誕生日
2月22日。
夜凪は政府管理下の施設で20歳の誕生日を迎えた。自宅ではなく施設にいるのは命令だった。理由は書類のどこに記載されていない。命令しか書かれていない、いつもの形式。
窓のない個室。起床時間は定刻。
天井の照明が白く点灯する。
コン、コン。
扉が静かに開いて、カンシが入ってくる。
制服はいつもと同じ。姿勢も、声色も、完璧に「いつもの彼」だった。
「夜凪、おはようございます。良く眠れましたか?」
「んー。あんまり」
夜凪は欠伸をしながらカンシの言葉に答える。理由もなく浅い眠りが続いた。夢も見ていない。
「そうですか」
それだけ言って、カンシは小さく頷く。
夜凪はカンシの顔を見る。ほんのわずかだが、血の気が薄い。目の下に影があり、瞬きの間隔も不自然に短い。
「……カンシ、体調悪い?」
カンシは一瞬だけ呼吸を止めた。
「今日、任務ないよね。私、部屋で大人しくしてるから。カンシも休んだら?」
彼女なりの気遣いだった。気の遣い方がそれしか分からない。
「ありがとうございます」
カンシは微かに微笑んだ。しかし、笑みはぎこちなく声音は硬い。
「ですが、心配ご無用です。…今日は新たな任務が入りました」
夜凪は眉を少しだけ動かす。
「そうなんだ。誕生日なのについてないね。内容は?」
「簡単なものです」
カンシは視線を逸らさず、続けた。
「特A級能力者は、二十歳になると体内にチップを埋め込まなければなりません。それを、今から行います」
空気が、わずかに重くなる。
「……チップ?」
「ええ」
カンシは一拍置いた。
「私は夜凪に嘘をつきたくありません。なので正直に言います。GPSと爆弾です」
その言葉は、事務連絡のように平坦だった。
「何も考えず、頷いてください。貴方は今まで通り過ごすだけで良いんです」
夜凪は、すぐには答えなかった。
「……なんで?」
声は低く、静か。
「嫌だけど。私が国に従順なのは、この七年で証明できたでしょ」
カンシの喉が小さく鳴る。
「なのに、今さら爆弾仕込むの?」
「それが、上の決定ですから」
夜凪は顔を顰める。
「絶対嫌」
即答だった。
「縛るなら爆弾じゃなくて魔術でいいじゃん。私の命、かけるよ。命令違反した時に殺す服従の魔術刻めばいいじゃん。それじゃだめ?」
一歩、踏み込む。
「私がこれ断ったら、カンシに不利益あるの?」
その瞬間、カンシの顔色がはっきりと変わった。
唇がわずかに震え、眉が歪む。耐えるように、奥歯を噛みしめているのが分かる。カンシの口が意味もなく開閉した。夜凪はカンシの言葉を待つ。
「……と、くに、ありません」
声が掠れた。
「夜凪、どうしても、駄目ですか?」
夜凪は少し考えてから、視線を落とす。
「ごめんだけど。嫌かな。」
短く、柔らかく。でも、決定は変えないという言い方だった。
夜凪は一度この提案を13歳の頃に断っている。体の中に物を埋め込まれ、生殺与奪の権利を常に知らない誰かに握られるなんて嫌悪しかない。それなら、夜凪が命令を破った時にだけ代償として命を奪われる魔術を用いた契約の方が断然マシだ。
カンシは目を閉じた。
数秒。それから、いつもの表情に戻る。
「……そう、ですか」
「分かりました」
彼は一歩下がる。
「食堂でご飯にしましょう。私はこの件を報告に行きますので、貴方は先に向かってください」
その声は、完全にいつも通りだった。少し、不機嫌そうでこちらを気遣う目線。いつものカンシだ。
夜凪とカンシは廊下にでる。踵を返すカンシ。食堂ではなく別の場所に向かうようだ。夜凪は少しだけ迷って振り返り言う。
「……わかった。ごめん、カンシ」
カンシは振り返らない。手をヒラっ軽く振るだけ。夜凪は前を向き、廊下を歩き出す。
その瞬間だった。
バンッ。
乾いた音。
続けて、
バン、バン、バン、バン!
夜凪の体に5回分の衝撃が走る。
警報は鳴らない。この施設では、想定内だから。
夜凪は、ゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、拳銃を構えたカンシ。両手で確実に照準を定めていた。表情は無表情で瞳に迷いも感情も見受けられない。
夜凪はカンシに謝ろうと思った。謝ろうと思い口を開くも声が出ない。視線を己に移し口元に手を当てる。胸元からは血が溢れている。口元は歪な形をしていた。後頭部から受けた弾丸により形が変形したのだろう。夜凪はカンシを見た。カンシも夜凪を真っ直ぐ見ていた。
「ええ」
カンシは言う。
「残念です。本当に」
引き金を引いた。
バンッ。
暗転
最後の弾丸が頭を撃ち抜いたのだろう。痛みよりも先に、体の感覚が途切れた。
夜凪がこの世に生を受けて20年。
2月22日 20歳の誕生日。
夜凪は幼い頃から己を気にかけてくれるカンシに撃たれた。カンシに撃たれたことを後悔した。優しいカンシに己を殺させてしまったことを後悔した。
後悔しながら夜凪は死んだ。




