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人権なし異能者  作者: 緋鯉
大学
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35

魔乱発生から1ヶ月。

夜凪にやっと平穏な日常生活が戻ってきた。禍種を駆除し、復興支援を手伝い、異能力の訓練をする。

身体中を外から中まで隅々まで検査し、問題なしと判断されてやっと自由が戻ってきたのだ。


夜凪は自室で目を覚ます。車でも、政府管理下の硬いベットでもない。自室の柔らかいベッドで目を覚ました。部屋はまだ朝とも夜ともつかない色をしている。夜明け前だった。


夜凪はゆっくりと起き上がる。身体は驚くほど軽い。

部屋中のカーテンと窓を開け空気の入れ替えをする。


洗面所で水を使う。冷たい水が指先から顔へと広がり、輪郭を確かめるように夜凪を現実へ引き戻す。鏡の中の自分は、いつもと同じ無表情をしていた。


キッチンに立つ。炊飯器の蓋を開けると、白い湯気が静かに立ちのぼった。昨夜の白米は、まだ温かい。器によそい、次にインスタントの味噌汁を用意する。粉末と乾燥具材を器に入れ、湯を注ぐだけだ。わかめが水を含み、ゆっくりと形を取り戻していくのを、ぼんやり眺める。


朝食の準備が整いテーブルに座り、箸を取る。

白米を口に運び、噛む。味噌汁をひと口飲む。塩気が喉を通る。もっと美味しいものが食べたい。そう思うも作るのは面倒くさい。


食事が終わり器を流しに置きさっさと洗う。机の上に置いてあるスマホを手に取りカンシに朝の連絡をする。


服は適当だ。冬ということもあり厚手のコートを羽織る。靴を履き、ドアノブに手をかけたところで、思い出したようにドアポストを確認する。


ドアポストの中には厚手の茶封筒が入っていた。中身を確認する。中には夜凪の写真がぎっしりと詰まっている。そのどれもが大学内の写真でカメラから目線がズレている。これもいつも通りだ。夜凪は写真を封筒に入れ直すとゴミ箱に投げ捨てる。


外に出て鍵を閉める。音は、思ったより小さかった。


外に出ると、朝の冷たい空気が肌に触れた。マフラーに顔を埋める。街頭ビジョンでは魔乱の発生による被害は落ちつき、復興支援と寄付金の話題で盛り上がっている。


夜凪が通う大学は、都内でも屈指のマンモス校である。学部・学科・大学院を含めると学生数は数万人にものぼる。敷地は広大で、複数のキャンパス棟と研究棟、体育館や図書館、寮まで備えている。


この大学は一見すると普通の学園生活を送れる場所だが、能力を学ぶ者には特別な配慮がなされている。学内には異能制御学や魔術応用演習といった授業が存在し、中高よりも更に専門的な能力について選択科目としして学ぶことができる。魔法、異能力の発現や制御の研究は、教授陣だけでなく、院生や学部生も積極的に関わっており、学内の至るところで小規模な実験や演習が行われていた。


大学の学生たちは平凡な日常を演じているが、その影では能力者同士の駆け引きや、魔術実験の事故、あるいは学内サークルによる小さな事件が起こることも珍しくない。


夜凪は大学の正門をくぐる。

講義棟に入り、1限目の講義を受けるため所定の教室に入る。空いている席に座る。隣の学生はスマホを見ていて、夜凪には無関心だ。後ろの席では小声で雑談が続いているが、話題は昨夜の配信と単位の話だけである。


その雑談の端で、くすくすと、短く息を漏らす笑いが混じった。


講義が始まる。教科書には魔術解析学Bと題名が書かれている。パラパラと教科書を捲る。教授はパワポを使って魔術陣や符合の構造の解析と作用、魔力消費量について事細かに解説している。


夜凪は淡々とノートを取る。知っている内容ばかりだが、手は止めない。


今度は夜凪の背後でクスクスと笑い声が聞こえる。夜凪は顔を上げない。笑われる理由を探す気もなかった。


夜凪は特定の生徒から虐めを受けていたのだ。だが、約2万人もいる学生のうちのほんの数人。虐めと言っても陰口や軽い暴力程度。常に流動的な大学生活では虐めがあると気づいていない人の方が多い。また、誰かを虐める暇がないほど皆自分のやりたいことを満喫しているのだ。そんな軽いちょっかいは夜凪が気にする程でもなかった。


虐めの理由も幼稚で馬鹿らしいことが発端だ。高校よりも緩い規則に誰もが憧れる名門大学のキャンパスライフ。それに色づく女がいた。その女の好きな男が夜凪に告白をした。夜凪は告白に対して「⋯誰だっけ?」と実に夜凪らしく返した。それだけだった。それだけで、好きな男を誑かした女、傲慢な女だと夜凪は嫌がらせの対処になったのだ。そして、嫌がらせに夜凪は反応しないため、どんどんエスカレートし嫌がらせは虐めへと変わっていった。

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