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それは、何度目かのループだった。
回数はもう分からない。
分からないけど、感覚だけは確実に壊れていた。
魔術陣の調整中、院生はいつの間にか夜凪の隣に立っていた。
距離が近い。でも、そのことに気づいたのは遅かった。
「夜凪、次の構築だけど——」
パァン!
乾いた音が、やけに軽やかに響いた。世界が1周し床と頬がこんにちはした。視界の端で、星が飛んでいる。
「……っは?」
声になったかどうかも怪しい。
顔を上げると、夜凪が立っていた。腕を下ろし、少しだけ手首を振っている。表情はいつも通り。眠そうで、だるそうで、どうでもよさそう。
「……馴れ馴れしいなぁ。」
冗談みたいにトーンは軽い。
でも、空気は冗談じゃなかった。
夜凪が一歩、前に出る。それだけで、空気が重くなり呼吸がちょっとだけ苦しくなる。
あ、これヤバいやつだ
頭のどこかが、冷静に判断する。夜凪は、院生を見下ろして首を傾げた。
「勘違いしてるみたいだから、言っとくね」
間がない。逃げ場もない。助けてくれる人は誰もいない。
「お前が何回目かは知らないけど」
一拍。
「私は初対面」
その言い方が、致命的だった。そして、追い打ちみたいに続く。
「今の私は、学生の夜凪じゃないよ」
少しだけ、笑う。
「特A級能力者の満月。お前たちが特A級能力者として助力求めたんだよ。」
夜凪がその言葉を口にした瞬間。場の空気が一段と重くなった気がした。
国家が管理する災害。院生は、ようやく己の行動を理解する。
自分がさっきやったのは、同級生に話しかけた行為じゃない。災害に気安く触れたのだと。、
夜凪は、それ以上何も言わない。説明もしない。
ただ、踵を返す。
「距離感、間違えないでね」
軽い。
本当に、軽い。
魔術陣の方へ歩いていきながら、思い出したみたいに付け足す。
「次は、気をつけてね。私じゃなかったら腕の1、2本はないよ。」
それが警告なのか、忠告なのか、冗談なのか誰にも分からなかった。院生は床に座ったまま、頬を押さえる。じんじんと、確かな痛み。
でも、不思議と頭は冷えていた。
それ以降、誰も夜凪に無断で近づかなくなった。
話す時は敬語で。歩く時は3歩後ろを。視線は合わせすぎず逸らしすぎず。
張り手一発で、全員が思い出した。特A級能力者とは、そういう存在だった。




