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人権なし異能者  作者: 緋鯉
1ヶ月の内容
30/44

28

夜凪は目覚めからハードだった。


魔乱発生から2日目

16:00

まだまだ疲労と倦怠感が抜けないなか目が覚める。目を開けると大海が夜凪に手を伸ばしていた。


「おはよう、気分はどうかな?」


大海はスっと夜凪から手を離しにこやかに問いかける。わざと夜凪が体に纏っている異能の範囲に踏み込み覚醒を促したのだろう。


「…最悪。」


大海は濃紺の瞳を細めて笑みを深くした。


「外で食事にしよう。ここはまた別の会議で使うらしい。それに、君のリクエストした焼肉もどきは用意できたみたいだよ。」


その言葉に夜凪の気分は僅かに上昇する。夜凪はとてもお腹が空いていた。最後に食べたのは魔獣のトビウオだけだ。あれから12時間以上は経っている。刺身と米でそんな長時間持つわけがない。夜凪の腹の虫がクゥと切なく鳴く。ウキウキしながら起き上がり、大海を置いて先にテントからでる。


3分ほど歩いただろうか。カンシの気配を頼りに道を進むとテーブルが見えてきた。そこには4人分のご飯らしきものが置いてある。思わず早歩きになりテーブルに到着した夜凪は期待を裏切られる。

なぜなら、そこには”中華風カルビ”と書かれているレーションが置いてあった。


「…ち、ちくしょう。」


力なく両手をテーブルにつき項垂れる。

そうきたか。そうくるのか。期待が裏切られて心は沈むのに食欲は無くならない。人間の体って嫌だ。

そんな馬鹿な事を考えながらカンシの顔を見る。


「早速、頂きましょう。」


カンシが夜凪を見ずに食事を促す。既にカンシと海鳥は椅子に座りレーションを調理し終わっていた。期待を裏切られた夜凪は思わずため息を吐く。

サブ役員は焼肉を確約していないのに夜凪の期待しすぎである。


「はぁ、いただきます。」


「満月様の要望でこれになったので、ため息は止めて下さい。」


カンシはすかさず苦言を呈する。

だが夜凪は納得しない。これは焼肉ではない。焼肉要素がカルビしかない。汁が多い。夜凪はスプーンでカルビを突いている。


「これ、焼肉に見える?」


「まあ、焼いた肉は見えるね」


大海はどうでも良さそうに答える。もう3分の1程食べている。量が少ないのか、大海が大口なのか。夜凪は大海との航海で知っていた。大海が大口で早食いだということを。


「食事時間は10分らしいですよ。満月様」


海鳥の言葉に夜凪はご飯をかきこんだ。食事終了まで残り4分。


16:30

夜凪は装備を整えて移動を開始する。異能による高速移動で被災地へ飛び立った。


16:50 

被災地到着。速度を優先したため到着時には体温が低下していた。冬季であり上空を飛んでいたため到着時には睫毛が凍結。もちろん、空中の禍種を駆除するのも忘れない。


「さ、さっ、さっぶ。」


身体はガタガタと震えまともに声が出せなかった。だが特A級能力者には優遇やある程度の優遇措置はあるも人権はないためすぐに働かされた。カンシは車で追いつくらしい。政府って酷い。


災害開始~3日目は超急性期に該当する。この時点で夜凪に課された任務は、不眠不休での患者対応だった。

任務内容とは以下の通りである。

1つ、治癒または軽快可能患者の選出と処置

1つ、治癒不可だが搬送可能な患者の安定化

1つ、医療班・輸送班との連携補助


16:55〜22:22

夜凪は現地のハブ。その中でも治療特化の治癒班と共に医療テントに常駐。擦り傷程度なら一般人でも治癒可能だが中級、上級魔術となると途端に治癒魔術が使える者は減る。

夜凪の魔術で治癒または軽快可能なものに治癒魔術を施行することを求められた。ちなみに夜凪は中級魔術までしか使うことができない。また、魔術と同時に異能を使い対象の延命を命じられる。


夜凪は異能を展開する。循環血液量を異能で強制的に維持し、肺が潰れかけている者には胸郭を保持し呼吸を補助する。外傷のある者には皮膚から血管まで寸分違わずピタリとくっつけ治癒魔術がかけられるまで状態を保持する。そうして、夜凪が異能で延命した者を医療者か夜凪自信が治癒魔術をかけていく。初級治癒魔術では裂傷の止血と疲労治癒。中級治癒魔術では解毒、内臓損傷の軽減、ショック症状の抑制。細かい制御が得意ではない夜凪は異能と魔術を同時に行使し身体への負荷が極めて高い状態であった。


