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「了解」
短く返したカンシの声には私情が一切ない。
彼は一歩前に出て、チラリとテント内に残っている人を見る。それだけで空気を呼んだ人は出ていく。布がめくられ人の気配が一人、また一人と消えていく。最後に残ったのは、夜凪、大海、カンシ。
「……ねむ」
呟きはほとんど息だった。大海は椅子を引き役員が座っていた椅子にどかっと座る。足を組み、頬杖をつき夜凪を見る。
「君さ」
「んー」
「もう少しやりようあっただろう?口下手がすぎる。」
「知ってる。でも、まじやばかった。もう立てない。遺物きっつ。私、絶対にネームドの仕事したくない」
言葉は冗談のように軽かったが声は本当に苦しそうで大海は一瞬、笑うのを辞めた。カンシは夜凪の横にしゃがみ視線を落とす。夜凪の要望通り手を伸ばしても触れない距離は守る。
「時間になったら起こします。」
「ん」
夜凪は目を閉じたまま、雑に手を振る。数秒経つと夜凪の呼吸がゆっくりと深く一定になる。
夜凪の呼吸が完全に深くなったのを確認してから、大海はようやく椅子に深く腰を下ろし、背もたれに体重を預け天井を見る。
「…いやあ、面倒くさいね。」
大海は小さく笑う。カンシは大海の隣の椅子に腰を落ち着け端末を起動し静かに応じる。
「大海様も休みに行かれては?別の場所で。」
「君は満月さんが見てない所だと随分と冷たい男になるんだな。」
大海は天井を見上げながら言葉を続ける。カンシは大海を見ようともせず端末を弄っている。
「長くやってるとさ。反抗にも種類があるってわかるんだ。命令が気に入らないから反抗、組織が嫌いだから反抗、人類そのものに失望した反抗とかね。」
軽く指を折る。
「で、最後に」
一拍。
「生きるのが下手な反抗。」
カンシは何も言わない。否定もしない。大海は夜凪をちらりと見た。夜凪は体を横たえ緩やかに呼吸している。その姿は1枚の肖像画のように美しい。
「満月さんはきっと後者だ。そうだろう?」
カンシの指は端末の上で止まらない。だが、その速度がわずかに落ちたことを大海は見逃さなかった。大海が意地悪そうに口角を歪ませる。
「おや。私は今、なにか癪に障る事でも言ってしまったかな?」
カンシは画面から目を離さない。
「いえ、何も。話し足りないのなら海鳥でも呼びましょうか?食事と休憩所を用意させます。」
その言葉は喋るな、出ていけというカンシからの遠回しの案内だ。大海は面白そうに笑みを深める。
「はいはい。優秀優秀。なら私の話を聞いた後に準備してくれ。」
大海は片足を組み替え椅子をきしませる。
「生きるのが下手って言い方、気に食わなかったかな?」
カンシは一拍置いてから答える。
「言葉が不適切です」
カンシは淡々と言い端末操作を再開する。否定でも同意でもない。話を切り上げにいく態度だ。カンシの体全体から早く出ていけという雰囲気が読み取れる。大海はそれを見て、愉快そうに笑う。
「ふっ。なら言い換えよう。」
椅子の背にもたれ、視線だけを床に転がる夜凪へ向ける。
「満月さんの反抗がさ」
一拍。わざと軽く。
「可愛すぎるって話。君は、反抗にも可愛げってものがあること、知ってるかい?」
大海は指先で机をとん、と叩く。
「本気で人類に刃向かう連中はね、こんな気の抜けた顔はしない。」
大海は夜凪を指さす。笑みは崩さない。
「目が違う。声も違う。もっと馬鹿で醜くて可愛げがないよ。一丁前に主張だけは得意で、そのくせ反対されると病気みたいに喚くんだ。」
そこで、夜凪を見る。夜凪を見る目は優しい。
「でもこれは?眠い。お腹すいた。やだ。無理。休むって」
くすっと笑う。
「子猫かな?」
カンシは無言のまま、端末を操作し続ける。
「命令違反をぐずるだけで済ませる特A級、私は初めて見た。皆もっと過激だったよ。」
肩をすくめる。
「疲れたから動かない。理由もきちんと言える。そして床で電源切れ」
楽しそうに続ける。
「随分と優秀な道具じゃないか」
カンシの指が、一拍だけ止まる。意地でもカンシは大海を見ようとはしない。
「比喩が不適切です」
「じゃあ、やっぱり子猫だな。」
即答だった。
「鳴く。拗ねる。勝手に寝る。餌と毛布がないと不機嫌になる。可愛いね。」
夜凪の丸まった背中を見る。大海はそれを楽しむように見ている。
「だから安心してるんだよ」
「……何をですか」
「彼女が敵側に行かないこと。」
大海は軽い口調でサラリと言う。まるで世間話かのように言葉が軽い。
「本気で裏切る生き物は世話される側に甘えない。だが、この子猫はミャアミャア鳴いて文句は言う。ご飯を要求する。床で寝る。」
指を鳴らす。実に楽しそうだ。
「全部、飼い慣らされた側ペットの挙動じゃないか。」
カンシの手が、完全に止まった。
「誤解を招く表現です」
「招いてるんだよ。君には勘違いしないでほしいんだ。」
声は冗談めいているのに冷たく鋭い。
「もしこれが君のいないところで、本気で人類を嫌いになり行動を起こせば…君に通知はいかない。」
カンシを見る。
「直接、特A級能力者に連絡がいく。」
にこやかに。
「その時は私が直々に処分してあげよう。可愛い子猫が痛みを感じないように。」
カンシは思わず沈黙する。何も言い返すことができない。夜凪の寝息だけが規則正しく続いている。
大海は徐に立ち上がり、伸びをする。
「安心するといい。君の評価に傷つかない。管理不行き届きじゃなく、不可抗力って書いておくよ。」
出口へ向かいながら振り返る。
「強者に弱者が敵わないのは自然の摂理だ。君達、劣等種は私が守ろう。人間どうしの争いに巻き込まれて儚い命を散らしては可哀想だからね。」
大海はにこやかな笑顔を向ける。
「ちゃんと世話をするんだ。餌。睡眠。適切な距離感はきちんと守りなさい。」
そういうとテントから出ていった。残されたカンシは、眠る夜凪を見下ろし短く息を吐いた。
大海に言われた言葉がグルグルと腹の中を荒らしているかのようだった。ムカムカが収まらない。
結局、大海は夜凪を幼くて可愛い子猫と言っておきながら自分と同じ人間だと言った。そしてカンシ達を劣等種だと。
カンシは思う。これだから化け物どもは嫌いなんだ。強者の中には弱者を人間と扱わないものが時折いる。大海もそんな人間だっただけだ。強いものほど、どこかしら人として欠けていることはわかっている。だがそれにしてもこの異様なイラつきはなんだ?自分が劣等種だと言われたことか?夜凪をペットだと言われたことか?理由は分からない。どちらもたまに言われる言葉だ。そこまで気にするほどでは無いはずだ。そしてカンシは結論づけた。この苛立ちは大海が大っ嫌いだからであるということを。




