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人権なし異能者  作者: 緋鯉
誕生日 余談
34/44

誕生日②

命令書は、朝の五時に届いていた。


紙ではない。電子文書。

暗号化レベルは最高位。閲覧権限は、カンシ個人に限定。端末が短く振動する。件名は、ただ一行。

《特A級能力者・管理措置実施命令》

カンシは椅子に腰掛けたまま、即座に開封しなかった。遂にこの時が来てしまったのだ。数秒後、カンシはゆっくりと視線を落とす。


発令機関:異能管理庁・特務異能対策本部(SAB)

発令時刻:本日 05:02

対象:特A級能力者 満月 (御月夜凪)

担当執行官:特A級能力者 満月担当専属監視官 新月


【命令内容】

対象が満20歳に達したことを確認次第、

特A級能力者管理規定 第三条・第七項に基づき、

体内制御チップ(GPS・遠隔起爆装置複合型)の埋設処置を実施せよ。


【補足】

・当該処置は例外なく必須とする

・説得・説明は担当執行官の裁量に任せる


【拒否時対応】

対象が処置を拒否した場合、同規定 第十一条に基づき即時排除とする。


排除は「事故」または「任務中の不測事態」として処理される。社会的影響は政府が全て引き受ける。


【注意事項】

・対象との私的関係性は考慮しない

・情動による判断遅延は禁止


本命令は最終決定事項であり、

異議申し立て・再検討は一切認められない。


文書は、ここで終わっていた。署名はない。判子もない。必要がないからだ。


カンシは端末を閉じた。指先が、わずかに震えている。それを視認し、拳を軽く握りしめた。


カンシは廊下を歩く。足音は一定。姿勢も呼吸も、訓練通り。扉の前で一度だけ呼吸を整える。


俺はいつも通りだ。

そう、自分に言い聞かせる。


コン、コン。


入室。


夜凪はベッドに座っていた。

美しい容姿に眠そうな黄金の瞳。二十歳の誕生日だというのに、特別な感情は見えない。


「夜凪、おはようございます。良く眠れましたか?」


声は正常。自分でも驚くほど、いつも通りだった。


「んー。あんまり」


欠伸混じりの返答。その無防備さが胸の奥に刺さる。


「そうですか」


返答は短く。言葉は足さない。余計な感情を出さないためだ。夜凪の視線が、こちらを捉える。


「……カンシ、体調悪い?」


心臓が、一瞬だけ跳ねた。


気づくな。気づかなくていい。


「今日、任務ないよね。私、部屋で大人しくしてるから。カンシも休んだら?」


彼女は本気で言っている。自分を気遣っている。その気遣いが今は何よりも苦しい。彼女はいつだって己を気遣ってくれるのだ。であった当初から。


「ありがとうございます」


微笑もうとした。うまくいかなかった。カンシは任務内容を夜凪に伝える。言葉にすると、後戻りできなくなる。それでも言わなければならない。


「簡単なものです」


逃げ道なんて、初めから用意されていない。


「特A級能力者は、二十歳になると体内にチップを埋め込まなければなりません。それを、今から行います」


夜凪の空気が変わる。予想通りだ。


「……チップ?」


「ええ」


正直でいると決めていた。夜凪には嘘はつきたくなかった。


「──GPSと爆弾です」


夜凪が黙る。即答で拒否する。7年前と同じだ。彼女は昔にも同じ内容を断っている。


「縛るなら爆弾じゃなくて魔術でいいじゃん」


分かっている。それが合理的だということも。夜凪が約束を破らないということも。だが、それではダメなのだ。政府はそこまで甘くない。魔術だと契約不履行時にしか夜凪を処分できない。国はそんなことを求めてはいない。いつ、どこで、どんな時でも特A級能力者という化け物をすぐさま処分できるカードが欲しいのだ。


「私がこれ断ったら、カンシに不利益あるの?」


喉が詰まる。


カンシに不利益はない。ただ夜凪を殺さなければならないだけだ。カンシの経歴、職務に何ら不利益は被らない。


「……と、くに、ありません」


ああ、喉の奥が閉まる。声が出しにくい。最悪な気分だ。


「夜凪、どうしても、駄目ですか?」


最後の確認。どうか、頷いてくれ。そう、カンシは願いを込めて夜凪に問いかける。


「ごめんだけど。嫌かな」


夜凪の柔らかい声。カンシの言葉を否定する声。カンシは目を閉じる。


「……そう、ですか」


「分かりました」


任務は、次の段階に移行する。


「食堂でご飯にしましょう。私はこの件を報告に行きますので、貴方は先に向かってください」


いつもの口調。いつもの気遣い。いつもの自分。何とも気持ち悪い。廊下に出る。絹の擦れる音で夜凪が振り返ったのがわかる。


「……わかった。ごめん、カンシ」


その言葉で、心臓が一度だけ軋んだ。

カンシは振り返れない。今、振り返れば己の顔を見ている夜凪を撃たなければならない。せめて、彼女が前を向き自分から顔を背けた時に撃とう。


数歩、距離が開く。


――今だ。


拳銃を抜く。安全装置は彼女に会う前に解除されている。


照準は脳。せめて痛くないように。彼女は痛みを嫌がるから。


バンッ。


一発目。外した。喉を撃った。

彼女の声なき声が漏れた。


続けて、四発。


命中を確認。一発は後頭部にあたる。残りは心臓にあたる。早く死ね。今死ね。もう動かないでくれ。能力者は生命力が高いから嫌いだ。


夜凪が、ゆっくりと振り返る。鼻から下の形が大きく歪んでいる。何か言おうとしたのだろう。ゴポリと変形した口元から空気とともに血が溢れる。それを夜凪は触って確認していた。

徐にあの黄金の眼がカンシを見る。依然として美しい瞳の色。


この黄金の眼の化け物は何を考えているのだろうか。いっそのこと、禍種のように己を捻り潰してくれたら良かったのに。カンシはそう思う。


「ええ」


声が震えないことに、安堵してしまう自分がいる。


「残念です。本当に」


最後の一発。


バンッ。


頭部。即死を確認。


夜凪は崩れ落ちる。


今日は夜凪の二十歳の誕生日だった。カンシは銃を下ろす。己は冷静だと、そう思っていた。そう思っていたはずなのにカンシの手は大きく震えていた。


夜凪は最後に何を言おうとしたのだろうか。


地面に落ちている彼女を一瞥するとカンシは踵を返し、歩き出す。

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