夜凪の顔面は蒼白だった。唇に血の色はなく、呼吸は浅く荒い。脂汗がこめかみから頬を伝い、床へと落ちる。夜凪の心には帰宅願望と自分が特A級能力者だということを後悔する気持ちしかなかった。


それでも夜凪は淡々と報告を続ける。それが役割であるから。


「患者C、血圧低下。異能維持、残り三分」

「患者F、裂傷拡大。初級治癒、施行」

「患者J、呼吸不全。補助のみ継続」


そこにDr宇左伎の声が入る。


「Cはもういい。そいつは助からん。全体的に異能出力を下げろ。人数を増やせ。」


「はい。」


Dr宇左の冷たい声が響く。夜凪は異能出力を下げ新たに2人の対象患者を延命させる。夜凪がみている19名の対象患者の生命力が弱まるのを感じるも気にする余裕はない。ギリギリ生きてさえ入ればいいのだから。


時間が経つにつれ、夜凪の動作はわずかに遅れ始める。報告の間が延び、呼吸音が荒くなる。


「患者N、血圧低下……維持可能」


その一瞬の遅れを、Dr宇左は見逃さなかった。


「休憩に行け。…おい、誰か代替を呼べ。」


「はい。」


夜凪は何とか返事を返し、休憩のために建物外へ出る。禍種により崩れた建物のある瓦礫の山に向かう。そして瓦礫の隙間に隠れるように座り込むと荒い呼吸を繰り返す。脂汗が顎から滴り落ちる。喉はカラカラで視界が明滅する。


(い、遺物よりキツイ…。これ、終わったわ。)


夜凪はそう思うと同時に意識を失った。


次に夜凪が目を開けたとき、夜凪の視界に入ったのは白衣の裾と不機嫌そうな顰めっ面だった。Dr宇左は瓦礫の陰に腰を下ろし火を点けた煙草を咥えている。灰が静かに落ち、夜気に溶けた。


「……やっと起きたか。」


声は低く、苛立ちを隠そうともしない。


夜凪が現場から消えて、すでに四十分。

連絡に反応しない夜凪にDr宇左は自身の休憩も兼ねて夜凪を探していた。


夜凪は何か言おうとして――次の瞬間、強烈な吐き気に襲われた。


「……っ、ぉえ゛」


身体を横に向けた瞬間、胃の中のものを一気に吐き出す。酸と胆汁の混じった臭いが鼻を突いた。頭の奥が割れるように痛い。異能負荷による典型的な反動だった。


「汚いな。」


Dr宇左は一歩も引かず煙を吐く。Dr宇左が夜凪を見下ろしている。夜凪は無詠唱で掌の上に小さな水球を出し、口をゆすぐ。続けて顔を洗い、最後に自分自身へ洗浄魔術をかける。血と吐瀉物と脂汗が一瞬で消え、身体がスッキリする。


「何かありました?」


夜凪は喉がヒリつき掠れた声を出す。


「…休憩は終わりだ。戻るぞ。」


Dr宇左は煙草を一息に吸いきると地面に落とし踏み潰す。まだ戻りたくなかった夜凪は少し迷ってから口を開いた。


「それ、一本もらってもいいですか。」


Dr宇左は一瞬だけ眉を上げそれから無言で煙草を差し出した。


「興味本位はやめとけ。」


夜凪は受け取り火を点ける。一吸いした瞬間、盛大に咳き込んだ。


「……っ、にが。美味しくない。」


喉が焼ける。煙が肺に入る感覚が気持ち悪い。


「だろうな。」


Dr宇左は夜凪を馬鹿にするように短く笑った。夜凪は煙草を地面に押し付けて消し、立ち上がる。


「戻ります。」


二人は何も言わず、医療テントへ歩き出す。この時点でDr宇左は夜凪の限界を正確に把握していた。夜凪の能力はカンシからの報告にあった通りだった。意識消失までの時間、異能出力、治癒速度。すべて計算済みだ。そして、夜凪は災害から3日目まで酷使されたのだった。カンシも専属監視官の仕事に支障がない範囲でDr宇左に使われていた。


四日目から七日目。

災害は急性期へ移行する。


夜凪の主な任務は患者の治癒と必要に応じた広域搬送。治癒魔術を使える者は少なく、更に対象患者の状態を保持したまま搬送できる夜凪の価値はさらに上がる。Drや医療者の指示に従いながら治癒や搬送をひたすらに繰り返した。おかげで夜凪の異能の精密操作能力はぐんぐんと上昇した。やはり実践に勝るものはない。

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