただ、その目にははっきりとした愉悦が滲んでいた。


「うわ、鳥肌たった。」


「ちなみに、上は一番と六番を推しています」


「まじ?」


「はい、まじです。安全で静かで有効活用できて、かつ、面倒が少ないですから。私のオススメは二番と七番です。」


夜凪はしばらく黙る。


「七番は反対って言ってなかった?」


「気のせいでは?」


「あ、そう。…ねえ、慈悲。」


「はい」


「私、どれ選んでも碌な目に遭わないよね」


慈悲王は、にっこりと頷いた。


「勿論です」


「即答かよ」


「ですが」


声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「選ぶ権利があるだけ、まだ人扱いですよ」


慈悲王は、指を七本立てたまま、ふと思い出したように首を傾げた。


「ああ、言い忘れていました」


夜凪は嫌な予感しかしない顔で天井を見る。


「どの選択肢を選んでもですね」


慈悲王は、指を四本減らし三本にする。


「三番は、必ず付属します」


夜凪は、ゆっくり慈悲王を見た。


「なんで?」


慈悲王はにこやかだ。説明する必要がある、という顔ですらない。


「国家財産ですから。保存、継承、再現。どれも重要でしょう?」


「それ、選択肢じゃなくて仕様じゃん」


「はい」


即答。


「なので、正確にはこうです」


慈悲王は空中に見えない資料をめくる仕草をする。


「殺処分+繁殖、実験+繁殖、爆弾+繁殖、ドナー+繁殖、完全管理+繁殖、復活挑戦+繁殖」


テンポが良すぎる。


「ですので」


慈悲王は、楽しそうに締める。


「どの地獄を選んでも結構。地獄は二重構造です」


夜凪は、乾いた笑いを一つ漏らした。


「はっ。詰みじゃん。」


「はい」


慈悲王は、満足そうに頷く。


「でも、その中でどう足掻くかは、満月ちゃん次第ですよ」


夜凪は目を閉じる。


「……ほんと、クソ国家」


「失礼な、他所様見ていってください。」


白い病室は明るいまま。

逃げ場はない。でも、選択肢はあるふりだけはしてくれる。地獄は、いつだって選択肢だけは用意されているのだ。


「…人権ほしい。」


慈悲王は何も言わずに笑みを深めた。


「自殺しようかな」


「蘇生しますよ」


「国の意思?」


「私の趣味です」


「とりあえず1で」

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